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第23話 似ている
ニケたちもあとを追う。
惨劇の隙間を通り、牢屋だった建物へ飛び込む。ツンとするにおい。
「あ、スミさ……」
言葉が途切れる。目を閉じているスミは、酷い有り様だった。死んでいるのかと思い、帽子を温羅に放り投げ、ニケは胸に犬耳を押し当てる。
「……生きている」
「よ、よよ、よかった」
すぐさま羽織を脱いでスミに巻きつける。レンタル品だとか、そういうことは頭に無かった。
「……ニケ……か?」
「スミさん! はい。僕です」
スミは何か言ったようだったが、瞼を下ろしてしまう。
だがその表情は、どこか安心したように微かに微笑んでいた。
「我が持ちましょう」
意識を失ったスミを抱き上げ、牢屋から出る。すると――
「よぉぉくもぉぉぉ……やってくれたわねぇ」
「非風」のボス、アーデルカマーだった。ふらつきながらも自身の足で立ち、温羅を睨みつけている。
「ほお。一番手加減したとはいえ、気絶すらしませんか。見事ですねぇ」
「どちらさん?」
「この兎を拉致った組織の、ボスみたいですね。多分」
「多分なの?」
「あんなのより……もっと楽しめそうな者がいたんで」
温羅はスミをフリーにパスする。
「うわっと」
支えきれずに倒れていたが。
後ろも見ずに、温羅は芝居がかった仕草で、やれやれと両手を挙げる。
「あのまま気絶しとけば苦しまずにトドメを刺してやったのに。起きてくるとは、感心でさぁ」
「だぁぁまりなさぁぁぁい……。『非風』を……『非風』のボスであるワタシを……」
アーデルカマーは必死の形相で掴みかかってくる。
「舐めんじゃねぇぇ――――ッ!」
「ハッハァ! いいねぇ」
「殺すなよ」
後ろからがきんちょの超冷静な言葉が飛んでくる。いやだねぇ。ニドルケ殿は戦いで熱くならないタイプと見た。炎の瞳を持ちながら心は氷でしたか。
ニドルケ殿は我が君の上位存在。言うことを聞かないと……怒るんだろうなぁ、我が君。
「……」
ちょっと迷ったが、結局言われた通りにする。主の気の抜けた叱り方で叱られると、げんなりする。辛い。あれはもう嫌だ。
温羅はきつく握った拳を解き放った。
――ッパアン!
「うっ――」
突風が巻き起こり、アーデルカマーを吹き飛ばす。手をグーからパーにしただけでヒトが吹っ飛ぶ風を起こしたのだ。ニケと温羅の主は引いた。
遠く離れた大地で、「非風」のボスは大の字で倒れていた。
――「非風」。壊滅。
「何故殺さないんでぇ? 内臓でも取り出して売るんですか?」
「フリーが嫌がるからだ。誰に売るんだオイ」
持っていられないので、地面に寝かせたスミをよしよし撫でている主に近寄る。
「殺さない理由を聞かせてもらえますか?」
「なんか嫌だ」
温羅は天を仰ぎ、ツゥーッと涙を流す。
深い理由があるのかと思いきや。いや。もういい。これでこそ我が君である。
「温羅さんどうしたんだろ?」
「目に埃でも入ったんだろ。それよりスミさんを翁――じゃなくて、藍結の薬師の元へ運ぼう。治安維持にも連絡しないと」
「そうだね。うおおおぉ!」
気合いを入れているがスミを持ち上げられない。おかしい。こんなに細いし、レナさんより軽いのに。
意識が無いヒトは重くなることを、フリーは知らなかった。
失礼なことを考えていると、泣き止んだ温羅がひょいと持ち上げてくれた。
「ありが」
「礼はいりませんよ」
「……とう」
「非風」のボスを放置して行くのもあれだったが、いまはスミを優先すべきだろう。都合よく縄などない。
メンバー全員、温羅が沈めてくれたので逃げられる心配はないはずだ。
背を向けた時、じゃりっと砂を握る音がした。
三人そろって振り向くと、アーデルカマーが立ち上がろうとしていた。
「うそっ」
フリーは目を見開きながらも、ニケを庇うように前に出る。
「流石ボスなだけはありますね。頑丈なこって」
またパスされても受け止められるよう身構えていると、ボスが笑いだす。
「ひ……ヒヒヒ……。この程度で死んだと、思ったの? はは……。大した事ないわねン」
「そりゃあね。手加減してくれたみたいだし」
「「!」」
温羅とアーデルカマーが同時に目を丸くする。
声のした方に首を向ける。傾いた「非風」アジトの屋根の上。紫の髪が風でなびいていた。
