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第41話
ヘッドホンを取ったマサキが意地の悪い笑みを浮かべた。
「役者さんは嘘を吐くのがうまいはずなのに、あんたは下手やなぁ」
防音室から出て行っていくマサキの背中を見送り、息を深く吐いた。吐いて、吐いて、吐いて。嫌な感情ごと全部なくなってしまえばいいのに。
「お疲れ様でした。事務所に戻りましょうか」
「うん」
乾から荷物を受け取ってタクシーに乗り込んだ。
社長室に着くと田貝が渋面を浮かべていて、背筋にぐっと力が入る。
「あまり得策とは言えない返しだったね」
「すいません。急だったので」
「マサキさんはそういう芸風だからね。仕方がなかったとは言え、晶もプロなんだから相手のことをよくリサーチしておかないと」
「はい」
「ほら、SNSもプチ炎上中だよ」
田貝からスマートフォンを見せてもらう。番組のタグ付けコメントには辛辣な評価ばかりだ。
晶の態度が腹立つというのは序の口で、女好き発言されて幻滅、まだドラマ放送中なのにあの切り返しはないと文句が数珠のように繋がって首を絞められる。
ラジオ番組の生放送はコアなファン層しか視聴していない。そのほとんどがマサキのファンだ。アンチを売りにしているだけあってファンも品がいいとは言えない。
だがSNSで発信されてしまえば、内情を知らない世間に晶の悪いイメージを植えつけてしまうのは充分だ。
「今回は事務所をあげて火消しに回るほどの大事ではないけど、次からは発言にもう少し気をつけて」
「すいません」
自分の落ち度が情けなかった。
役者はただ演技の仕事だけをしていいだけじゃない。番宣のためにラジオやテレビ番組に呼ばれることも多々あり、コメント一つ笑顔一つで性格が悪いだ顔が嫌いだと好き勝手に言われる。
大人になってわかる、役者という綱渡りを常に強いられる仕事。
自分の代わりなんて山ほどいる世界で誰もがハイエナのようにその座を狙い、油断をしていたら寝首を掻かれてしまう。
(しっかりしないと)
ブランクがあるなんて甘ったれたことは言っていられない。同じ土俵にあがったなら戦わなければ。
スマートフォンを返すと田貝はそれを弄びながら口を開いた。
「天根くんとは仲良くやってる?」
「あ、はい。なんとか」
「寮なら他に空いてる部屋あるから無理に同居しなくてもいいんだよ? 最初に頼んでおいて言うのもあれだけど」
「大丈夫です」
ふーんと気のない返事をしながらも田貝の栗色の瞳は探るように細められる。これは天根との関係に薄々気づかれているのかもしれない。
「お疲れ様です」
ノック音と共に天根が入って来て驚いた。事務所に寄ると連絡が来ていただろうか。
目が合うとなんとなく気不味い。親代りの田貝がいる手前、秘密の交際というのは後ろめた
さがあった。
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