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第1話 白亜
首都は第一区から十四区まであり、時計回りの螺旋状に番号が振り分けられている。空から見ればアンモニャイトの甲羅のようにも見える。
首都とはいえ数字が大きくなるにつれ治安は乱れ、特に十二、十三、十四は、地元民でも近寄らないスラムとなっている。
だが逆に、王城に近づくと街並みもきれいで犯罪はなくならないが治安は良くなる。
フリーたちを連れて温羅がやってきたのは、そんな場所。
上流階級向けの店が多く立ち並ぶ「第四区」。
「うわ~。白~い」
きょろきょろしながら、フリーが子どもみたいな感想を言う。
表通りを中心に、白く塗装された建物が並ぶ。瓦もわざわざ取り寄せた「白練(しろねり)粘土」で作成されているので、こちらも真っ白。
第四区は別名「白亜区」とも呼ばれている。
屋根が白いお店は繁盛している証。一流店の証!
四区では屋根を白くできない、「白練粘土」を取り寄せられないようなお店は、一段低く見られる。
とはいうが、すべての建物が白いわけではない。民家は普通に木の色だが、景観保持(気を遣って)屋根に白い布を被せたり塗装の代わりに白い花が咲く植木鉢を並べたりと、(涙ぐましい)工夫をしているのが見受けられる。
藍結は首都兼観光地。こういうのを見ると、観光地は余所者のためにあるなぁと、なんだか悲しくなる。
まあそのおかげで、フリーたちは白い街並みを堪能できる。
白い街並みというのは、見ていて心がスッキリする。ニケもここまで白い街は見たことがない。なのでしっかりフリーの手を握っておく。
温羅もしっかりフリーと腕を組む。
「え? え?」
左右からがっちりと挟まれ、フリーは交互にニケと温羅を見る。
「どうしたの?」
「いや、お前さんが白い景色に溶けていきそうで」
「そんなことないよ! 景色に溶けるって、どんな怪奇現象?」
「一人でどっか行かないでくだせえ。見失いそうでさあ」
「君はここではめっちゃ目立ってるね! 赤い髪、きれいだね!」
「え? ど、どうも?」
真っすぐ褒められ困惑する温羅。
賑やかな表通りを、左右から挟まれた状態で歩く。歩きづらいったらない。身長では勝っているが、力では圧倒的に負けているのでフラフラできない。
「あ、あのさ。見た感じここって高級店が多そう、なんだけど」
「へい」
「俺、あんまりお金、ない……」
それがどうしたと言わんばかりの表情で、温羅は言う。
「試着くらいなら無料で出来ますぜ? 記念に袖を通してみたらいいんじゃないですかい?」
「そんな冷や水みたいなことして、いいの?」
「?」
ぽかーんとする温羅。訂正してくれたのはニケだった。
「冷やかし、な?」
「そ、そう! 冷やかすようなこと、していいの?」
「あ、ああ。冷やかし……。良いに決まっているでしょう? 買う前に試着するなんて基本ですよ基本。で、気に入らないなら買わない。買う買わないを決める権利はこっち持ちなんですから」
「そうなんだ」
感心している主に、温羅は「相当な箱入りだったんかな」と良い方に推量する。
「そうですそうです。それに我が君に捧げものとして贈りましょうか」
やたら可愛い鬼の顔が描かれた財布を取り出す。
フリーは焦ったように周囲を見回し、小声で話す。
「温羅さん。駄目だよ。そんな風に財布を見せちゃ。ここには『スリ』がいるんだよ。すぐに仕舞うんだ」
ニケまで目と口が横線になる。
「誰が鬼から荷物盗るんだよ……。こっちが命取られるわ」
頷きかけたが主の言葉なので、まあ、一応、財布は仕舞っておく。
「こちらでさあ」
温羅が足を止めた店を見上げる。
屋根も真っ白な大きな建物。「えきぞちっく衣裳店」と愉快な文字で書かれた看板が掲げてある。洋服や見たこともない鮮やかな民族衣装を着せられた木の像が、店の前に二体ほど並べられている。
フリーは木の像に駆け寄ろうとして、腕が外れずつんのめりかけた。
「ふぐえっ。腕もげる」
「急に走るな」
「どうしたんでえ?」
木の像を指差したいが、両腕が使えない。代わりに頑張って顎で示す。
