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Prologue

「お疲れ様でしたー」  帰りの挨拶をして通用口から外へ出る。同時に飲食店でのアルバイトには重要事項である髪ゴムを外せば天然の赤毛が肩へと落ちる。  顔側から長く垂れ下がる前髪を掻き上げ頭を振れば、引っ詰めていた窮屈さから解放されたセミロングのくせ毛が風を取り込んで柔らかく舞う。  上着の袖口を捲り左手首を確認すればアナログの腕時計が二十一時過ぎを示している。昼一番から働いていた冬榴からすれば妥当な労働時間であり、明日のことを考えればこのまま何処かへ寄り道をするなどという選択肢は無い。  駐車場を横切り表の入口へ向かうと、正面入口前のガードレールに腰掛けるスーツを着た男性の姿があった。  男は冬榴の存在に気付くと視線を向けていた側道から視軸を移し、冬榴を待っていたことが分かるように片手を挙げて迎える。 「お疲れ様、トオルくん」 「マサミチさん……! ずっとここで待っていたんですか?」 「少しだけだよ」  冬榴は鞄の紐を持ち直しながらいそいそとマサミチへと駆け寄る。マサミチはこの近くで働く会社員であり、冬榴がアルバイトしているファミリーレストランに客として訪れたのが出会いのきっかけだった。  初めはただの従業員と客として、しかしそれが数度重なれば次第に顔見知りとなり接客の合間に雑談を交わす事も間々あった。特に冬榴は今日のように平日の昼からシフトに入ることが多く、ランチを目的として訪れるマサミチと冬榴の関係が深まっていくことに時間はそう掛からなかった。 「良ければトオルくんを家まで送ろうと思ってね」  そう言ってスーツの裾を払いながらマサミチは立ち上がる。長い手足はただガードレールに腰掛けていただけでも絵になり、もしこの場所が駅から徒歩十五分という立地の悪いファミリーレストランではなく、人が賑わう駅前だったならば多くの女性がマサミチを放ってはおかないだろう。 「それは嬉しいですけど……俺、男ですよ?」  まさか今の今までマサミチが自分のことを女と見間違えていたとは思わないが、どう見ても夜道を送って貰う程のか弱い存在ではないという自覚のある冬榴は無意識に指先で前髪を弄りながら困ったように笑みを浮かべる。  駅から離れた郊外のファミリーレストランはここが唯一の明かりであるといっても過言ではない程、周囲に目立った明かりは無い。冬榴の住む家はここから更に駅より離れた方向へ数十分進んだ先にあるが、全く開発の手が入っていない山奥でもないのでそれなりの街灯は要所に点在している。 「最近この辺りで通り魔が出るって聞いたからね。まだ若いトオルくんを一人で帰らせるのが不安なのさ」  若いといっても冬榴は今年で二十歳になる。マサミチのように都会で働き続けてきた男性から見ればまだ社会経験も浅く頼りなく見えるかもしれないが、立派な成人男性であるという自負が冬榴にはあった。  だから通り魔が出るというのはただの口実であり、マサミチの本音が別のところにあることを冬榴は気付いていた。冬榴はマサミチに好意を抱かれているという自覚があった。好意を向けられることに関して男女問わず嫌な気持ちはしないもので、心なしか冬榴の口元が緩む。 「それでは――家の近くまでお願いします」

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