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第2話 なりきりカチューシャ
さっきと違う理由で拳を握る。
白旗を振るフリーに勝者はそのまま拳を突き上げた。
「素直に僕の言うことを聞いていればいいんだ」
「ニケ、好きです……」
敗者は敗北の涙を流す。
「知っとるわ。いちいち言わんでいい。一日に十回は言え」
フリー除く全員が目を点にしたが、ニケは構わなかった。
(花札市代のスタイル……。花札市代スタイル)
適当な服を選んで、フリーに渡す。
「よし。試着してこい」
「……これ、どうやって着るの?」
温羅が店主に目配せすると、にこにこ笑顔で店の奥へ案内してくれる。買ってくれると信じ切っている笑みだ。簡素に仕切られた空間があり、そこで試着するらしい。
待っていると、従業員らしき娘さんが人数分のお茶を淹れてきてくれた。宣伝のためだろう。白を基調とした砂の国の民族衣装を見事に着こなしている。
「そ……玉露の最高級のお茶です。熱いのでお気をつけください」
「ありがとうございます」
謙遜しないなぁと思いつつ、ありがたく湯呑を受け取るニケ。
娘さん的には「粗茶ですが」と言いたいのだが、以前に温羅に「お嬢に粗茶を出すのか!」と大いに怒られ、恐怖からぴぎゃーと泣いてしまった。その直後、鬼はお嬢様に「謙遜よ。謙遜という言葉を知りなさい」と言って鉄扇で地面にめり込まされていた。すごい音がした。
「ふ、ふむ……」
恐怖体験を思い出したのか。青ざめた温羅は大人しく腰掛けてお茶をすする。
他のお客さんもお茶を飲んでいる。ちらちらと試着室の方を見ているので、連れの試着待ちなのかとニケは思った。
高級茶なだけあり、すごく美味しいがやはり翁のお茶が一番だなと思う。なぜなら「赤犬族」の舌に合うように複数の茶葉を混ぜ合わせた(ブレンド)ものを使用しているから。どうしてもキミカゲのお茶を舌が求めてしまう。人族やマイナーな種族の知識まで入っている翁だからこそ、出来る技だろう。
(翁は、お茶屋さんでもやっていけるな……)
ほのぼのしていると店主が戻ってきた。
「お待たせいたしました」
何故かお客さんまで一緒に立ち上がった。
「以前も着たけど、着物と違ってゆったりしてないよね」
白いシャツに黒のズボン。ホットパンツは置いていなかったので諦めたが、黒い衣服もなかなか似合う。胸元には瞳と同じ色の飾り(ブローチ)が輝き、黒いリボンが揺れている。選んだ覚えがないので、飾りとリボンは店主が巻いてくれたのだろう。
カステラカラーの羽織を肩にかけ、袖に付いたカフスを「なんだこれ」と言いたげに爪で引っ掻いている。おい、売り物だぞ。
自慢げに「着物と違い、身体の線がはっきり分かって良いですね」と頷いている鬼を無視して、フリーに話しかける。
「どうだ? フリー」
鬼に同意したくはないが悪くないな。流石僕のセンスだ。
自画自賛していると、フリーは子ども用服を指差す。
「じゃあ、次はニケだね! あのもふもふ着てよう!」
こやつ。自分に興味なさすぎだろ。
店主は苦笑する。
「お祭りの日に合わせ、好きな衣装の貸し出しもしておりますよ? お好みの民族衣装を着て、お祭りを楽しむというのはいかがでしょう」
だから、全員衣装を選べと目が言っている。手がさっそくそろばんを弾いている。
「二人以上割引を行っていますので、三人でこの金額で……」
「その前に、耳が隠れるような大きな帽子(キャスケット)はありませんか?」
店主の話をぶった切って、犬耳を触るニケ。
それでも笑顔を維持し、店主は店の一角を指差す。
「帽子ですか? それならこちらに」
「ニケ? なんで帽子? その素敵なケモ耳を隠しちゃうなんて罪だよ! 世界の損失だようごっ」
喧しい口に非常食二号のせんべいを詰め、店主について行き帽子を選ぶ。
(花札市代と言ったら、あの大きな帽子だよな……)
「へー。こういうのもあるんですね」
何故か鬼も帽子を選んでいる。温羅が手に取ったのは、ヘアバンドに二本の角がついたような不思議な形の帽子だった。
「店主。なんだこれは」
「さすが温羅様! お目が高い。それは『他種族なりきり帽子』ですよ」
「「?」」
店主は適当な帽子を手に取ると、娘の頭に被せる。
「はい。これで娘も赤犬族の仲間入りです」
三角の飾りがついた帽子(ケモ耳カチューシャ)をつけた娘さんが照れくさそうに微笑む。リアルに作られており、光沢のある黒いふさふさした犬の耳は見事。だがどうしても作り物感は否めない。
否めないが、ニケは必死に犬耳帽子を探し出す。
「フリー。この耳帽子被ってみろ」
フリーの毛並みに合わせ、白い犬耳を選ぶ。これなら違和感が薄いはずだし、何より「おそろい」が出来る。
おそろい……。
ばりぼりとせんべいを咀嚼していたフリーが、帽子を持ってとことこ歩いてくるニケを見て笑う。
「んへへ。ニケって歩いているだけで可愛いよね。んふふ」
「ふん。お前さんは本当に僕が好きだな」
「我が君。こんなのはどうです」
良い雰囲気だったのに、鬼が割って入ってきやがった。
鬼が嬉しそうに持っているのは、鬼角のついたもの。
――こやつも「おそろい」をやりたいのかっ?
