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第19話
本当にこの兄貴は、魔性のくせにものすごい包容力がある。自分が何をしても、最終的には許して受け入れてもらえる気がする。この大きすぎる母性も、宏実にはないものだ。
(……母性?)
その瞬間、頭の中で何かがひらめいた。
「そうだ、それだ!」
「……え? どうしたの?」
訝しむ綾人にかまわず、宏実はベッドから下りて適当なペンと紙を取った。そして五本の線を引き、その上にものすごい勢いで音符を散らしていった。
優美で繊細で、色気がありながら大きな母性で包み込んでくれる……そんな一曲を。
「よっしゃ! できたー!」
一気に最後まで書き上げ、宏実は派手にガッツポーズを決めた。
「お? ついに新曲完成? よかったね」
にこりと微笑み、自分のことのように喜んでくれる綾人。
そんな笑顔すら眩しくて、宏実はちょっと目を逸らして言った。
「ちゃんとした五線に書き写したら、この曲綾人にやるよ」
「えっ? いいの?」
「まあな。あんたならこれに込められた想い、理解して弾いてくれるだろ?」
そう言ったら、綾人の顔が輝いた。今まで見たどんな笑顔よりも美しく見えた。
「ありがとう、宏実。大事に演奏するね」
これで、長年の夢がまたひとつ叶った。
宏実は再びベッドに戻り、戸惑う綾人を押し倒してもう一度情事に挑んだのだった。
◆◆◆
数ヶ月後、設楽綾人のCDアルバムが発売された。
ほとんどはどこかの演奏会で既に弾いたことのある曲だったが、最後の一曲は完全なオリジナル曲だった。
タイトルは『Graceful Tone~優美な音色~』。彼の弟・設楽宏実が、兄をイメージして書き下ろした新曲だった。
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