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第42話

 「天根くんどうしたの?」  「寮に帰っても晶さんがいなかったので迎えに来ました」  「なにか急用?」  「いえ……そういうわけではないんですけど」  はっきりとしない言い方だったので気になる。人前で話せないことなのだろうか。  天根の背中を押した。  「じゃあ帰ろうか。お疲れ様です」  「失礼します」  「あ、ちょっと」  田貝の静止も聞かず、頭を下げて社長室を出た。そのまま無言でタクシーに乗り込み、寮へと向かう。  玄関の扉を閉めた瞬間、黙っていた天根が重たい口を開いた。  「晶さんにとって俺は遊びだったんですか?」  「どうした、急に」  「だってラジオで」  「なんだ聴いてたのか」  今日は朝から仕事詰めの天根がラジオを聴いているとは思わなかった。後日配信もない生放送番組なので、その時間にラジオに張りついてないと一生聴けない。  「ちょうど昼食どきだったので聴いてたんです。晶さんって女の子が好きなんですか!?」  「あそこで天根と付き合ってますなんて言えるわけがないだろ」  そんなこと言ったら大炎上もいいところだ。  順調にキャリアを積み、人気がうなぎのぼりで世間の注目度が高い天根のスキャンダルなんて記者の餌食になるに決まっている。連日マンションにまで押し寄せて来て、動向を探ろうと躍起になるだろう。  「天根だったらどう答えた?」  「うまくドラマと重なるように言います。そしたら番宣にもなるし」  それが正解か。  自分の悪い癖だ。嘘を吐くのが苦手でマサキにもわかりやすい認定されてしまった。  (やはり僕は平凡だ)  天才子役だと崇められても、仮面をかぶるのが上手いだけ。  マサキにちょっとからかわれただけで慌ててしまいうまく返せなかった。自分の不器用さがほとほと嫌になる。  けれどそれは仕事のミスで晶自身の問題だ。どうして天根が目くじらをたてているのかわからない。  「でもそんなに怒ることか?」  「俺がなんで怒ってるのかわからないんですか?」  「仕事で失敗したから……?」  「はぁ、もういいです」  自室へ向かった天根はバタンと扉を閉めた。拒絶されているのがひしひし伝わる。  一人取り残されて既視感を覚えた。  両親が旅行に一緒に行こうと誘ってくれたのに思春期特有の親と一緒にいるのが恥ずかしい時期と重なり、断った。  でも両親は根気強く誘ってくれた。撮影が本格的になると忙しくなるから、家族との時間を過ごそうと説得してくれたのに。  主演に抜擢されたというのもあり、両親がいなくても自分一人で生きていけると根拠のない自信が拍車をかけていた。  『親と旅行なんて恥ずかしい!』  そう突っぱねて出かけた両親を見送りもせずに現場へ向かった。それが最期の言葉になると夢にも思わなかった。  言葉は消せない。拗らせたままこれが最期になる可能性もある。  そう思うと人と関わるのが怖かった。また癒えない傷をつけてしまうかもしれないという恐怖がずっとまとわりついている。  でもそんななか好きになったのが天根だ。  (このまま終わりにしたくない)  ノックしたが、返事はない。扉に額を預けて少しでも近づこうとした。  「さっきはごめん。どうして怒ってるか教えて。このままでいたくない」  しばらくするとドアが開き、隙間から罰が悪そうな天根が顔を出した。  「俺もすいません。ついカッとなって」  「いいよ。それが本音だろ?」  こくんと小さく頷いた天根の手を取り、ソファに座らせた。  「晶さんが女の子好きって聞いて自分でもびっくりするくらい動揺しました」  「天根は同性愛者なの?」  「わかりません。ずっと晶さん一筋だったから」  不安げに左右に揺れる瞳に胸が掴まれたような苦しさがあった。好きな人をこんなに不安にさせてどうする。でも人付き合いを避けてきたから、天根を不安にさせないやり方がわからない。

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