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第1話

芳賀の唇が触れた。 え……? 理解が追いついたのは、唇が離れた瞬間だった。 あれは……キス? まさか、冗談だろ。 でも、目の前の芳賀は何事もなかったかのように俺を見つめている。 その瞳は、まるで「もう一度」そうしそうな距離にある。 不意に緊張が襲ってきた。 俺はとっさに体をこわばらせる。 「……みんな待ってるから、急ごう」 芳賀は腕時計を見て、それだけ言うと、あっさりと身を引いた。 止まっていた時間が再び動き出す。 俺はまだその場に立ち尽くしていたが、芳賀が何のためらいもなく手を引いて歩き出す。 会社の出口に向かいながら、俺の脳内は大混乱だった。 芳賀と……キスした。 俺、今、何された? いや、されたんだよな……キス。 そうだ、あれは間違いなくキスだった。 しかも――唇、柔らかかった……。 いやいや、そこじゃない! なんでキス!? 落ち着けと必死に自分に言い聞かせるけど、心臓はうるさく鳴り続けていて、周りの音なんて何も耳に入らない。 そういう雰囲気だったから? いや、どんな雰囲気だよ……! 芳賀の唇の感触が、まだ俺の唇に張り付いて離れない。 まさか……俺のこと好きなのか? 男が好き……? いや、彼女いたよな。 え、両方いけるとか? 同じ疑問が頭の中でぐるぐる回って、ぐったりする。 もうダメだ。 考えてもわからない。 直接きかなきゃダメだ。 そうだ、何も言われてないし、何も聞いてない。 ちゃんと理由を確認しよう。 芳賀と二人きりのうちに――そう思ったところで、同期会の店に着いてしまった。 後で、絶対きく。 そう自分に言い聞かせながら、店の扉をくぐる。

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