6 / 11
Metamorphosis -変化-
「ならばこういった取引はどうだい?」
十六夜は提案をするように人差し指を立てる。
深雪が先程出した内容は十六夜にとっては到底受け入れられるものではなかったが、条件次第では受け入れてやっても良いと思えるようになった。その大きな理由が数年に渡り深雪を養いつつも、今この瞬間初めて目にした深雪の狼の姿だった。
「君が私の元に戻り首輪を付けると言うのならば、そこの吸血鬼だけは見逃してやってもいい」
十六夜が出した交換条件に深雪の耳がぴくりと動く。しかし取り違えてはいけないのは十六夜が出したその言葉の意味だった。
深雪に首輪をつけるということは、千影の代わりに深雪が監禁されるということ。勿論それだけでなく十六夜はいずれ千影のことすらも再び連れ戻すことだろう。
これ以上柊弥に危害が加えられないという取引は魅力的にも聞こえるが、千影が再び十六夜に囚われてしまうのならば全てが以前の状態に戻るだけで何の解決にもならない。
「もっとも、それは数時間ともたないだろうけれどね」
柊弥が有する能力は怪力であり、外傷を自然修復させる蘇生ではない。深雪の身柄と引き換えにすぐに誰かを呼べば助かる可能性もあるが、そんな時間や余裕もない。
その取引は十六夜が一方的に得をするだけのものであった。
「……深雪、お前だけでも……逃げ、」
いつだって弟たちを守るのは兄の役目であり、自分ひとりの命で三人が助かるのならばと柊弥は絶え絶えに言葉を紡ぐが、柊弥の半死半生の言葉を聞くよりも早く飛び出した深雪は十六夜の喉元へと噛み付く。
「がぁぁああう!!」
日本に残る唯一の人狼である深雪の闘争本能と素早さからは逃れられなかった十六夜は喉元に噛み付かれ表情を歪める。
「くっ……」
しかし深雪が狼の姿となったことで傷口が露呈したその後ろ足を十六夜はすかさず掴む。割れたガラスの破片で深く傷つけたまま、ろくな手当もしなかった傷口を抉るように掴まれ思わず深雪の噛む力が弱まる。
深雪の顎の力が弱まった隙を見た十六夜はそのまま深雪を大木へと振り払うように投げ付ける。
「キャアンッ」
大木へ衝突した狼は、その幹にべっとりと血をなすりつけ、地面へ落下するのと同時にその姿を人間へと変質させていった。
もう狼の姿を保つ気力も残されていないのか、幹の根本に倒れ込む深雪の姿は人間として見れば生きているのかすらも危うかった。
「みゆ……」
「さて」
何故戻ってきてしまったのか。大した時間稼ぎにならなくとも三人が無事に逃げ切れればそれで良かった。動かない身体を無理に深雪の方へと向かわせようとした時、聞こえた声に柊弥は顔を上げる。いつの間にか十六夜が柊弥の目の前に立っていた。
「アレは連れ帰って再教育を施すとして――お前は邪魔だな」
「ッ……」
本来種族間の確執があるはずの吸血鬼を守る為に歯向かう深雪の行動は、十六夜にとって面白くはなかった。十六夜な長く伸びた爪を携えた片腕を柊弥の前で振り上げる。
柊弥はこの瞬間に今度こそ自分の命が終わることを悟った。
ともだちにシェアしよう!