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ハッピーエンド?

ジャンティーははやる気持ちで、ガウンを羽織って城の庭にさまよい出た。 なぜかわからないが、それまでかけられていた一切の魔法が、ぴたりと止まってしまっていた。 誰もジャンティーの後を追うことがなかったし、ジャンティーのためにドアを開ける者も出てこない。 何か異常なことが、野獣の身に起きたに違いない。 ジャンティーはところどころに設置された庭灯をたよりに、広い庭の中を走り抜けた。 生い茂った木々の周辺を曲がりくねった道が延々と続き、ときおり曲がり角にそびえ立つ彫像がジャンティーを驚かせる。 ベールをかぶる美しい女性、背から羽が生えた天使、鋭い牙を持つ怪物…… さらにジャンティーは、夜の闇の中で激しく水を吹き上げている噴水のある広場に出くわした。 どれだけのあいだ庭の中を走っていたのか、ジャンティーにももうわからない。 そんな中でふと、ジャンティーの耳にサラサラと水の流れる音が入り込んできた。 よく耳をすまして、それをたよりに進んでいくと、冷たい石壁に囲まれた洞窟を発見した。 燭台を手に足を運んでいけば、澄んだ水の流れる小川がある。 野獣はそこにいた。 川のほとりで、野獣が倒れている。 「ウォルター様!いったい何があったのです⁈」 ジャンティーは無我夢中でもがき苦しむ野獣に飛びついていった。 「うん…ジャンティー?ああ…ジャンティー、帰ってきてくれたんだな……」 息も絶え絶えの野獣はジャンティーの腕に抱き起こされながら、嬉しそうに微笑んだ。 「しっかりしてください、ウォルター様。いったい何があったのですか?何があなたをこんなふうにしてしまったんです⁈ 」 「ジャンティー、お前が帰ってくるのは遅すぎた…もう少し早ければ……」 野獣が絞り出すような声で、うわごとのように話す。 「ああ、どうか許してください、ウォルター様。お願いですから、元気を出して!立ち上がってください!」 この有り様では、そんなことはできないとわかっている。 けれど、ジャンティーは叫ばずにはいられなかった。 「ジャンティー、わたしはもう…ダメだ。もし、わたしが人間だったなら、もう一度立ち上がる気にもなれたし……そこから、きみのために生きようという気力も湧いたと思う。けれど…わたしは野獣だ。こうして哀れに死を待つしかない……」 「そんな……そんな心弱いことを言わないでください。お願いですから……そんなの、強く優しいあなたらしくもない!」 ジャンティーは野獣の首に回した腕に力を込めてより強く抱きしめると、ポロポロと涙をこぼした。 「ウォルター様、あなたを愛しています!今さらになって、それがようやくわかったのです。ぼくは、あなた無しではもう生きていけない。だから、どうか起きてください!あなたの妻にでも奴隷にでもなりますから!ぼくのために生きてください!!」 そのとき、ジャンティーの目の前で信じられないことが起きた。 突然、醜い野獣の姿が消え去ったのだ。 そして、ジャンティーの腕の中には、見たことがないほどに美しい青年の姿があった。 青年はすっくと立ち上がると、あっけにとられているジャンティーに手をさしのべた。 そんな些細な仕草すら、とても美しい。 サファイアのようにキラキラした青い瞳、夏の太陽のように光り輝く金髪、陶器のように白い肌。 「ジャンティー、ありがとう。お前のおかげで長くかかっていた魔法がとけた」 青年が手を差し伸べたまま、にっこり微笑みかける。 「どういうことなんです?あなたはどこの誰です?ウォルター様は、いったいどこに?」 「わたしがウォルターだよ。さっきまで、お前の腕の中にいた。そして、お前はわたしのために涙を流してくれた。とても嬉しいよ」 「信じられません。いったい、どうしてこんなことが……」 ジャンティーは困惑するばかりだった。 「そうだね。ちゃんと話すから聞いておくれ、わたしの身の上話を」 青年はジャンティーに目線を合わせるようにして、その場に座り込んだ。 「そもそもは人間の世界の醜さを嘆いたがために、あんな醜い野獣に変わってしまったわたしだが、いつしかわたしは、こんな姿のまま生きることが辛くなり始めていた。だから、また神に祈った。「身勝手だとはわかっています、人間の姿に戻してください」と祈った」 「祈って……それで、どうしたのです?」 やや興奮気味に話す青年に対して、いまだに話が見えてこないジャンティーは、その続きが気になった。 