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第11話 2023年 青森

村上静子は、4年前に亡くなった夫の仏壇に線香をあげ、静かに手を合わせた。 (まさか…小百合が五年前に亡ぐなってだなんて) 昨日、警察手帳を持った鋭い目つきの男たちが突然やってきて、静子にとって悪夢のようなニュースをもたらした。彼女の誇りだった娘、小百合が、もうこの世にはいないと…。 小百合は、自慢の娘だった。弘前大学の医学部を卒業し、医者となり、地元で小さな診療所を開いた。村の人々にとってその診療所はかけがえのない場所だった。しかし、その後、小百合はあんなチンピラのような男と結婚してしまい… 静子がそこまで考えたとき、近くに車が止まる音が聞こえた。縁側に出て庭を見渡すと、タクシーから3人の人影が降りてこちらに向かってくるのが見えた。 (ずいぶん若ぇ人たちだね…1人は小学生ぐらいの子供かねぇ?) 静子が軒先まで出ると、3人も彼女に気づき、丁寧に頭を下げた。 (金髪で青ぇ目…外国の人かねぇ?それにしても、なんの用で…) 「すみません、どなたが探してらんですか?」 静子が不安そうに問いかけた。 「岩田小百合さんのお母さんですね?この子は…小百合さんのお子さんで、アキラ君です。あなたの…お孫さんです」 金髪の若者が、隣に立つ小さな男の子の肩に手を置きながら静子に説明した。 「まぁ…!」 静子は目を見開き、驚きと混乱の表情が入り混じった。 「とにかぐ、中さ上がってけじゃ」 静子は3人を家の中に招き入れ、仏壇のある六畳間に案内した。彼女は急いでお茶を淹れ、3人の前に差し出した。 「昨日、警察のひと来て、話さ聞かさった。小百合が5年前に亡くなったごども、その時に知ったんだ。」 「…そうでしたか…。僕たちは、小百合さんの夫、龍二さんになりすましていた男の行方を追っているんです。ここに何か手がかりがあるんじゃないかと…」 静子はお茶を一口啜り、静かに語り始めた。 「小百合は、私ら夫婦の自慢のむすめだったんだよ。村ん人達さ恩返ししたくて、一生懸命勉強して、医学部さ出て、この村さ診療所こしらえだんだ。高齢化進んでらこの村には、近ぐさ病院もねぇから、小百合の診療所は村にゃ貴重な場所だったんだ。…龍二は、小百合の幼なじみで、子どもん頃から気が弱ぐて、いつも小百合ん後さついて歩いてら子だったんだ。小百合はそった龍二ばほっとげねがったんだべなぁ。二人は25んとき結婚したんだども、幸せな時間は長ぐ続がねぇがったんだ。その頃、龍二は村の保険会社で真面目に働いでだんだども、会社の不祥事の責任ば負わされて、辞めさせられだんだ。かわいそうだったよ…。小さい村だもんだから、噂はすぐ広まって…再就職も難しぐなってしもて…親ん借金もあってよ…。そん頃がら、悪りぃ連中ど付き合うようになって、人も変わってしもたんだ。小百合は愚痴や不満ば言わね子だったんだども、あの子ん足に痣があるのば偶然見でしまってよ…もしかしたら暴力振るわれでだんだべな…。あの時、見慣れね男が診療所さ出入りしてるって噂聞いだんだ。それが急に、小百合は診療所ば畳んで村ば去ってしもうて…。そん後、10年がら、なんも連絡ねがったんだ…」 静子は仏壇に置かれた写真に目を向けた。そこには、日に焼けた人の良さそうな70代くらいの男性が笑顔で写っていた。 「あれは私の夫だけぇね。四年前に亡ぐなってしまったんだ。ずっと小百合の消息ば調べていて…最後まで小百合さ会いたいって言ってだんだ。まさか小百合の方が先に亡ぐなってだなんて…」 静子の声はそこで詰まり、涙がこぼれ落ちそうだった。葵と空は、夫と娘を亡くした老女の姿に胸を打たれた。 すると、じっと正座して話を聞いていたアキラが、ゆっくりと立ち上がり、静子の方へ歩み寄ってその手を取った。 「おばあちゃん、お母さんの話を聞かせてくれてありがとう。これからは僕が、おばあちゃんを守るからね」 アキラの言葉に、静子はアキラの肩に顔を預け、声もなく泣いた。 「小百合さんのお友達から、診療所宛の手紙が家から見つかったんです。岡田真由美さんという方なんですが…ご存知ですか?これからその方にお話を聞きに行こうと思っているんですが…」 葵が静かに尋ねた。 