「ほう。やはりか……」
嬉しくてたまらないと、温羅の口角が吊り上がる。
屋根に立っていたのはヴァンリだった。
冷めた顔で一同を見下ろしている。顔は血がこびりついているし、着物は砂だらけ。右袖などは破れてなくなっていたが、両腕は。
バキバキに砕いたはずの両腕が元通りになっていた。その腕で重体のラブコを小脇に抱えている。見覚えのある桜羽織の蛇乳族に、ニケたちも反応する。
「あのヒトって!」
「……『非風』の一員、だったのか?」
そんな危険人物と同じ車に乗っていたのか。思い出しただけで寒気がした。
アーデルカマーは狂ったように叫ぶ。
「生きてたのね! ヴァンリちゃん! さあ、早くワタシを助けなさい。逃げるわよ! こんな鬼やっちゃってよ! ここから逃げたら、別荘に隠れてもう一度立て直すのよ」
もはや命令もめちゃくちゃだったが、ヴァンリは一礼する。いつものように。その姿に、アーデルカマーはほっと息を吐いた。
「かしこまりました。――ライムちゃん」
「え?」
ボスが間の抜けた声を出す。どこから降ってきたのか、ライムはボスの目の前に着地する。そして――
トスッ。
「はがっ? なに、な……」
黒い針をボスの首筋に突き刺した。
ライムは針を抜くと、頭を下げる。
「あの、さようなら……。アーデルカマー様。お世話に、なりました」
背を向けると走って行く。三つ編みを捕まえようと手を伸ばすも、屋根上に飛び上がられる。
熱くなる首筋を押さえ、ヴァンリを見上げる。信じられないといった、震える笑みで。
「ヴァ、ヴァンリちゃ……? こ、これはどういうこと……?」」
ヴァンリはそんなボスを見下ろし、「顔の皮」を掴むと、べりべりと引き剥がした。
「っ」
フリーが目を背けるが、皮の下から現れたのはグロテスクな肉ではなく、入れ墨と傷一つない顔だった。
「「え?」」
ニケと温羅がそろってフリーの顔に目をやる。
(似てる……?)
その顔はどこかフリーによく似ていた。親兄弟と言われたら信じてしまいそうなほど。
小豆色の瞳を細め、ヴァンリは用済みの入れ墨と顔をぽいっと捨てる。
「ごめんね? アーデルカマー様。俺らは『非風』の奴隷と金が目当てだったんだ。人攫いで『非風』より上の組織はちょっとないからね」
「は……何言って……? あんなに、可愛がって」
にこりとほほ笑む。
「うん。ありがとうございました」
「なによ……なんなのよ。あんたたちぃぃ!」
絶叫するアーデルカマー。
笑顔のままヴァンリは取りだす。髑髏が突き刺さった錫杖を。
「「!」」
忘れるものか。
赤い袈裟。襲来する魔物たち。流れる血。ヒスイ。
――魔九来来研究員。
「それは!」
フリーが叫ぶと同時に錫杖の輪っかがシャンっと鳴る。
温羅がずんずんと近づいていく。
「やはり本来の力を隠していたか」
「いやぁ。君相手じゃ多分、この力を使っても結果は変わってなかったんじゃないかな?」
本能で、温羅は彼らが逃げる気だと悟る。
「逃がすか!」
駆け寄ろうとしたとき、毒を撃ち込まれた「非風」のボスがけたたましく叫び出した。
「ぎゃあああああああっ」
「……?」
この時温羅はすぐには思い出せなかったが、のちに「狂騒薬(きょうそうやく)」だったと思い出す。
使用どころか製造禁止となった薬の一種で、遠い国の話だがこれが使われたのは八十年前の戦争が最後だった。兵士を狂わせ、死をも恐れぬ特攻隊とするために使用された。この薬を作ったのは伝説の種族ーー「人族」。
その人間が書いた、薬の作り方の手記を発掘。製造し、戦争被害を拡大させた者はとうに処刑され、薬と製造方法も闇に葬られたはずだ。
それをもう一度発掘するとは、さすがは魔研。腐っている。
「ぎ、ぎぎぎっ。……ぐああああああッ」
白目を剥き、口からぼたぼた涎を垂らすと、フリーに襲い掛かってくる。
「え! 何っ」
「我が君!」
身体を反転させ、主を守ろうと彼らに背を向ける。
「じゃあね」
錫杖の光が彼らを包み込むと、彼らの姿はなかった。消えた。一瞬だった。
だが消える瞬間、小豆色の瞳がフリーを見たような気がした。
「チッ。……だが、次会うのが楽しみだ」
足の下でじたばたもがくボスに目もくれず、温羅は誰もいなくなった屋根を見て笑うのだった。
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