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Farewell -別離-
「この辺りの森は土着魍魎が昔から管理しているんです」
森の中を深雪が先導して歩く。
「安全に森を抜ける道を教えてくれたので、このまま行けば朝までには市街地に出られますよ」
安心させるよう上っ面の笑みを浮かべ、右も左も分からない森の中を深雪は進んで行く。
人狼である深雪は森に住まう魍魎や精霊らと相性が良く、歓迎され協力を得ていた。
「――俺には全然見えねぇんだけど」
当然ただの人間である綜真には見える訳が無く、綜真は真っ暗闇を見渡す。
「何かちらほらしてんのは見えんだけど、意思疎通は出来そうにねぇな」
「仕方ないですよ千影。そこは純血と混血の違いでしょうから」
四分の一だけ人狼の血が入っている千影は何らかの存在を感じることは出来るが、深雪のように言葉を交わすことは出来ない。
迷わずに足を進める深雪ではあったが、その足取りはどこか覚束ず気も漫ろといったようにも見えた。
「深雪、足元っ!」
綜真が突然声を掛けたその瞬間、深雪は僅かに獣道を外れその片足は空を踏んでいた。咄嗟に綜真が深雪の腕を掴んだことで深雪は滑落を回避するが、警戒しなければならない森の中で一気に寿命が縮んだ気がした。
「――助かり、ました」
森の中では深雪の先導に頼るしかなかったが、深雪の様子がおかしいことに後ろから見ていた千影と綜真は気付いていた。
「深雪」
千影は深雪に駆け寄り腕を取る。
「柊弥のことが心配なんだよな?」
種族同士による確執は千影にはどうすることも出来なかった。それでも深雪と柊弥の間にはふたりだけにしか理解出来ない絆のようなものがあったように思える。
そんな深雪がただひとり足止めとしてあの場に残った柊弥のことを全く気にしていない訳が無かった。
「――いいえ? 何故俺があんな蝙蝠野郎のことなんて」
「あこれ無自覚のやつ」
啀み合っている間柄のふたりではあったが、深雪にとって柊弥が特別な存在であると認識していることは綜真にも分かることだった。一番の問題は深雪本人にその自覚が無いことだった。
「そんなん今更だろ」
深雪の無自覚具合は幼馴染として幼少期から共に生活をしていた千影が一番良く知っていた。
ふたりから何故柊弥を心配していると思われているのか理解出来ない深雪だったが、もうすぐ精霊の声が聞こえない千影でも到達出来る位置に近付いていることには気付いていた。
深雪は森の奥を指差す。
「――このまま、水音が聞こえる方に向えば滝があります。その滝の裏にある洞窟を抜ければ朝には市街地に出られるはずです」
家族同然に暮らしてきた千影のことを誰よりも大切に思ってきた深雪だったが、今の千影には綜真という恋人がいる。
「綜真、お前に千影を任せます。必ず千影と一緒に逃げ果せて下さい」
「お、おう……」
ふたりが思い合う気持ちに立ち入る隙がないことに深雪はとっくに気付いていた。
「俺はあの蝙蝠野郎を拾いに行って、必ずふたりの後を追いますから」
柊弥をひとり残しては来たが、到底柊弥だけでは太刀打ちのいかない相手であることも深雪は知っていた。幸いなことに千影自身がその事実に気付いていない。
「絶対に、柊弥と一緒に追ってこいよ」
「ええ勿論です」
千影だけは何とかして守らなければならない。出会った時から深雪はそれを心に決めていた。
「行ってください早く! 千影くれぐれも風向きには注意をして」
深雪は千影と綜真を先へ向かわせる。心配して何度も振り返る千影へ手を振り見送る。
「――さようなら、千影」
深雪の頬を一筋の涙が伝う。
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