「真由美ちゃんなら、よぐ知ってますよ。車ねぇど不便でしょうから、私が乗せでいってやるじゃ。あの子も昨日、小百合のこと聞いて、うぢさ来てくれだんだ。私のこと心配して、よぐ様子見に来てくれて…ほんとにいい子なんだ」 「本当ですか?それは助かります…!ありがとうございます!」 静子は庭に置いてある軽自動車のエンジンをかけ、3人を岡田真由美の家まで連れて行ってくれた。真由美の家は静子の家から車で15分ほどの距離にあり、新築の一軒家だった。 静子がインターホンを鳴らすと、中から40代くらいのショートボブの快活そうな女性が出てきた。 「あら、静子さん…!後ろの人たちは…?」 「こんにちは。小百合のことでお話ば聞ぎたくて、東京から来たんだよ」 「まぁ!小百合の…!どうぞ、上がってけじゃ。散らかってるんだども…」 玄関に入ると、ドタドタと足音がして、小学生くらいの男の子と幼稚園児くらいの男の子が顔を出してこちらをじっと見ていた。 「カイくん、ソウタくん、こんにちは」 静子は顔見知りらしく、優しく挨拶した。 「おばあちゃん、こんにちは!」 「ほれほれ、別ん部屋で遊んでらっしゃい。お母さん、今大事な話があるから!」 「はーい!」 真由美は4人をリビングに案内し、椅子を勧めた。静子がまず口を開いた。 「この子は小百合の息子なんですよ」 「まぁ…!小百合に子供が…!」 真由美は驚きとともにアキラを見つめた。 葵は少し緊張しながら尋ねた。 「僕たち、龍二さんになりすましていた男の行方を追っているんです。どんな小さなことでもいいので、小百合さんのことで何か覚えていることがあれば教えていただけませんか?」 真由美はしばらく考え込んだ後、思い出すように話し始めた。 「そういえば…10年以上前、小百合が失踪する一か月ぐらい前のことなんだども、私は頭痛薬ば処方してもらおうと、夜の8時頃、小百合の診療所さ行ったんだ。診察時間はもう終わっていて、他の患者は誰もいなかったんだども、小百合の姿が見えねぇもんだから、診療所の中ば探していたら、隣の部屋で変な男がベッドで寝ているのば見つけたんだ。驚いで悲鳴ば上げてしまったんだわ。その男はベッドさ縛り付けられていて、顔色が悪くて、まるで死人のようだったんだ。苦しげにうめき声ば上げでいて…私の悲鳴ば聞いで、小百合が飛んできて、私の開げだ扉ばピシャリと閉めだんだ。『今の人は誰なの?』と私が聞いだら、小百合は『私の患者だよ。ドラッグ中毒で禁断症状が出てるんだ』って言ったんだ。見たことねぇ男だったから、きっと外がら来た人なんだと思ったんだ…。その後、小百合は診療所ば畳んで、村ば去ってしまったんだ…」 葵と空は、顔を見合わせて頷いた。 (それがドラゴンタトゥーの男に間違いない…!) 「今、その診療所はどこに…?」 葵が尋ねたが、真由美は首を振った。 「診療所はもうねぇんだ…跡地にマンションが立つことになって取り壊されて…そこから龍二の遺体が出たとか…恐ろしい…夫の龍二も小百合も、私の小学校ん時の同級生なんだ。この辺は田舎だから、子ども少なくて、同じ小学校通ってた子はだいたい知り合いなんだよ。龍二は昔、ほんとに優しい子だったんだけど、小百合と結婚して1年くらい経ったら仕事が無ぐなってさ、それから地元のヤクザとかと付き合いあったみたいで…龍二も、もしかしたらドラッグやってたんかもしれないね。それで、小百合はドラッグ中毒の人ばほっとげなかったのかもね。」 「…そうですか…」 「でも、二人に子どもがいたなんて、ほんとびっくりだよ。今10歳ってことは、小百合がここば去ってすぐに産んだんだべな。アキラくん、顔ば見せでみ?」 アキラは恥ずかしそうに真由美に近づいた。 真由美はアキラの顔をじっと見て、「小百合によく似てる」と言った。 葵たち三人は、真由美にお礼を言って家を辞去し、静子にホテルまで車で送ってもらった。 「またいつでも遊びに来てけろな」 「うん、おばあちゃん!絶対また来るからね!」 「本当にありがとうございました。また何か新しい情報がわかったら連絡しますね」 葵は静子に携帯の電話番号を聞き、三人は静子の車が見えなくなるまで見送った。

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