「あれだよ、あれ! スミさんが着ている服と似てるなーと思って」
「こういうのが着たいんですかい?」
洋服店に行きたいと言ったのはニケなので、温羅はニケに話しかける。
「僕じゃない。フリーに着せるんだ」
衝撃の事実。
「え? ニケが着るんじゃないの? 洋装のニケ見たい見たい! 見ーたーいー」
ニケは他人のふりをしようかと思った。
十八歳児が駄々をこねていると、奥からヒトが出てくる。
「おや。いら、……しゃいませ。当店へようこそ」
どうやら店員のようだ。白髪を見て一瞬声を詰まらせるも、すぐになかったように切り替えた。一流店だけあり、笑顔が輝いている。
温羅は慣れた様子で話しかける。
「久しいな」
「これは温羅様。以前あなたの主であるお嬢様が爆買いしてくださったおかげで、店を白亜にすることが出来ました。見てください。これで一流店の仲間入りですよ。これも、あなた様たちのおかげ――あれ? お嬢様は?」
ホクホク顔で語っていた店員だが、お嬢様がいないことに気づき、目を丸くする。
温羅は店員の事情などどうでも良さそうに隣の青年を示す。
「いまの主はこの方だ」
「これはこれは! 大っ変、失礼いたしました。ささ、中へどうぞ」
あとに続いて中に入ると、主が耳元でぼそっと呟いてくる。
「この店員さんとは、友達なの?」
「店員ではなく店主です。それと友人ではありません。何度かこの店に来たことがあるだけでさあ」
「ふーん。友人なんだね」
温羅が二度見してきたが、フリーは並べてある商品に夢中になっていた。……主に子ども用の服ばかり見ている。
ニケは呆れる。
「おい。お前さんの服を見に来たんだからな?」
聞こえてないのか、フリーは一着の服を広げて見せてきた。
「ニケ! 見て。見てこのもこもこした奇跡の服! もふもふだよ? ニケが着たら最強じゃない?」
「何が?」
高級店ではしゃぐなと叱りたい。だが輝く金緑の瞳に、ニケも口元がにやけそうになる。
(まったく。本当に僕のことしか考えていないな。仕方ないなぁ)
左右に勝手に動く尻尾を掴んでいると、同じく服を選んでいたお客さんがフリーを見てクスクス笑っている。嫌な笑みではなく、元気な子を見るような暖かい眼差し。
温羅はいきなりその客の頭を鷲掴みにした。
「いま、我が君を笑ったか?」
「あべべばびびぶっ」
恐怖から人語を忘れた客が震えあがる。客の頭が潰れたトメイト(赤い野菜)になる前に、飛んできた店主とフリーが縋りつく。
「事故物件にしないで温羅様! せっかく一流店の仲間入りできたのに。ここで商売できなくなっちゃうううっ」
「温羅さん! 落ち着いて。すごく落ち着いて。手を放して!」
焦るあまり店主が言葉選びを間違えているが、気持ちは分かるので黙っておくニケ。
温羅はすっと手を放した。魂が抜けた客はそのまま後ろに倒れる。間に合わないかと思ったが、驚異の速度で回り込んだ店主が受け止めていた。
ほっとし、フリーは温羅を壁際に引っ張る。
「大人しくしているんじゃなかったっけ?」
「我が、主を笑われて平然としている変態に見えますかい?」
「今のはあったかい笑いだったよ?」
「笑みに温度などあるんですかい?」
「言うこと聞けむぎゃーっ」
人生経験が少ないせいか言い負けている。ぽかぽかと鬼を殴っている。
「いいからニケに似合いそうなものを選んでね! もふもふした服があると知ったからには、もふもふもこもこニケを完成させるんだ! そしてそのニケを俺がずっと抱っこしとく。さあ!」
「さあ、じゃないぞ。まずお前さんの服を選んでからだ」
「やだっ」
もふもふ服に興奮しているのか、フリーも言うことを聞きやしねえ。腕を組んでそっぽを向いてしまう。
「ニケが先! 先に可愛いものを見たいもんね!」
こんなどうでもいいことで、時間を使いたくない。ニケは拳を握る。
「じゃあ、どっちが先にするか、じゃんけんで決めよう」
「じゃん、……何?」
ニケは額を押さえた。
「じゃあ、どっちが先にするか、殴り合いで決めよう」
「負けました」
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