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第19話 頑張るライム

※首を絞めるシーンがあります。苦手な方はご注意ください。  長々泣いていたライムだが、助けが来ないので諦めて顔を上げる。その顔は涙や鼻水やらでぐしゃぐしゃだった。  着物の袖で拭いて、そろそろと同牢人の元まで四つん這いで行く。 「……」  ヴァンリに何かされたのか、起きる気配はない。 「………………」  寝息だけが聞こえる。  な、何をすれば、いいんだろう。 (うわあああっ。大兄貴ったら簡単に言ってくれちゃって! こんな童貞になにを! 私これまでの人(蛇)生で、恋人どころか女友達もいなかったのに……いきなりが男って!)  戦争孤児だった。一人で生きる力も勇気も知恵なく、ただただラブコにくっついていた子ども時代。ヴァンリに拾われるまで読み書きはおろか、言葉すらまともに話せなかった。  過酷な幼少期が、ライムに誰かを殺してもなんとも思わない精神を与えたが。こ、こここ、これは本当に、どうすれば!  うだうだ悩んでいるライムは幼い頃を思い出す。  ライムは本当に何もできなくて、孤児仲間から「無能ライム」と呼ばれよくいじめられていた。それに言い返すことも出来ず泣くだけの自分の手を、文句も言わずに引いてくれたラブコ。  兄貴が猫以上によく眠るのは、力と居場所を手に入れ安心できるようになったから、だろう。  のんきに眠る兄貴を、今度は自分が守らねば。 (鬼と遭遇した時も、私は情けなく腰を抜かしていただけ。このままでいいのか、ライム。無能ライムのままで! 大兄貴も言っていたじゃないか、「出来ることを増やせ」と……そうしないと)  そうしないと、いつか兄貴に捨てられる。それだけはいやだ。……それと一応、ライムは出来る子だと信じてくれている大兄貴のために。  大兄貴より兄貴に捨てられるのを嫌がる末弟。  ぱんっと両手で頬をきつく叩く。 (ええいっ! やるぞやるぞ)  ここで声に出せないのが実にライムだったが、開かれた目には爬虫類の冷たさがあった。……ちょびっとだけ。 (えっと)  幸い同じ男なため、どこをどうすれば気持ち良くなるかは分かっている。この辺は種族差もそうないだろう、といいな。  何か参考に出来るものがあれば。大兄貴も手本を見せてくれればいいのに。 (自分でしている時を参考にすれば……)  思い出しただけで羞恥心で顔が熱くなる。大兄貴に変な薬を打たれた時は……あれ最後どうしたんだっけ?  脳が「思い出すな」と蓋を閉めているようだ。  ライムはとにかく兎に跨ると、寝顔をじっと見つめる。美味しそうだ。  ――駄目だ。涎出てくる。  ラブコと違い毒の無い牙が見えるほど口を開き、唇に噛みつく。  じゅるっと唾液をすする。 (…………お、おいしい、かも)  ネズミや蛙が好物だが、兎も悪くない。  性欲より食欲が出てきたライムは、いつしか夢中で兎の唾液を貪っていた。 「……んっ、ん……あ……」  苦しそうに兎の青年が逃れようとするも、後ろ髪をがっちりつかまれているため動けない。やがて終わらない息苦しさからスミの脳が、悪夢を作り出す。 「――食い方の汚い奴もやめとけ妹っ!」 「ぴ?」  狼男(ホクト)に頭から齧られる夢をみたスミは、遺言を言いながらたまらず飛び起きた。油断していたライムを思い切り蹴り飛ばして。 「……はあっ、はあ、はあ……。ゆ、ゆゆゆ、夢か?」  きゅうりを見た猫のような動きで壁際まで行ったスミは、周囲を見回しホッと胸を撫でる。相変わらず牢の中だったが、狼の胃の中じゃなかったのならもうなんでもいい。  兎キックでごろごろ転がった三つ編みの男が涙目で睨んでくる。 「ううっ。起きちゃった……」 「お前は、あの紫の仲間か。なんだよ。競売の時間か?」  なんで他人事みたいなのだろう、この兎は。大兄貴も言ってたけど、どこかずれているな。 「競売は中止になりました……。ボスの指示で」 「え?」 「すでに大兄貴に薬を打たれているようなので、毒針は使わないでおきますね……。念のため」  蛇が噛みついてくるような速度で、三つ編みの手がスミの首にかかる。 「ぐっ」  見た目を裏切る力強さで喉を締め上げられ、反射的に蛇の手首を掴むも剥がせない。