勘付くニケ。
温羅が邪悪なアヒル口顔で笑い、負けじとニケはそれをぎっと睨む。空気読みを初期搭載していないフリーが、わしゃわしゃとニケの頭や頬を撫でる。邪魔や邪魔。
「フリー。これ被れ、これ」
「こっちもいいですぜ?」
ぎゅうぎゅうと鬼と押し合いをする。幼子相手に一歩も譲らない大人げない鬼。
「おい。新参者のクセに生意気だぞ」
「さて? ニドルケ殿のそれでは、耳が四つあることになってしまいますぜ? 妖怪では?」
「うるさいぞ。コロコロコオロギなど前脚に耳があるんだぞ。このくらい普通だ!」
普通とは――
今度は温羅が言い負かされたらしく、口をもごもごと動かすだけになっている。
フリーはふたりの顔を交互に見て、当然ニケの帽子を受け取る。
「被ってみるね」
「おう!」
「……むう」
拗ねた顔で、でもじっと見てくる温羅。
かぽっと被ると、白い犬獣人が目の前に現れた。
「まあ」
「やはり白髪は神々しいですね」
娘さんと店主が手放しで褒めてくれる。褒めとけ精神が素晴らしい。
温羅はしらーっとした顔をしていたので、しゃがんでニケに目線を合わせる。
「ニケ。どう?」
「…………」
ニケはフリーを見て固まっていた。
いや、正確に言うなら、見惚れていた。
おもちゃのような犬耳をつけただけ。でもそれが、どうしてもニケの目には「同族に近しい者」に映ってしまう。事前に自分のにおいを擦りつけておいたのもあり、身内とすら思える。自分には姉の他に兄弟がいたんじゃないか。フリーは元から家族で、今までは旅行でもしていたから、会えていなかっただけで……。
幻だと分かっていても、一気に寂しくなった心は彼を、「兄」と呼んで甘えてしまいたかった。
「ニケ?」
「…………」
感想待ちをしている彼に何か言ってやりたいのだが、声にならない。
「……えっと」
じっとこっちを見つめてくるニケに、顔が赤くなり目が泳ぐ。
――そ、そんな可愛い顔で見つめられたら、てってレれ照れるんだけど?
照れ隠しにふよふよと至高頬をつついていると、「もういいかな?」と白犬耳を取り上げ、温羅は持っていた帽子をかぽっと被せる。
白い角のフリー。
両腕を広げて温羅は破顔した。
「いいですね。お似合いでさあ。これなら誰も「幽鬼族」とかいうクソ設定を疑ったりしないでしょう」
笑顔で立ち上がったフリーにビンタされた。
「おふっ」
「何大声で設定とか言ってるの? 俺が種族偽ってることがバレちゃうでしょ! もっと気を遣ってね?」
「我が君。声が大きいです」
「あ」
温羅と白鬼が同時に店主たちに目を向ける。
フリーは冷や汗を流す。
「いまの……聞こえた?」
「いえいえいえいえ」
フリー以上に汗を流した店主が高速で首を振る。さっきも思ったけれどこのヒト動きが機敏だな。
「心配しなさんな。高級店ですし。客の情報を外部に話したりなどしやせんよ。……もしこの話を外に洩らしたら我が責任をもって処理ヲッブッ?」
往復でビンタされた。
「怖いことを言わないの。怖いことを言うと、怖いでしょ? メッ!」
「……なんでそんな母親みたいな叱り方なんですかねえ?」
ふざけてやっているというわけではないと伝わるので、いまいち主がどんな性格なのか掴み切れない。
耳を外した挙句こっちを向かないフリーに、ニケはぷくぅと頬を膨らませる。身体強化をかけている時以上の速度でフリーの首がこちらに動く。
「お前さん。身体脆いのにそんな速度で首動かしたら、首だけ飛んでくぞ」
「だって可愛いもの見たいじゃん? もっとぷくーしてよぷくー」
語尾がとんでもなく間抜けみたいなやつにやっているぞ。
温羅の手から引っ手繰ると、ジャンプして角を弾いて白犬耳を被せる。
「おーい。売り物ですぜ」
温羅が見もしないで弾かれた角カチューシャを片手で受け止めていた。
「うむ。やっぱこちらの方が良いな。……おい。アホ面やめてもっときりっとした顔をしてみ?」
「これ、普通の顔なんですが」
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