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エピローグ

ディーンとアレンには懲役2年の判決が下された。被害者である空が無事に退院し、アレンの減刑を嘆願したため、異例の短い刑期となったのだ。空の傷は、ディーンが弾道を逸らせたことで致命傷を免れ、後遺症が残らなかったことも大きな要因だった。 アレンは日本語が全く分からないため、ディーンが通訳として同室になれたことに、彼は密かに安堵していた。 「なんで日本の刑務所は皆、丸坊主にするんだろうなぁ」 ディーンは丸刈りになった頭を右手で撫でながら、隣で昼食を食べるアレンに目をやった。アレンも美しい金髪を刈り取られ、丸坊主にされてしまったが、本人は特に気にしていない様子だ。 (だが…逆に、この髪型がアレンの顔の美しさを際立たせている気がするな…) ディーンは改めてアレンの顔をじっと見た。彼と同じ36歳だというのに、せいぜい30歳くらいにしか見えない。金髪の丸坊主に、澄んだ水色の目、そして色白の肌――その姿は、男だらけの刑務所の中でひときわ目立っていた。 「ところで…お前はどうやってヨーコがチャンを殺した犯人だと突き止めたんだ?」 アレンは意外と器用に箸を使いながら、ご飯を口に運びつつディーンの疑問に答えた。 「ああ…実はな、お前とニューヨークで別れた後、ムショにぶち込まれた時に、昔の俺を知ってる奴に出くわしたんだ…」 「そいつはガリガリのジャンキーで、性格も最悪だったんだけど、俺の顔を見るなり、『お前…もしかして…ドラゴンタトゥーズのアレンか?』って言ってきたんだ。『あのアレンが、今や俺と同じジャンキーとはな、いいザマだぜ。昔、付き合ってた日本人の女をお前のライブに連れてったら、あっという間にお前に夢中になりやがった。けど、バンドが活動休止した途端、急に日本に帰りやがった。あの日、たまたま友人を見送りに空港に行ったら、そのヨーコって女が血相変えて空港内をうろついてるのを見かけたんだ。そうさ、あの日はニュースでお前らのバンドメンバーが刺されたってずっと報道されてた日だったから、よく覚えてる』ってな。 それを聞いた俺はピンときて、『その女のことをもっと詳しく教えろ』ってそいつに詰め寄ったんだ」 「なるほどな…」 「それから日本人で、40歳前後のタチバナヨウコって名前の女を徹底的に調べたんだ。時間はかかったけどな…。それはそうと、お前こそ…どうして俺の息子と知り合いだったんだ?」 「それは偶然でさ…。俺が働いてたライブハウスに、バイトで入ってきたんだ。お前にそっくりでビビったよ。」 ディーンはそのまま話を続けながら、ふと心の中に引っかかっているある事を思い出した。避けて通れない話題だが、どう切り出すべきか迷っていた。 「でな…アレン…。言いにくいんだが、実は…お前の息子の葵くんと…その…ワンナイトラブってやつを…しちゃってな、ハハッ。」 なんとか軽い調子で言おうと努めたディーンだったが、アレンは箸を持つ手をピタリと止め、ディーンの顔をじっと見つめた。 「…は?」 「いや、ほら…酔った勢いってやつ?それで、ちょっとお前と間違えたみたいでさ…。葵は初めてだったから、ちょっと悪いことしちゃったなぁって…」 「はぁぁぁ~っ?!」 アレンは食堂中に響き渡るほどの大声で叫んだ。 「ちょ、ちょっと待て!!お前…俺の息子の大切な初めてを奪いやがって…しかも俺と間違えたって…どこから突っ込めばいいんだよ?!信じらんねぇっ!もうお前とは絶交だ!金輪際口をきかないからな!」 アレンはそうまくしたてると、トレイを乱暴に持ち上げ、そのまま部屋に向かってさっさと出て行ってしまった。