窒息する前に折られると思うほど。 「っが!」  そのまま押し倒され、視界に鮮やかな光が点滅する。砕けたステンドグラスが降り注ぎ、目の前がひび割れた、光の亀裂が入る。  ただでさえ苦しいのに何を考えているのか、蛇男が唇を塞いでくる。 「……っ、……ん、んん……?」  あまりの苦しさに、寒くもないのに身体が震える。  眼球がぐるりとひっくり返りそうになる。 「ふう。美味しい、ですね」  顔を離したライムが口元を拭う。下では涎を垂らした兎が惨めに痙攣していた。こんな痴態を見れば大兄貴あたりなら嗜虐心が爆発するのだろうが、ライムにSっ気はなかった。 (次はどうすれば……。そうだ、恋人にするようにすれば)  そう閃いて、でも恋人もいないと頭を抱えたくなる。  真面目に悩み、指の跡が残る首筋に舌を這わせた。  意識が途切れかけているせいか、スミは反応を示さない。鳥肌すら立たないので、気づいていないのかもしれない。  二股に分かれた舌先が褐色の肌を舐め、左手がスミの胸元をまさぐる。ぴくっとスミの爪先が動く。 「やめ……げほっげほっ。ぅえっ……き、もち悪い……」 「え? すいません」  謝られた。蹴っ飛ばしてやりたかったが、また首をきつく締められると思うと恐怖から足が動かせなかった。  恋人のようにそっと頬を撫でられ、ぞわっと鳥肌が立つ。 「さっきから……何してんだ、お前」  首を絞められたせいか咳き込んでいるスミに、三つ編みは何か言ったようだがこの耳をもってしても聞き取れなかった。何で顔を赤くしているんだこいつは。 「わ、わわ私だって、こんなこと……し、したくないですよ」  じゃあ今すぐ出て行けと言う前に、乳首を押される。くすぐったい刺激にスミはひくりと瞼を震わせた。 「ん……んっ……そこは」  まだあの紫に打たれた薬が残っているのか、それかその時の熱を身体が思い出したのか、自分のものとは思えない声が出る。胸を触られても感じる身体じゃなかったのに。 (なんっ……で)  声を出さないようにと押さえる手をどかし、ライムはなだめるような接吻で塞ぐ。先端が分かれた独特な舌が唇を割ってくる。歯列をなぞり、ゆるく口内をかき回された。 「ん、ぅっ……ん」 「――かわいい、ですね。そうやって甘い声を出して従順にしていれば、痛い目に、合わなくて済みますよ……たぶん」  スミはべっと舌を出す。 「うるさい。死ね」 「……」  なに割と傷ついた顔してんだ。物理的にも精神的にも、ボロボロなのはこっちだぞ。 「口が悪いヒトは嫌いです……」  拗ねた顔でスミの顎を掴まえた三つ編みが、やや強引に口づけしてくる。 「やめ……んっ」  首を絞めてきたくせに、舌を絡め、呼気を奪う、淫靡で濃厚な接吻に頭が混乱する。まるで恋人を甘やかしているかのような。とにかくこの差が薄気味悪い。  帯を解かれ、肩を露わにされる。 「おい……」 「鱗がない肌というのは、なんというか……」  物足りない感じがする、って言ったら失礼でしょうか。 (あの痕を残すってのをやろっか。やってみたかったんだよね)  ノッてきたのか雰囲気に慣れてきたのか。ふふっとひとり笑い、鎖骨の下を強く吸い上げる。予定では赤い花が咲くはずなのだが。 「いって……! 殺すぞ」 「あれぇ?」  お、おかしい。うまくできない。素人には難易度が高かったのだろうか。ちゅっちゅっと何度か唇を当てるも、すべて失敗した。 「なんでぇ……?」 (なんだこいつ。本当になんだこいつ)  だめだめなライムに、のぞき穴から出歯亀……ではなく見守っていた牢番二名が見てられないと言わんばかりに目元を手で覆った。  ライムが逃げないよう見張っててねー、それと絶対面白いから感想教えてね、と言われたのでさぼっているわけではない上司命令だ。 「なんだか見てて泣けてくらぁ」 「俺は腹が痛くなってきた」 「なんでお前が緊張してるんだよ」 「おーいおーい」  小さいのぞき穴を取り合うように押し合いしていた牢番の背後から声がかかる。  びくっとして振り返るも面倒なヴァンリではなく、ラブコだった。びしょ濡れのまま歩いてくる。

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