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最終話
社長室にあるソファに天根と並んで座り、両者の顔を葛西と乾が落ち着かない様子で見比べている。 田貝は部屋に入ってから口を開こうとはせず、内心なにを言われるのかと緊張していた。
前代未聞の生放送でのプロポーズに世間は大いに騒ぎ、一週間経ったいまでも連日ニュースになるほど世間を騒がせている。
(これだけ迷惑かけたらクビを言われても文句は言えない)
それは覚悟の上だった。役者という仕事は好きだし、やりがいを感じていたが田貝に心労をかけてまで続けたいとは思っていない。
隣を盗み見ると天根と目が合った。目尻を下げて安心させようとしてくれる。
それだけで背筋は伸びた。
田貝はやっと重たい唇を開く。
「反響がすごいんだ」
「気持ち悪いとか別れろとかですか?」
「逆だよ。応援する声の方が圧倒的に多い」
「えっと、はぁ」
もっと批判させると思っていた。相手は女性人気の高い天根だ。女性がときめくような作品に多く出演していて、女性のファンが多い。だからてっきり非難されるものだと覚悟していた。
あのスピーチで伝わったのだろうか。嬉しい。こんな嬉しいことはあるか。
「本当は別れさせたいところだけどここまで好意的な意見ばかりだとね。逆に別れさせたらなにを言われるか」
「迷惑かけてすいません」
「これからは仕事で挽回してくれるだろ?」
「はい、もちろんです」
力強く頷くと田貝はふっと笑い、懐かしそうに目を細めた。
「姉さんも結婚反対されたけど最後は押し切ったんだよ。そういう頑固なところがそっくりだね」
「皮肉ですか?」
「ただの感想。そして天根くん」
「はい」
天根は田貝の方へ身体を向けた。緊張感が高まる。
「こんな子だけどよろしくね」
「もちろんです。愛していますから」
「お熱いことで。じゃあ仕事の話をするよ」
「はい!」
天根と目が合うと笑いかけてくれた。その顔にもう仮面はかぶられていない。
オンオフが使い分けられるようになった天根は強敵だ。演技の幅が広がり、正直同じ役者としては気が抜けない。
でもその関係こそが自分たちに相応しいと思う。
切磋琢磨しながらお互い高めあい、そして恋人という安らげる居場所でもある。
これからどんな困難が待ち受けても天根と一緒にいるから大丈夫だ。
「晶の濡れ場が好評でね。今度は女優との絡みがあるんだけど大丈夫だよね」
「それは却下で」
天根が即座に切り捨てるので目を丸くした。
「いま仕事なんて選べる状況じゃないだろ。おまえは先まで埋まってるけど僕は全然なんだ。どんな仕事でも受けます」
「却下」
「そんな」
どんな役だろうと演じてみせる意気込みはあるのにこれじゃあ幸先が不安だ。
晶が下を向くと頭を撫でられた。
「その役って俺じゃダメですか」
「ダメに決まってるでしょ」
田貝が頭を抱えてしまい、天根の横暴さに頭痛を覚えたのかもしれない。
最終手段だと天根に耳打ちをする。
「今夜可愛がってやるから」
ぼっと音を立てて天根の顔が真っ赤になった。
「それは本当ですか!? 絶対ですよ!」
手を握られ血走った天根の目にこの先こんな感じで大丈夫だろうかと不安になった。それを嘲笑うようにお揃いのシルバーリングがきらりと光る。
天根がそばにいてくれるならなんでもできると確信が強くさせてくれた。
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