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第4話 当然のように水上を走る
慣れないリボンに首が苦しいのか、緩めようとして解いてしまう。
「あーあ。さっきのてふてふみたいな結びに、どうすれば……?」
「お前さん。帯は結べるのにリボンは無理なのか」
仕方ない、僕が結んでやろうと言いかけたところで温羅がさっとリボンの端を持ち、ゆるめに結びなおした。
「まだ苦しいですかい?」
「ううん。ちょうど良くなったよ。ありがとう。温羅さん」
「素直なお方ですね。温羅、で、いいですぜ?」
「うん。分かったよ温羅さん」
温羅は少し落ち込んだ。
僕がやるつもりだったのにぃと言いかけたニケだが、すれ違うヒトの大きな荷物にぶつかりかけた。
「おっと」
持ち前の体幹を駆使し、よろけただけで済む。
「危ないな」と呟く前に、フリーが地面に膝をついた。
「おい。汚すと弁償代が……」
「ニケ。怪我はない? ぶつかったの? 痛い?」
「さっきのやつ、捕まえて逆さに吊るしてきますぜ?」
三人の声が重なる。しかしなんとなく、表情から何を言ったのが分かった。
真剣な表情のフリーとやけに楽しそうな温羅。荒事大好きというのが伝わってくる。
ニケはフリーに抱きつく。
「肩車」
「はい」
「吊る……?」
「吊るさんでいいっ」
そわそわした表情から一転、ケッとつまらなさそうに石を蹴る。自重しているのか石は銃弾めいた速度ではなく、ころんと転がっただけだった。
肩に座らせたニケの足首をしっかりと掴み、フリーは困ったように後ろを振り向く。
「危ないよね。大きい荷物持ってるのに、前を見て歩いてほしいよ」
「今からでも追いかけて、二度と荷物持てない身体にしてきましょうか?」
「お祭りだからな。浮かれているんだろう。ぶつからなかったんだし、もうええわ」
「我の拳をぶつけてきましょうか?」
「やめろ祭りの日に」
「温羅さんあの。気持ちだけもらっとくから」
左手でニケの足を持ち、万が一走って行かないよう右手で温羅と手を繋ぐ。
幼児がやるような行為に温羅は恥ずかしそうな顔を一瞬見せたが、手を振り払いはしなかった。
「さっきまでみんなが温羅さんを避けていたから歩きやすかったのに、そんなことなくなったね」
虫よけ効果が切れたような。
温羅は「ふ、っふふ」と笑う。……かっこよく笑いたかったのに、やはり恥ずかしくて口元が緩んでしまい変な笑いになった。誰かと手を繋いで歩くなど、人生初かもしれない。
「ここは四区ですからね。維持隊が気合い入れてうろうろしてますから、鬼にそこまで怯える必要もないんでしょう」
フリーは好奇心から訊ねてみる。
「首都の維持隊って、温羅さんから見てどう? 強いの?」
「玉蘭を抜きにすれば雑魚ですね。玉蘭。んー……。玉蘭でもそこまで楽しめないでしょう。……約一名、まともなのがいますが、そのくらいですかね」
「まともなのって?」
鬼は興味なさそうに、でもわずかな熱を込めて目を細める。
「獅子(しし)族の黒髪です。獅子族は本来金髪なのですが、戦いを勝ち抜いた歴戦の猛者は……我が君でも分かるように言うと、強い個体は髪が黒くなるらしいので、一戦交えてみたいですね」
気を遣ってくれてありがとう。
「竜で言う銀の瞳、みたいな?」
「なんで有名な話は知らなくて、そんなマイナーな話は知ってるんでぇ?」
「……知り合いに、いるから?」
なんとも言えない目を向けてくる。
「我が君の知り合い枠に竜がいることを、我は今驚いてますぜ」
「竜が知り合いって、おかしいことなの?」
「……」
「何その目は」
頬杖をつき、つまらなさそうに話を聞いていたニケの鼻がヒクヒクと動く。
「いいにおいがする。飯屋があるな」
「お腹空いた~。あっ、でも高いんじゃないの?」
