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第9話シン視点

 飲み屋で卒倒したユウの所へ行った時、側に居た女の子達の中で、一際眼光の鋭い女が居た。  介抱するでも無くトイレの入り口で腕を組んで見ていた。 「コレ、大丈夫だと思うけど」  手渡されたのは眼薬、薬局で普通に買える物である上に、殆どがヒアルロン酸で出来ていて、ただの水分補給用の眼薬だ、しかも新品。  ああ、この女か背中を傷だらけにしたのはと思った。俺はこの女には勝てないと思った。  いや、勝つ負けるなんてのはナンセンスだが、自分の母親並みにこの女には勝てないと思わされた。  ユウをとことん愛してる。  それはもう、俺すら愛してくれてる勢いで、だ。  ユウの方もこの女の言う事は全て真実で絶対なのだろう、これは信頼なのだ。  きっとユウを傷付けてでもユウを傷付ける奴を許さないのだ。  気持ちはわからなくもない。同類なのだ。  ユウが吐き切った所でおんぶして連れて帰った。  おぶったまま。  ユウの周りの人間はとても優しい、というか自然と優しくなってしまうのだろう。  俺はユウに惚れ込んでる自信がある。  まず、ドラムが好きだ。  凄い、よくこんな規模のライブをやってきたもんだと思う位、下手だった。  俺の周りにはもっと上手くても客は友達1人とかよく居る。しかし、ユウは自覚が無いだけで沢山の人が「応援」してしまう。上手くなって、一緒に喜んでくれる人が沢山居るのだ。  俺はユウのシンバルの音で勃起出来る。  シンバルの音だ、これはもうエロいとしか言い様が無い。  それはストイックさの現れてだと思っている、どんなに上手くても、シンバルを適当に叩く奴は嫌いだ。  ユウの良さを壊さないで教えるにはどうしたらよいか、俺の真似をさせずに教えるにはどうしたらよいか、禿げるかと思うほど頭を悩ませた。  そもそも、バンドリーダーのキヨが作る曲は非常識な旋律でドラム泣かせだ。な……んで! その拍で……!! と、気分が悪くなる、しかし、ユウは元々が下手くそ故に気にしないのだ。イノセントだ。尊敬さえ覚える。  顔も可愛い、男っぽく振舞う割には無邪気に笑うし、自ら傷付く事を平気でする。  泣いてる顔なんて最強に汚いが、その汚さを隠さない、自分で汚さを受け入れてる。  本人が思っている以上に強いと思う。  あの女はそれを全部知っている。  そして手放せる程愛してる。  俺は絶対に手放せない。  手放してやるもんかと思う。  ユウを初めて見たのは、ユウのバンドが結成したて位の頃だ。父親の友達で、赤ん坊の時からもう一人の父親として俺を育てた男の事務所のバンド。同じ事務所の後輩という事になる。  自分父親の事務所でも良かったが、俺はその人の事務所に入る事を望んだ。  鬱屈して、世間とズレていたのは確かだ。俺は二人のミュージシャンに育てられたにもかかわらず、自分の好きな音楽を追求出来る程、強くは無い。作曲とか、サポートとか、ミックスとか、その他の雑用をやって日々を過ごしていた。  バーやライブハウス、たまに知人とスタジオで、とにかくセッションをしまくった。おっさんとも子供とも、誘われるまましまくった。ついでにセックスも。  俺は音楽を、演奏するのが好きなのかどうかをひたすら考えていた。  産まれた時から、当たり前に目の前にあっただけの音楽が、本当に好きでやっているのかを、考え続けた。  いつの間にかほったらかした髪は伸びに伸びて、  気付いたら何故かフランスで坐禅とか組んでいて、これ日本でも良いじゃんと思った。  碧眼の坊さんが日本語喋ってるし。  そして俺は帰った。  日本の自分の家に。  帰国した途端に、社長が勢いのあるバンド見付けたと、引き摺られて行ったライブでユウを見つける。ギターベースヴォーカルはある程度技術持ってるし、曲も面白い、変調を多用する割には綺麗に器用に纏めてくる、ギターの奴のセンスがスゲーなあと思った。  しかし、完全にドラムがダメな子で、硬い顔でイラついた顔で泣きそうな顔で、必死に叩いていた。  社長もお前代われよと呆れて口にしていたが、お断りした。  どう考えてもあの子じゃなきゃダメなバンドだった。  あの子が居ないと、恐らく他のメンバーも成長しなくなる。  そんな事はメンバーも社長も解ってるだろう、でもそんな軽口を言わずには居られない位、響かないしズレるし、本当に酷い有り様だ。  どうやらこの後にヴォーカルの元の事務所と揉めたりしながら、何とか社長は所属をもぎ取って来たらしいが、しばらく低迷した。  当たり前だ、まだバンドになっていないんだから。  その鬱憤を晴らしてやる為に、とゆう口実で社長は久しぶりにステージに立った。理論がよくわからなかったが、まあ、要は若い子たちが楽しそうだから自分もやりたくなったのだろう。  俺はそに駆り出されたのだが、ずっと後ろを向いていた。  人に見られたくなかった。  まだ俺は、その会場に居る奴等の前に正面から立てる根性が無かった。  