同じ部屋に戻るというのに…。 「ア、アレン…」 ディーンは涙目でアレンの背中を見送った。 葵と空、そして海の3人は、タツヤから「空の快気祝いとバンドの再始動を祝おう」と誘われ、新宿の夜の街を歩いていた。 「光輝さん、店やってるんだな」 「バーテンダーって感じ、なんかカッコいいよな」 「でも…ここって新宿二丁目?」 3人はタツヤが送ってくれた住所をGoogleマップで確認しながら、新宿二丁目の雑居ビルの地下にたどり着いた。『BAR光る君』と書かれた看板が、薄暗い街灯の下に浮かび上がっている。 「ここだな…」 階段を下りてドアを開けると、艶っぽく低い声が響いた。 「いらっしゃーい」 声のする方を見ると、そこにはヒールを履き、身長2メートルを超える迫力の美人――光輝が立っていた。いつものスタッズ付きの革ジャン姿とは打って変わり、彼はスパンコールのワンピースにピンヒールを履き、髪をアップにし、完璧なメイクを施している。 「え…ええ…光輝さんって…その…」 3人は言葉を失い、その場に腰を抜かしてしまった。あまりにも意外すぎる姿に、目の前の現実を受け止めきれなかったのだ。 「そうよ、アタシはオカマバーのママなの。ここではヒカルママって呼んで頂戴」 光輝改めヒカルママが、ピシャリと指摘した。 「そこ、邪魔だから早く入りなさいよ」 ヒカルママに促され、3人はようやく正気を取り戻して店内に入る。カウンターの奥にはタツヤと雄介が座っており、彼らに気づくと手を振った。 「ちょっとタツヤさん、なんで教えてくれなかったんですかーっ!」 海が半泣きでタツヤの手にしがみつく。 「ごめんごめん、ちょっと驚かせようと思ってさ」 「ちょっとどころじゃないですよーっ!」   「それでは、空の退院とバンドの再始動を祝って…カンパーイ!」 ヒカルママがジョッキに入れてくれたドリンクを手に、全員で乾杯した。タツヤと雄介は生ビールだったが、葵たちは未成年なのでコーラでの乾杯だ。雄介はビールの泡を口につけたまま、尋ねた。 「そういや、お前らのバンド名は決まったのか?」 葵は空と海の目を見ながら頷いた。 「実は…俺たち、バンド名を『ドラゴンタトゥーズ』にしようと思ってるんです」 その言葉に、タツヤと雄介、そしてヒカルママは顔を見合わせた。 「俺たちはタトゥーは入ってないけど…ドラゴンタトゥーズの遺志を継ぎたいと思って。ディーンさんとマーティンさんにも許可をもらいました。父には…ディーンさんから伝えてもらったんです。昔、ドラゴンタトゥーズってバンドがいたことを、みんなに忘れてほしくないんです。」 葵が真剣な表情でそう言うと、タツヤたちは大きく頷いた。 「いーじゃん!ドラゴンタトゥーズ!」 「新生ドラゴンタトゥーズに乾杯!」 再び全員でグラスを掲げ、夜の新宿に乾杯の声が響いた。 村上静子は、東京から来た刑事たちの訪問を予期していなかったが、彼らの話を静かに受け入れた。娘の小百合が関わった事故について聞かされたとき、彼女は表情を動かさなかった。寒々とした冬の空気が家の中まで忍び込み、暖房の効かない部屋の冷たさが、静かな悲しみを際立たせていた。 「小百合が…自分の子ども守ろうどしてだのに…そったごどに…」 静子は小さく呟いたが、声は震えていなかった。 「はい。事件は不幸な結果を招きましたが、事故と判断されています。小百合さんがお母さんにお伝えできなかったのは、事件が露見することで、息子のアキラ君を不幸にしたくないという意図だったのでしょう…」 熊沢刑事が控えめに答え、静子の入れてくれた温かいお茶を一口すすった。ふと庭に目を向けると、降り積もった雪の中にぽつんと置かれたサッカーボールが目に入った。 「サッカーボールですか…?」