「飯くらい奢りますぜ?」
財布を取り出そうとして、主の言葉を思い出したのか手が懐に入ったまま止まる。
どうしようかなと一瞬思ったが、フリーは断った。
「いいや。もっと安いところで食べようよ。ねえ、ニケ?」
ニケは渋い顔をする。
「遠いぞ? お前さんのモヤシ体力なら他の区に行くまでに、ばてて動かなくならないか?」
「……そ、それは」
「我が運びましょうかい?」
フリーはぱあっと嬉しそうな顔をした。
「え? それって、駕籠で運んでくれるってこと? 紅葉街でも見かけたけど、一度乗ってみたかったんだ」
温羅は白けた目を向けてくる。
「ヒトを運ぶのに駕籠なんて使いませんよ。それに夢を粉砕するようで申し訳ないんですけど、駕籠なんて狭いし乗り心地悪いし体勢が辛いしで、拷問ですよ?」
「乗る前から決めつけないでね! でかい君には合わなかっただけで俺にはピッタリかもしれないでしょ?」
「我が君の方が身長高いですがね?」
ムキになる主にどうぞと手を差し伸べる。
「お……」
「俺とニケ二人を持つなんて重いんじゃない?」と言いかけたが、この鬼は民家を引っこ抜いて投げるようなやつだった。
(ん……? 民家を投げる? なんのことだ? 分からないのに記憶に、残ってる?)
なぜか民家を持ち上げている温羅の姿が浮かぶのだ。
「フリー? 頭痛いか?」
頭を抱えたせいか保護者が心配げに声をかけてくる。フリーはハッとなって頭を上げた。
本当にわずかにだが温羅まで、心配するような顔をしている。
「なんでもないよ? じゃあ、温羅さんの言葉に甘えようかな。背中に乗ればいいの?」
後ろに回り込もうとする主に、温羅は邪魔にならないよう髪を前に移動させ、適当に結ぶ。
「おんぶでいいんですかい? なんなら姫のように抱いてあげますぜ?」
「ここに掴まればいいのっ?」
「角を! 掴むのはやめてくだせえ」
いつも乗せる側だからか、目をキラキラさせたフリーに温羅の声は届いていなかった。ちょうどいと言わんばかりに両手でがっしりと角を掴む。
温羅の悲鳴じみた声も、当然スルーされる。
鬼に乗っている青年に乗っている幼子という光景に、通行人は頑張って見て見ぬふりをしていく。
ニケはつまらなさそうに口を歪ませる。
「なんだ……そこまで目線は高くならんな」
むしろ少し低くなった気がする。
「しっかり掴まっててくだせえ」
「はーい」
「うむ」
温羅は足をたわめると、民家の屋根を容易く飛び越える。ドンッとすごい音が鳴り、地面はうっすらと凹みが出来ていた。
「おお。いい眺めだ」
「うわーーーっ。高い!」
高いところが駄目なフリーは、ぎゅっと温羅の首に腕を回してしまう。首を絞められているというのに、温羅は顔色一つ変えない。
「? 我が君。飛んでたじゃないですか」
「なにがっ?」
目をぐるぐると回しているフリーに、今は会話は無理だなと諦める。
フリーの帽子がふわりと離れかけたが、ばっとニケが押さえてくれた。
屋根から屋根へ跳んでいけたら楽なのだが、温羅の体重では屋根を突き破る恐れがある。陸地より水路の方がヒトや障害物が少ないので、地表に着地すると水面の上を走り出した。進んでくる船を華麗に避けて、水路を疾走する。
「どこ走ってんだ!」
赤犬族から驚きの声が上がるが、温羅は構わず突き進む。
高所じゃなくなったおかげか、フリーは楽しそうに口を開く。
「すごいすごい! なんでそんなこと出来るの? 温羅さんはアメアメンボさんだった?」
「我が君は出来ないんですか?」
「うん。無理! 温羅さん、すごいね」
「……はあ」
自分に出来ることは主も出来てほしい温羅は、不満そうな顔だった。
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