ヴォーカルの執念じみたものに圧倒されるし、社長にも叩きのめされた。  本当に冷や汗が出た。  最悪だった。  終わった時に、後ろの方でぼーっとただ突っ立って居るユウを見掛けて、このままじゃダメだなと思った。  あんなに必死に叩いてる奴の前で、何やってんだろうと思った。    帰宅して一番最初に話したのは父親だ。 「どうだった? ってかそもそもどこ行ってたの?」 「ライブは楽しかった。俺もよくわからんけど、坐禅とかした」 「そう、それはまたなんだ、青春っぽいとゆうか、なんとゆうか。ヒッピーなの?」 「うん、ヒッピーで青春だった。戦争が嫌だった。テネシーワルツ歌ってくんない?」 「いいけど、じゃあギター弾いてよ」 「うん」  テネシーワルツが子供の頃から好きだった。  ネトラレの曲だが、歌詞なんてわからない頃から歌っていたし、弾いていた。  正確なコードも知らないが、音で拾って弾いていた。  歌詞の意味を知った時は驚いた、単純で物語性があるのか無いのかわからない様な曲だが、何だか悲しいだけじゃない気がして胸が痛くなる。  父親の歌い方はハンク・ウィリアムズを模している。裏返って揺さぶられる。  どうしてこんなに好きなんだろうと、不思議だ、色々な音楽を聴いていたのに。 「ねえ、これシンのお母さん好きだったんだ、とゆうか、きっと俺のせいでこの曲が好きなのかな……お母さんの恋人だったのはあいつの方……」 「うん、ああ。会ってきたよ、フランスで。坐禅に連れて行かれた。お父さんはお父さんが好きなのよって言ってたな。どっちがどっちのだよと思ったけど、やっぱりそうだよねって思った」 「うん、ごめんねどっちの子かわからない。調べない事にした。先にメジャーデビューした方の子って事になった。もしかして、嫌になって出て行っちゃったのかと思って。俺達、ショックで……」  父親は、肩を落として項垂れる。 「俺はどっちが良いとか本物とか、どうでも良いんだ。間違い無く二人の息子だよ。音楽好きも遺伝かな。それに、俺の執着心もあんたに負けてない、親のコネと財産を使ってでも囲って、逃げられないようにしたい」 「俺も何でもしてあげるし、あいつも何でもしてくれるよ」 「音楽とSMしか出来ねえわ〜」 「最低だね……」 「うん、最低だったわ」  それ以外何も必要無かった。  既に持っているからだ。  税金払える程の収入とか、美味しいご飯とか、寝る場所とか、楽器とか、身体とか、心とか。  親とか。  何も努力をせずにただ与えられていただけだった。  持っていない物は、音楽という物だけだと思う。 「俺、多分その内、まだだけど、露出するかもしれん、隠し子会見の覚悟とかしといて」 「うん、もう仲間達と相談出来てるから安心していいよ」 「なら良かった、でもまだまだダメだ。全然出来てない」 「うん。好きにして良いよ、ただ自分を大事にして、俺にとっては自分の命より大事なんだから」  臭い事を言う、流石アーティストだ。  命より大事な俺。  音楽が無かったら誰も出逢わず、俺はここに存在していないのだ。  恐ろしい話だ。  この人達にとって音楽は命そのものなのだろう。  音楽は命を動かす。  この世から音を消したら、この世では最早無いだろう。  何も生きれないだろう。  風も雨も無いのだ。  太陽も、地球も月も無い。  停止してしまったらバラバラにすらなれない。  その前に存在とゆう物が無い。  きっと俺は母親のお腹の中で、卵子に精子が突き刺さった時に響いた音だ。  そして膨れ上がった。  俺も充分にアーティストかもしれない。  そして、もう一人の父親に電話して、あの子に会いたいと言った。  ユウは、俺の助言を通り越して上達していった、教えたのなんて最初だけで、ただのキッカケだ。  自分の感覚とゆう物を自分で肯定してやる事を覚えれば良いだけだ。  そんな事は皆わかっていたのだ、社長もバンドのメンバーも。  ただ、全員がキッカケをジッと待っていただけの話だ。  化けるとゆうより、化けの皮が剥がれた、と言う方が近い。  その代わりに自分の性癖も全力で肯定してきた。  元来、本人が思っているよりもポジティブな性格であって、放置される寂しさに耐えられない事は確かだが、それは、一般的に見たら殆どの人達がそうなのであって、彼が特別弱いわけではない。  寧ろ、ドラムを叩くとき、曲作りや、何か忙しい時、存分に孤独である。  ユウが熱中している時、俺の方が、余程寂しがっていると思う、必死で隠すのだが。  虚ろな顔でブツブツ言って居るとき、恐らく俺の事は目にも入っていない。  着替えさせても気が付かない位なのだから。  テネシーワルツの女、俺の母親、ユウの女  きっと皆「彼」を愛しているのだと思う。  自分の物にはならないからこそ、懐かしんで愛おしく歌う位には。  あの日を後悔したなんて、一瞬の事なのだ。  結局テネシーワルツは美しいと言ってしまっているのだから。  

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