１ー１０　契約 　「本、なんて！」 　僕は、エリザベスをブラッシングしながら小声で答えた。 　「この辺じゃ本なんて読むのは、神殿の神官だけだし！」 　「でも、本を読めばお前の事業の役に立つこともあるだろう」 　アーキライトが僕の横に近づいてくるとそっとエリザベスの背に触れた。 　「いい手触りだな。お前は、カーブの皮を扱わないのか？」 　はい？ 　こいつ、今、エリザベスちゃんの皮を撫でて牛(カーブ)の皮を売らないのかとか言った？ 　僕は、ムッとして答えた。 　「牛(カーブ)の始末は、大きな町にある冒険者ギルドの冒険者に頼んでる。そのとき、冒険者に皮は、やることにしてるんだ。そういう約束だから」 　「お前は、自分でカーブを殺さないのか？」 　アーキライトに聞かれて僕は、頷いた。 　「僕は・・魔物とか殺したことがないから」 　「本当か？」 　アーキライトが驚いた表情で僕を見た。 　「魔物を・・殺したことがないのか？お前」 　「ああ」 　僕が答えると、アーキライトがまじまじと僕を見た。 　「そうなのか・・」 　僕は、もう、アーキライトと話したくなくてエリザベスの方を向いて奴のことを無視していた。 　アーキライトは、僕のことを物珍しげに眺めていたが、やがて僕に告げた。 　「私がお前に字を教えてやろう」 　はいっ？ 　僕は、アーキライトの方を振り向いた。アーキライトは、その美しい赤い瞳で僕をじっと見つめていた。 　「そのかわり、お前の叶える願い。あれは、私の願いだけを叶えるようにしろ」 　「なんで？」 　僕は、アーキライトのことをじっと睨んだ。 　「僕があんたの願いを叶えなきゃいけないわけ？」 　「これは、取引だ。お互いが対価を払う。それが当然のことだろう？」 　僕は、アーキライトがいってるのが僕の力の代償である他人の願い事を叶えるということだと理解した。 　「いっとくけど、僕は、変な願い事は叶えられないよ」 　僕は、エリザベスの背をブラッシングしながらアーキライトに答えた。 　もしかして魔王のおっさんから聞いたのか？ 　僕は、ちっと舌打ちした。　 　あのおっさん、意外と口が軽いのな。 　「私は、変な願い事なんてしない」 　アーキライトが僕に告げた。 　「まず、今日の願い事だ。私にこのカーブのブラシをかけさせてくれ」 　はい？ 　僕は、首を傾げていた。 　こんな願い事でもいいの？ 　というか、もう、今日の願い事は叶えたんだけど？ 　僕は、無言でブラシをアーキライトに渡した。アーキライトは、僕から受け取ったブラシで慣れない様子でエリザベスの背を撫でた。 　エリザベスが心地よさげにモウっと鳴くのをきいてアーキライトが口許を緩ませた。 　その笑顔の破壊力は、まさに反則技だった。 　僕は、信じられないものを見たような気がして呆然とその場に立ち尽くしていた。 　アーキライトの奴は、そんな僕を無視するかのようにして、それからにこにこしながらエリザベスの背にブラシをかけ続けた。