「ひたすら祈って祈り続けて、その祈りはもう届かないのだと諦めたときだった。神はわたしに応えてくださったんだ。ある啓示をしてくれたんだ」 「啓示って、何をです?」 ジャンティーは、ドキドキしながら尋ねた。 神はいったい、この青年に何を告げたのだろう。 「神はおっしゃった。いつかこの世で本当に美しいもの。本当に、心の底から信じられるものに巡り会ったとき、わたしは人間の姿に戻る機会を与えられる。その日まで待つのだと」 青年がさらに続けた。 「お前がこの城にやって来たとき、わたしはついにそのときが来たのだと考えた。お前こそが本当に美しく、心の底から信じられるものを与えてくれる。いや、それ(・・)そのものなのだと……」 「お前の父親の病気を知ったとき、わたしは賭けてみようと思った。ほんの少しの間だけ、お前を家族のもとへ帰らせて、その上でお前がまたこちらに帰ってきてくれるのかどうかを…もし、もしお前に裏切られたら、わたしは人間に戻れなかった。そればかりか、命まで失うところだったんだ。しかし、この命がどうなろうと、わたしは賭けてみた。お前の誠意に賭けてみたんだ」 青年は敢えて「愛に」とは言わなかった。 ──万が一ぼくが戻らなかったら、ウォルター様は死んでいたってことか…… そんなことを考えたジャンティーは今さらになってゾッとして、戦慄のあまり冷や汗をかいた。 汗はジャンティーの背中を伝っていき、かつて青年が野獣だった頃にくれた上等な服に吸い込まれていく。 しかし、そんな戦慄もあっという間に消え失せて、いまは美しい青年へと戻った野獣を、ジャンティーはうっとりと見つめた。 「それでもあなたは……ぼくを信じてくださったのですね。自分の命を危険に晒してまで……」 「お前を愛していたからだ。お前への愛があったからこそ、お前の誠意を疑うなんてことはできなかった。それは、お前への冒涜以外の何ものでもないと感じた」 青年が、大きな手でジャンティーの頬を撫でた。 頬に伝わる体温が温かくて心地良い。 「お前が現れたとき、私は悟ったんだ。お前だけはほかの人間たちとは違う。見せかけの美しさや、口先だけの言葉に欺かれない人間なのだと。そして、お前ならきっと私の真実の姿を見抜いてくれる。いつか私にかけられた魔法を解かしてくれると」 「ウォルター様……」 ジャンティーは目の前の青年──ウォルターを夢見心地でうっとりと見つめた。 なぜだろうか。 目の前のこの人を、はるか昔から知っていたような気がする。 それは、ジャンティーがかつて幼かった妹たちに読み聞かせていた物語に登場する、白馬の王子様に似ていたからかもしれない。 そのときは、「あたし、大人になったらこんな人と結婚するのよ!」と息巻いていた妹たちの話を他人事のように聞いていた。 しかし、いま目の前に立っている人を見ると、そんなふうに胸ときめかせる気持ちがよくわかった。 「ジャンティー、お前は私を元の姿に戻してくれた。私に多大なる幸福を与えてくれた。その恩に報いるためにも、これからは私がお前を幸福にしてやる番だ。ここで、この城で私と生きてくれないか?」 「それで構わないのですか?ウォルター様、ぼくは男だし、大して美しくもございませんのに」 愛しい人と暮らせるなら、それは悪いことではない。 しかし、自分は男だし王子様の妻になど相応しくないのではないか。 ジャンティーはそう疑問に思った。 「そんな細かいことを、いまさら気にする必要はない。私はお前を愛しているし、お前は私を愛している。愛する者同士が一つ屋根の下でとも暮らす。ただそれだけだ。何を気にかけることがある?」 ウォルターの手が頬から離れて、今度は両肩に降りてきた。 「そうですね、ウォルター様。ぼく、とても嬉しいです」 自分を見つめる青い瞳がキラキラ輝いているのを見て、ジャンティーは胸が高鳴った。 「お前の父親も、ここに呼び寄せるといい。そのほうがお前もいいだろう?」 「はい。ありがとうございます。ねえ、ウォルター様」 「何だい?」 「ぼく……夢を見ているような気がします」 「ふふふ。違うぞ、これは現実だ」 「嬉しい…」 ウォルターに抱き寄せられて、ジャンティーはそっと囁いた。 突然訪れた幸福の美酒に、すっかり酔っていた。  ───────────────────── そんなジャンティーだから、ウォルターが妹たちの名前を一度たりとも口に出さなかったことになど、まるで気がつかなかった。

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