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プロローグ②
燦々と太陽が高く昇っている。北部出身であるイリスにはひどく熱気が篭って辛く、今にも倒れてしまいそうだ。
フィオレニア王国は花が多く咲き誇り、神の寵愛を受けた島国として知られている。遥か昔、円形の島国だったそうだ。幾度となく繰り返された魔法士同士の戦争によって東と西の領土は陥落してしまった。現在は縦長の国土を持ち、北部、中部、南部として領域が分かれていた。
北部は貴族や芸術家も多く、フィオレニアの名の通り豊かな自然に囲まれており、一年中過ごしやすい気候だ。しかしイリスが足を踏み入れた南部は貧しい人も多く、様々な熱気が篭っている。
イリスは奴隷船に乗るため、港の奴隷市場へと足を踏み入れた。
襤褸を纏ったイリスは他の奴隷と共に列に並ばされ、逃亡を図らないよう首と足を前の奴隷、後ろの奴隷へと枷を繋がれている。身体を動かす度に、しゃらん、しゃらんと鎖の音が響いた。
靴なども履かせてもらえず、足の裏に石が刺さって痛い。徹底的な逃亡対策は、この二十五年間で積み重ねられたものだ。この港の奴隷市場が最期のチャンスであった。
奴隷船に乗ってしまえば、糞尿が塗れた劣悪な環境で他の国へと輸出される。海の氾濫や環境に耐えられず亡くなる者が多いと聞く。
「さあ、さあ!見てらっしゃい!お気に入りの奴隷がおりましたらお声かけくださいな!」
奴隷商人の明朗な声が複数響いた。国の商品として奴隷を売るよりも貴族や芸術家などの金持ちに奴隷を売った方が利益になるのだと、生き別れた弟が言っていた。そのため奴隷商人たちは商売魂を見せつけ、大きく高らかに声を張っている。
人間が敷き詰められたような場所では、どれも同じに見えるだろうに。道の端に奴隷は並べられ、その中央を貴族らが見世物小屋のように通過していた。
「やあ、商人さん―――今日もお元気そうで何よりだよ」
不意に少年の声が響いた。咄嗟に俯きかけていた視線を上げると、シルクハットにスーツ、杖という上流貴族の三点セットを身に纏った少年がイリスを請け負っていた奴隷商人に話かけていた。
「これはこれはメディチ侯爵、貴方様も姿変わらずお元気そうで」
「ああ、ようやっと最近趣味のサーカスが軌道に乗りそうだ、国王様もお喜びだよ」
「それはそれは。どうです?うちの奴隷なんかも、北から南まで美男美女を揃えておりますゆえに玩具としてもご利用いただけますよ」
「私にその趣味はないのだがね、見させてもらうよ」
下卑た笑みを浮かべた商人をあしらいながら、メディチ侯爵と呼ばれた少年は整備されていない地面を踏みしめた。こつ、こつと革靴の音が響く。集団的な緊張が走る―――最期のチャンスを掴み取れる奴隷がいるのかもしれない。恐怖で、上昇していた視界が下がった。
ふと、目の端に高級そうな靴が止まる。
「ふむ」
少年のまだ喉奥の上澄みが残ったような声が耳に入る。そして、視界の端でステッキが動いた―――途端、顎に衝撃が走り顔が上がる。杖によって無理やり顔を上げられたのだと理解するのに、数秒を有した。
「商人、この奴隷の名は?」
「なんと侯爵、お目が高い。そやつは言葉が喋れずにおります奴隷で、名前がはっきりとしません。知能も少し遅れ気味で文字も書けませぬ。しかし、近頃こういう輩や奇形などが貴族様の中では大人気でございます」
燦々と照らす太陽が、貴族の彼に影を落とす。薄暗い中で、少年の瞳はひどく鮮明に赤く光った。瞳に捕らえられる。
「なるほど、口が利けないのだな―――それは好都合だ、これを買おう」
にやりと歪んだ口元が、確かにその言葉を吐いた。イリスの瞳は大きく見開く。
「かしこまりました!すぐに鍵を持ってきます」
「必要ない」
駆けようとする奴隷商人を引き留めて、少年は勢いよく杖の先を土の地面に叩きつけた。直後、しゃらり、しゃらりという音と共に、鎖が引きちぎられたかの如く枷が外れ、地面に砂のように流れ落ちた。
イリスは力が抜けて、その場に座り込む。
「どうした少年。そのような顔をして、随分と間抜けじゃあないか。誇れ、お前は私に見染められた。この国で解放奴隷として生きることができるのだぞ―――ジラソーレと名付けよう。お前は今日からジラソーレという名のもとに太陽に向かって生きることを誓え」
淡々と愉快そうな口調で語られる侯爵の言葉に、イリス―――ジラソーレは小さく頷いた。
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