3 / 20
第3話 家族にも色々ある
フリーに飛びつき、犬耳の位置を調整してやる。フリーはすぐに抱きしめてきた。
がっちり。
「じゃ、次はニケの番だね???」
「……」
彼の目に光が無くて怖かったが、そこまで言うなら仕方ないな。着てやろう。
「しょうがないな。特別だぞ?」
「ッシャア! ほら温羅さん。ぼさっとしてないでもふもふ服持ってきて!」
「へーい……」
主が好きそうなふわふわした子供服を持って戻ってくる。
「ありがとう。温羅さんも好きな服、着なよ。せっかくなんだし」
主に誘われ、少し嬉しそうな表情を見せる。
「そうですかい? 我が君が選んでくださって構いませんぜ?」
「じゃああのふかふかしてそうな服!」
「……」
このままでは主も着替えてもふもふ三人組になってしまう。
「では我はこの装飾が金の黒服などにしますかね」
「あれ? ふかふかは? 俺が選んでいいんじゃなかったの?」
「そんなこと言ってません」
「なんだ。幻聴か」
試着室に行こうとすると、店主がごますりながら寄ってくる。
「温羅様のそれはとある国の軍服でございますよ」
「ほう。維持隊の、目が覚めるような青い羽織と違い、ずいぶん落ち着いた色なのだな」
フリーが待ちきれないと、背後から店主の肩を掴んで揺さぶる。
「店主さん! 早くニケを着替えさせてよ! 見たい見たい見たい」
「おあおあおあおあ?」
「落ち着け。馬鹿者」
目を回して倒れた店主の代わりに、娘さんが試着を手伝ってくれる。
ニケは作られたもふもふに指を突っ込む。
「むう。本当はこういう、ふわふわしたものは好みではないのだ」
「そうですか? でも、とってもお似合いですよ?」
もこもこ付きのフードに、毛糸の手袋まで嵌める。もこもこに埋もれているような幼子に、娘さんの目じりが下がる。
隣の試着室では、温羅は一人でさっさと着替えていた。
二人同時に出てくる。風の速度で白い人がニケにしがみついた。
「待ってましたうえええええい! ひいっ。なにこれ可愛すぎる……」
大騒ぎするかと思ったがフリーは口元を押さえたまま動かなくなる。世界一素晴らしいものを見たと言わんばかりの泣きそうな目で。
むふふとニケは胸を張って笑う。
僕が可愛くて固まる気持ちは分かるが、もっと言葉を並べんかい。
上機嫌で腕を組む。
――なにか、ポーズでも取ってやるべきか?
迷ったニケだが、腰に手を当て後ろを向くと、くいっと尻を突き出した。
「……どうしましょうか?」
「僕が迂闊にポーズ決めたばかりに……」
全身から血を噴き出して死んだ青年を見下ろす。胸の上で手を組んで、すごい安らな顔で眠っている。
そのうち復活すると思うので放っておく。
「それより温羅さん。よく入りましたね、その服。筋肉妖怪達磨のクセに」
温羅は見事な逆三角体型。特に上腕二頭筋がすごく、腕だけ別の生物のようなのだ。軍服からぎちぎちとかわいそうな音が聞こえる。
下手に動けないのか、ぎくしゃくした動きで温羅もポーズを取る。
「はっはぁ。言いますねえ。ちょっとでも力を込めたらすべてが弾け飛びそうでさあ。全裸になっちまう」
「わいせつ物陳列罪で逮捕されろ」
ふらふらしながら店主がそろばんを見せてくる。
「レンタル料は三名で、この金額です」
割引されているらしいが、目を逸らしたい金額だった。
「どうすっかな……。フリーだけでいいかな? この季節にもふもふ服はまだ暑いし」
死体がキョンシーのように起き上がる。
「なんでっ? そのままで一緒にお祭り行こうよ!」
悲痛な叫びだったがニケはじろっと睨む。
「暑いって言ってるだろ? 僕に無茶をさせる気か?」
フリーは土下座した。
「すいませんでした。すぐ脱いでください。うえっ……ずびっ」
「泣くな」
ぽいぽいと脱いでいく。世界遺産が失われたような顔でフリーは泣いていた。
温羅も脱いでいく。
「きゃっ」
堂々と脱ぐものだから、娘さんが奥にすっ飛んで行く。
最年少がため息交じりに注意する。
「試着室使えや」
「見られて恥ずかしい身体はしてませんよ?」
そういう問題じゃない。翁曰く「万死に値する」案件だぞ。ばさばさ脱ぎ捨てる鬼に、フリーが「売り物だよ」と注意する。
店主がおずおずと訊ねてくる。
「温羅様。お気に召しませんでしたか?」
「もうちょい大きいサイズのものを用意しておいてほしいですね」
弁償代を払うのは勿体無い。
「じゃあ俺も」
脱ごうとしたが小さな手に止められる。
「僕の許可なく脱ぐな」