熊沢刑事が小さな疑問を口にした。 「ああ、あれな…アキラが先月きて置いでったんだじゃ。まんだ正月さ来るがらなって」 静子は目を細めて微笑んだ。 熊沢刑事は小さくうなずき、隣に立つ高畑刑事とともに仏壇の前に進んだ。そこには微笑んだ小百合の写真と、彼女の父と夫の位牌が並んでいた。刑事たちは静かに手を合わせ、その後ろで雪がしんしんと降り続けていた。 葉子は心の中で深い葛藤を抱え続けていた。アレンとディーンが警察に真実を話さなかった理由は、彼女を守りたかったからだと知っている。だが、その保護が彼女にとっては新たな枷となっていた。彼女は自分が逃れられない罪を背負い、無理やり生き続けているように感じていた。 「チャンを殺した私が、生きる資格があるのだろうか…」葉子は問いかけ続けていた。 ニューヨーク行きの決意は、彼女にとって新たな始まりだった。しかし、それは単なる逃避ではなく、チャンの記憶と共に生き続けるという、彼女なりの償いの形でもあった。彼女はチャンの名誉を守り、彼の存在を忘れないために、自らがどう生きるかを決める旅に出るのだ。 「これからは、すべてを背負って生きていく。チャンを忘れないために…」 2年の月日が経った。 久しぶりに刑務所の外に出たアレンとディーンは、昼間の太陽に目を細めた。眩しさに思わず顔をしかめ、アレンは深く息を吸い込んだ。 「お前はこれからどうするんだ?」 ディーンが横目で尋ねた。 「どうするって…。アメリカに帰るさ。俺、日本語なんてさっぱりだしな。じゃあな。」 アレンは淡々と言い、背を向けて歩き出した。 しかし、ディーンは焦ったように声を張り上げた。 「ア、アレン!待ってくれ!もしよかったら…俺と一緒に暮らさないか?」 アレンはその言葉に足を止め、半身を捻って振り返った。 「…は?」 ディーンは勢い込んで続けた。 「いや、2人きりってわけじゃない。アキラも一緒に、3人でさ。どうだ?」 アレンはしばらく無言でディーンを見つめた後、瞬きをしながら小さく肩をすくめた。 「別にいいけど…アキラがOKならな。」 「ほんとか?!」 ディーンは嬉しさを抑えきれず、声が高くなった。 「じゃあ、一緒に帰ろう!俺の家に」 ディーンは喜びに満ちた足取りで歩き出した。アレンはその後ろ姿を見つめ、苦笑いを浮かべながらディーンの後に続いた。 下北沢の駅を降り、アレンとディーンは商店街を歩いていた。ふと、通りに面した電気屋の前で足を止めた。店先に並んだテレビが一斉に音楽番組を映しており、その音が商店街に響いていたからだ。 「…次に登場するのは、今、若者に大人気の高校生バンド、ドラゴンタトゥーズです!それでは、曲紹介お願いできますか?」 アレンは画面に目を向けた。そこに映っているのは、彼の息子だった。彼は司会者の言葉に少し緊張した様子で答え始めた。 「えっと…次の曲は、『Wish You Were Here ~あなたにここにいてほしい~』っていう曲です。このタイトルは、昔のバンド、ピンク・フロイドの曲から取ったんですけど、タイトルだけ拝借して、俺たちがオリジナルで書いた曲です。今はもう会えなくなってしまった、大切な人へのメッセージを込めました。それでは、聴いてください。」 それから、彼らの曲が流れ始めた。演奏はまだ稚拙だったが、心に訴えかけてくるものがあった。アレンは、画面を眺めながらその場に立ち尽くしていた。もう会えない大切な人を思い出しながら、自分でも気づかないうちに頬に涙が流れていた。 ディーンがアレンの肩にそっと手を置いた。「帰ろうか」と、静かに優しい声で囁いた。

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