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Escape -逃走-
柔らかい何かに包まれた感触に千影は目を覚ます。深雪に捕まり三階の窓から飛び降りたことまでは覚えていたが、地面へ着地した衝撃でそのまま跳ね飛ばされた感覚があった。
意識を飛ばしていたのはほんの数秒のことではあったが、懐かしい匂いと感触に千影は暗闇の中ゆっくりと目蓋を持ち上げる。自分が誰かの身体の上に乗っているのは分かったが、その体格の良さからそれが深雪ではないことは明らかだった。
自分とそう変わらない体格の深雪をうっかり下敷きにしてしまえば華奢な深雪の身体は脆く骨の一本や二本折れてもおかしくはない。しかし深雪とは違うしっかりとした筋肉の付いた身体を無意識に手探りで触れていると、やがてそれが千影の良く知る人物であるということに気付く。
「綜真っ……!」
耳にある沢山のピアス、月光に映える綺麗な金髪、それは見間違えるはずのない千影の恋人の綜真だった。落下の衝撃で跳ね上がった千影を抱き留め怪我をしないよう庇った綜真は、千影が意識を取り戻すと上半身を起こし片腕で千影の身体をしっかりと抱き締める。
「無事で良かった……」
千影が消えたと聞いて気が気では無かった。居場所が分かれば今すぐにでも乗り込みたかったが、千影と長い付き合いのある深雪に止められ、断腸の思いで単身屋敷へと乗り込む深雪の背中を見送った。
再びこの腕に戻った千影を二度と失いたくないと綜真の腕に力が入る。
「早く、ここから離れないと――」
着地の衝撃で千影を振り飛ばしてしまった深雪はよろりと身を起こす。屋敷からは出られたものの裏庭に追手が現れるまでの時間はそう長くない。
すぐにこの場を離れないと危険と判断した深雪が起き上がろうとすると足に激痛が走る。
「ぐっ」
暗闇の中、目を凝らして視線を向けると突き破ったガラスの破片が脛に深く突き刺さっていた。
「深雪?」
深雪のうめき声に気付いた綜真は心配して深雪へと近寄る。幸い千影に大きな外傷は無かったが、その身でガラスを突き破った深雪も無事であるとは言い切れない。
「飛び降りた時にでも捻――」
もし捻挫でもしているならば立ち上がる時に手くらい貸そうと片手を差し出す綜真たちの背後で車のクラクションが鳴り響く。
誰もが息を飲んで振り返る。すると綜真たちの大学の友人であり千影の失踪を心配していたひとりでもある柊弥が乗用車の運転席から顔を出していた。
「乗って!」
「柊弥」
綜真の肩を借りて立ち上がった深雪は、片足を引きずりながらも助手席へと乗り込む。後部座席には千影と綜真が並んで乗り込み、深雪に残された場所は助手席しか無かった。
「なあにセンパイ怪我でもしたの?」
車に乗り込む前から歩き方のおかしい深雪を不審に思った柊弥は、助手席へ乗り込みシートベルトを締める深雪に声を掛ける。
「うるさい」
柊弥の言葉を遮る深雪の声はぴしゃりと柊弥からの干渉を拒絶していた。
「お前に関係無い」
そのまま窓の外へと視線を送る深雪の姿勢は車内の空気を悪くするだけのものであったが、柊弥に対する深雪のこの態度は以前からのことであり、柊弥は特に気に留めることは無かった。
「喧嘩すんなってこんなとこで」
不和を制止するように千影が後部座席から声を掛ける。深雪と柊弥のふたりは千影の言葉には反発することが出来ず、そのまま押し黙るように双方口を閉ざす。
三人のやりとりを我関せずと見守っていた綜真だったが、この中では誰よりも神経がすり減っているはずの千影の肩を抱き寄せて自分へと寄せる。
「お前も少し休んどけ」
「ん……」
千影は綜真へと身を寄せると、柊弥はこれ以上追手が迫る前にこの場を離れようと車のエンジンを掛けてアクセルを踏む。
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