29 / 29

第2章 第13話

 暫くして。  木々に囲まれた場所から景色が変化して、街の中心街へと近づいた。細々とした息を吐き出していたジラソーレも駆ける足を止めて、懐かしい雰囲気に包まれた周りを見回す。時間が経過していないような、昔ながらの小さな建物がひしめき合った街並み。建物の隙間にある小道では男娼が客引きしているのが目立つ。  ジラソーレもといイリス・ビアンキが育った街・ベッナ。活気づいた雰囲気とは裏腹に色濃く闇が落ちている、陳腐な街―――胸の奥がざわざわとする。  年に一回訪れるベッナの地で、頑なに外出しなかったのには理由があった―――怖かったのだ。この地に足を踏み入れたと実感するのが、ジラソーレにとってはひどく恐怖だったのだ。  どくん、どくんと力強く血液を送り続ける心臓を落ち着かせるように、胸に手を当てる。そして微かな記憶の中から街の中心部からの帰路を思い返した。擦り切れた靴先で、記憶を辿る。  街の奥まったところではがやがやとした雰囲気は消え失せて、住宅街の静けさばかりが頬を掠めた。  歩いて三十分ほどするとひしめき合った建築物が途切れて、一気開けた丘が見えた。不気味なほどにぽつんと建てられた古風な屋敷が、丘の頂上にあった。手入れされていないせいか、草木が生い茂った挙句の果てに枯れている。  昼時を過ぎたせいか、徐々に空の彩度が落ちていた。じく、じくと痛む足を動かしながら、ジラソーレは胃がひっくり返るほどの震えを覚える。  不自由が苦しい―――だからこそ家族のことをもっと知るべきだと感じた。スリジエのことを思い出すと胸が潰されそうな思いでいっぱいになるが、この魔法は家族―――弟のジャッジョーロがかけたものだという可能性が高いと彼は示唆していた。  もしそうであるならば、調べなければいけないだろう―――生憎ながらジラソーレは文字が読めないけれど。半ば現実逃避だ。  門を潜って、手入れされていない庭を通過する。レンガを積み上げて作られた家の、木製の扉をジラソーレは震える手で開いた。開いた刹那、母親の怒鳴り声が飛んでくるのではないかと、体に染みついた感覚が訴えてくる。  何事もなく、扉の軋んだ音だけが耳を貫いた。ほ、とジラソーレは安堵の息を吐いて、屋敷の中へと足を踏み入れる。埃っぽさが空気を舞う中、薄暗い玄関。踏み荒らされた形跡が、あった。  まるで誰かに押し入られたような、そんな形跡―――メディチ侯爵の話によると、ビアンキ一家は王族に歯向かい弟を除く全員が殺された。つまりこの形跡はそういうことなのだろう。  突如訪れた、死の形跡。心臓が痛い。ジラソーレが記憶している限り、玄関ホールには見え張りの調度品が並べられていたはずだが、すべてなくなっている。売り払ってしまったのだろうか。

ともだちにシェアしよう!