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7:最強福の神様との子作り!
福の神様と共に、この狭い押し入れで暮らし始めてどれくらいの時間が経った事だろう。
「あー、狭い。ここは本当にほとほと狭いな」
しみじみと福の神様の口から漏れる言葉に、俺はと言えば、みずらの解いた美しい髪を櫛で丁寧に梳かしながら静かに頷いた。
「福の神様、またお身体が大きくなられたようです。そろそろ寝床を別の場所に移されてはどうでしょうか」
「……いや、まだいい。ここは、狭いが悪くない」
誕生した時から、そりゃあ大きな体をしていた福の神様だったが、現在、その体は更に大きくなっていっていた。正直、押し入れの中ではとても窮屈そうなのだが、どうやら福の神様はこの場所を気に入っている様子である。
俺も、暗くて狭い場所が好きなので、その点は同感だ。
「福の神様はずっと成長されているようですが、神様というのは皆そうなのですか?」
「っは、そんなワケなかろう。この俺が特別なのだ。こないだ土地神に呼び出されたのも、引退したい故、その後任を俺に頼みたいと言うモノだったぞ」
どこか得意気な様子で言ってのける福の神様に、俺は驚きのあまり手にしていた櫛を落としそうになった。
「と、土地神の交代っ!?」
「そうだ、すごいだろう」
凄いなんてモノではない。まさか、数千年ものあいだ変わる事のなかった土地神様が、ここへきて生まれたての福の神様にその位を譲ろうとするなんて。
それほどまでに、福の神様の神力が凄まじいという事だろう。
「そ、それで福の神様は……この地の土地神に、なられるのですか?」
「まぁ、なってやっても構わんと答えてきた。とは言え、答えはまだ保留にしてある。そこで、だ。こちらに来い、底辺鬼」
「は、はい!」
福の神様に呼ばれ、俺は慌てて福の神様の前へと這い寄る。途中、あまりの狭さにズラリと脇に並んでいた組立人形(フィギュア)の一体にぶつかって倒しそうになる。
しかし、寸での所で伸ばされた福の神様の大きな手により、人形は倒れずに済んだ。
「気を付けよ。その者らは、俺が直々に手をかけてやったモノなのだからな。大切にせぬか」
「申し訳ございません」
「まったく可哀想になぁ」
そう、いつくしむように人形の頭を撫でる福の神様に、まるでフワフワの羽毛に包まれたように穏やかで暖かい気持ちになる。喜ばしい事に、一度共に組立人形(フィギュア)を作った事で福の神様もその魅力に病みつきになってしまったようだ。
「ふぅむ、またもう一体増やしてもよいかもしれんな」
福の神様は押し入れの奥にズラリと並んだ人形の山にボソリと呟いた。そう、これらは全て、俺と福の神様の二人で一緒に作り上げた組立人形(フィギュア)達だ。
「よし、底辺鬼。また二人で子を成すぞ」
「えっ」
「なんだ、何か問題でもあるのか」
福の神様からの提案に、思わず目を剥いた。
何故か、福の神様は組立人形(フィギュア)を組立てる事を「子を成す」と言う。まさか、こんなに短期間に彼らに対して我が子のような愛を持つ程に病みつきになって貰えるなんて、俺としては嬉しい限りなのだが――。
「あの、もしこれ以上増えると……俺の寝る場所が」
ただでさえ、福の神様の成長で寝るスペースがどんどん狭くなっているのに、これ以上数が増えたら眠る場所が無くなってしまう。すると、そんな俺の不安を他所に福の神様は「なんだ、そんな事か」と鼻で笑ってみせた。
「そんなの、お前がもっと……」
一瞬、福の神様が言い淀む。
まさか、俺に押し入れから出て行けというのではないだろうか。あり得る。可愛い我が子(フィギュア)の為に、底辺鬼が場所を譲るのは当然なのかもしれない。
「そ、そんな事より!俺の話がまだ途中だろうが、遮るな!」
「も、申し訳ございません!」
顔を赤くして怒りをあらわにする福の神様に、俺は慌てて彼の眼前まで移動するとペコリと頭を下げた。
「なんでしょうか、福の神様!」
「お前は、俺がこの地の土地神になる事についてどう思う?」
「え?」
どう思う、とは一体どういう意味だろう。
俺が言葉の真意を測りかねていると、そのまま彼は苛立ったように胡坐をかいた足をせわしなく上下に動かした。
「何かあるだろう、こうして同じ家屋に住まう神がこの東の地一帯を治める……言わば大神になるのだぞ。何か、こう……何かあるだろ!」
どうしよう。福の神様が久々にイライラしていらっしゃる!
パシンと掌を膝に叩いて耳まで真っ赤にしながら言い放つ福の神様に、察しの悪い俺はオロオロと頭が回らなくなってしまった。
「な、なにか。なにか……あの、その」
「……お前は俺が土地神に昇格するのが、誇らしく、ないのか?」
次の瞬間、顔を真っ赤にして怒りを露わにしていた福の神様が、悲し気な表情に染まった。なんだろう。福の神様は立派な体躯の美丈夫にも関わらず、その顔は親に置いていかれた幼子のように見えた。
「とても誇らしいです」
「……本当か?」
「はい!あまりに誇らしくて、その……言葉を失っておりました!」
何も考えていなかった癖に、口から出まかせにも程がある。
しかし、次の瞬間。それまで悲し気な色に満たされていた福の神様の表情がパッと花が咲くように明るくなった。
「そうか、そうか。やっぱりそうか……誇らしいか」
「はい、誇らしくて誇らしくて。俺のような底辺鬼が福の神様と同じ屋根の下に住まう事が出来るなんて、とても――光栄に思います!」
「そうだろうな!そうだろうな!」
「はい!」
得意満面。喜色満面。それこそ、「福」の全てをその身に宿したような福の神様の表情に、俺も思わず微笑んでしまっていた。
困った事に、一緒に人形を組立てるようになってからというモノ、俺は以前のように福の神様が「神様」に見えなくなってしまっていたのだ。
そう。言ってしまえば今の彼は――。
「……かわいらしいお子だぁ」
思わず漏れ出た言葉に、俺はとっさに口を塞いだ。福の神様もギョッとした顔で此方を見ている。
「可愛らしいだと?」
「っぁ、あの。これは、そのっ!」
どうしよう!まさか口に出てしまうとは。こんな罰当たりな事を言ってしまって「調子に乗るな、この底辺鬼!」と怒りを買ってしまうかもしれない。
しかし、そんな俺の心配は杞憂に終わった。
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