「ええっ? なんでぇ?」
「……」
「はい。分かりました」
故郷の山を思い出す凍てついた目で睨まれ、すごすごと引き下がる。
「帽子(キャスケット)ありましたよ」
着替え終えた温羅に安心したのか、帽子を持っていまだ犬耳をつけた娘さんが駆け寄ってくる。
「あ、どうも」
フリーの犬耳を外し、それを頭にかぽっと乗っける。
「ニケ。どう?」
一瞬、彼女の姿が重なった。
「……うむ。似合うぞ」
「えへへ」
フリーは帽子の中に、器用に髪の毛を押し込んでいく。よほど髪の毛が邪魔とみえる。
「ふう。首がすっきりした」
「うむむ。髪の毛が見えないと別人みたいだな」
「噛みつきたくなるうなじですねぇ」
ぞわっとした。言われる立場になってようやくリーンの気持ちを理解したかもしれない。いやでも先輩のうなじは齧りたくなるよな。うん。仕方ないな。
店主は温羅が衣服レンタルしてくれないことが悲しいのか、口を尖らせそろばんを指で弾く。
「お一人様はこの金額で。汚したり破いたりした場合は買い取っていただきますね。今日中に返していただかなかった場合は、延長料金が発生します――が、温羅様の新しい主様ということで、この点はサービスといたしましょう」
いいもの(白髪)も見れたことだし、ちょっとでもこの店を気に入って贔屓にしていただかなくては。
「店主さん。ありがとうございます」
「いえいえ。お祭りを楽しんできてください」
「「……」」
店主の笑顔から下心がにじみ出ていたが、フリーが嬉しそうなのでニケと温羅は何も言わないでおく。
(温羅で)怖い目にあったお客さんは、白髪を見ていたかっただけなので、一行が出て行くとお使いを再開した。
食べ物系の店を探し、表通りを歩く。あきらかにヒトの数は増してきているが、向けられる視線はぐっと減った。
「やっぱ、髪の毛隠したからかな?」
上を向いて帽子の柄を触るフリー。頭に何か乗せるのが慣れなくて落ち着かない様子。
「ニケ。俺が髪の毛隠すの嫌がってたのに、いいの?」
キミカゲが手ぬぐいを巻いておけばいいとアドバイスしてくれた時、ニケは嫌がったので結ぶだけにしたのだ。
ニケはわずかに照れたような顔を背ける。
「あの時は見慣れてなくて……。もっと白髪を見ていたかったからで。今は見慣れてきたから許してやろう」
「偉そうながきんちょですね」
フリーはムッとした目を鬼に向ける。
「ニケは俺の雇い主なんだから、当然でしょ? 偉そうなんじゃなくて、偉いの。俺よりいっぱいもの知ってるし、大人びてかっこいいし、可愛いし、ほっぺやわらかいしぐへへへへへ」
温羅はなんか悟ったような目で主を見守っている。
「雇い主? ああ、宿をやられているんでしたね。我は、我が君の無知っぷりの方が気になりますがね」
「俺、軟禁生活だったんだよね。魔獣退治くらいしかしたことなくて。無知と言われれば、何も言い返せないね」
鬼の目が据わる。
「搾取子って、やつですか。ずいぶん素敵な親だったのですね。達磨にしてきましょうかい?」
「やめて。そのヒト達もういないし。あと……両親は関係ないよ。母親は亡くなってるし」
「父親は?」
フリーは目をぱちくりさせた。
「え? さあ? ……考えたことも……なかったな」
お祭りなのに雰囲気が暗くなるだろうが。ニケはこっそりため息をつく。でもフリーの話は気になるので、やめろとは言わなかった。
「はあ。我が君もそんなもんですかい」
「『も』って、温羅さんは? 家族いるの?」
温羅は指を一本ずつ折っていく。
「大婆様……は、まだ生きてたんだっけ? それと親父殿と母上と義母上と兄と妹と義弟がいますぜ」
「母親がふたりいるの? なんで?」
「なんで……って、母が良い女だったから、じゃないですかね? 鬼族は一夫多妻でも多夫一妻でも多夫多妻でも。そんなものよりなにより主を求めますから、相手なんて、子どもが作れればなんでもいいまでありますよ。家族とは名ばかりの、うっすい繋がりの、ほぼ他人でさあ」
温羅の口調には、呆れ混じりの平坦さがあった。わざわざ確認するまでもない周知の事実を語るような。鳥に何で飛べるのと聞いた時のような。
「ふーん? じゃあ、兄弟たちとも仲良くないの?」
「へい。兄にいたっては喋ったこともありやせん。妹と義弟とはまあ、会えば一言二言挨拶するくらいですかね」
フリーが言えた義理ではないが、家族ってなんだっけ? と言いたくなるようなあっさり加減だ。
ともだちにシェアしよう!