16 / 16

ー3

 ★ ★  前髪は眉にかかるくらい。後ろは一番長いところが背中の半分くらいになるように切った。  櫛で前髪を整える。  間近でイオの綺麗な顔を見て、どきどきと心臓が鳴る。これはもういつになっても変わらない。  真実(ほんとう)の父親の顔。父親として暮らしてきた、イオの顔。獅子から人間(ひと)に変わった時のーー記憶が曖昧で、どれも今のイオの顔と一緒だったように思えていた。記憶が消されたり、甦ってきたりした影響かもしれない。  ずっとーーこの美しい顔を見続けていたような気がする。 「いいよ、眼を開けて」  ゆっくりと瞼が(ひら)く。  両眼とも、宝石のように美しい青色。  この記憶だけははっきりしている。親子として暮らしていた頃、イオの片眼は、けして(ひら)かなかった。そして、白銀の獅子は、片眼が銀で、片眼が青。人間(ひと)に変わった時もそれは受け継がれていた。  今はすべてが解け、両眼青い瞳。 「どうだ?」 「大丈夫、上手にできたよ」  手鏡に映してみせた。 「そうか」  覗き込みながら、あからさまにほっとする。ボクは軽く頬を膨らませた。 「信用ないなぁ。もう何回もやってあげてるよねぇ?」  この家で一緒に暮らし始めてから、月は三回満ちて欠けた。二人が再会した花畑は、背の高い黄色い花から、淡いピンクや紫の可憐な花に変わった。 「あ、そう言えば、子どもの頃、切ってあげようかって言った時はやらせてくれなかったよね」 「あんな子どもにやらせて堪るか。どんなふうになるかわかったもんじゃない」 「ふーん」  村人たちと交流をしたくなかったイオは、村の散髪屋にも行きたがらず、ずっと髪を伸ばしていた。  でも、ボクは知っているんだ。  イオが自分で切ったことがあるって。それで失敗して、そのままにしてあったって。  二度とイオは自分の髪を切らなかった。何でも器用にこなすイオの意外な一面だったわけだ。  その時のイオの顔ときたらーーこの世の終わりって感じだった。  それを思いだし、ボクはくすっと笑ってしまった。 「何が可笑しい」 「なんでもない」  ぺろっと舌を出して、今度は後ろの髪に櫛を入れる。  そう言えば……。  途中で空いた手のほうで、ぽんぽんと頭を撫でる。  『あれ』……って、どうなってるんだろう。  あれから何度も睦み合った。それこそ、昼夜なく毎日求められるので、途中でボクは条件をつけた。 『毎日しない。陽のあるうちはしない』  身体はもたないし、明るいうちなんて恥ずかし過ぎる。イオは毎日しても全然疲れも見せないんだけどね。  する度に、頭から耳が生え、お尻からは自由自在に動く細長い尻尾が……。  でも、今は頭にそんなの影も形もないんだよなぁ。 「ねえ、イオ。『あれ』ってどうなってるの?」 「あれ……とは?」 「耳と尻尾だよ」 「知らん。『あいつは』の仕業だ」  あいつと言うのは例の神様のことだろう。 「ふうん」  これ以上は、機嫌を損ねそうなので、問いただすのはやめた。  尻尾はちょっと悪戯が過ぎるけど、あの耳は可愛いよね!  ボクは、一人楽しげに笑った。                   ♡おしまい♡

ともだちにシェアしよう!