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第40話
新しいマネージャーの乾と放送局へ向かった。今日は芸人がパーソナリティを務める番組のゲストとして呼ばれている。
声だけで伝えるのはいつもと勝手が違い不安もあるが、新しい挑戦にわくわくもしていた。
ただその芸人が一癖も二癖もあり、人の揚げ足を取って貶める芸風の男でマサキと言う。晶と同い年だがそれ以外の共通点はなく、正直気が合いそうにない。
防音室に向かっているとちょうどマサキと出くわして頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします」
「あ、ホンマにキリカンや! 俺、子どものとき観てたで」
「ありがとうございます」
初対面には大抵言われることなので今更なんとも思わない。満面の笑顔を向ける。
「ドラマも観てるで〜今日は楽しくお喋りしよや」
「よろしくお願いします」
マサキがいなくなってからはぁと溜息を吐いた。関西弁に慣れていないせいか下に見られた気がする。挨拶もきちんとされてないし、なんなら名乗られてすらいない。
「ラジオ局は楽屋がないので、このまま入ります」
「うん」
一部始終見ていただろう乾は慰めるわけでもなく、淡々と先に歩いて行ってしまった。
最初に会ったときも乾は無表情に挨拶をしてくるだけで、機械的に仕事をこなすタイプのようだ。喜怒哀楽が豊かだった葛西が恋しい。
ラジオもドラマと同じように台本はあり、大筋の流れは決まっている。だがテレビとは違い、パーソナリティの色を強く出すことができるのがラジオの強みだ。
しかも生放送なので発言には気をつけないといけない。
ヘッドホンをつけてマイクの前に座って台本を読んでいる晶の正面にはパーソナリティであるマサキが来るはずだが、本番五分前になっても空席のままだ。
あと一分というところでやっと来て「すんません、すんません」と言いながらどかっと座った。
(こんなギリギリで流れは頭に入ってるのか)
不安はあるがどうにか切り抜けるしかない。
音楽が徐々に小さくなり、本番が始まる。
「こんにちは。マサキと聞いてみまSHOW! 今日はスペシャルなゲストが来てんで。キリカンや!」
「……南雲晶です。こんにちは」
「そうそう。南雲くん! キリカンの印象強くて忘れとったわ」
ゲストの名前を忘れるなんて嫌な奴だなと思いつつ、表面には出さない。
その後はリスナーからのお便りを読んだり、マサキが一人で話しているのを相槌を打ちながら聞いたりとほぼ予定通りに進む。
だが番組が終盤にさしかかったときに突然切り込まれた。
「そういえば男同士のキスってどんなやった?」
むせそうになるのをなんとか堪える。
「いま放送中のドラマですよね。観てくださったみたいでありがとございます」
「で、どうだったの?」
無遠慮に迫ってくるマサキに顔を引き攣らせた。こんなのは台本にはないはずだ。
ブースの外を見ると数人のスタッフが腕で✕を作っているがマサキは気づいていない。いや、気付かないふりをしているのだろう。ニヤニヤと下世話な視線を向けられて気持ち悪い。
天根のファンが聞いているかもしれないのでここで間違えたら、これからの芸能生活に関わる。
受け答え一つだけで、雑に切り取られて真実を捻じ曲げられる世界。でもこれは生放送だ。
きっちり答えたほうが誠実さがあるのではないか。
「天根くんがスマートにリードしてくれたので助かりました」
「そういうのはえぇからさ、ぶっちゃけどう? 恋ちゃう?」
「……いや、それは」
事実付き合っているだけに口ごもる。ここで先日恋人になりましたとは死んでも言えない。
「その顔は恋しちゃってる乙女の目やん」
顔が見えないからと油断していた。マサキに指摘されるとどんどん頬が熱くなってきて、自分でも誤魔化しが効かない。
「天根くんは事務所の後輩ですので、やりやすかったです」
「いやぁでもあんた自分の顔みてみ? 大好きですって書いてあるで」
どんな顔だよとツッコみたいが、これは生放送だ。感情に任せていいわけではない。
「確かに役で恋人を演じましたけど、僕は女の子が好きですよ」
「それはどんな?」
「あ、時間みたいです。みなさん、ドラマ観てくださいね」
「そんなことある!?」
運良く時間がきてCMが流れてくれてほっと息を吐いた。
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