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2.ちぐはぐ

「え?ベッド一個しかないのか?」 「当たり前だ、一人暮らしだぞ」  玄関での喧嘩がひと段落して家の中を案内していた。寝室は一つしかないし、大きめとはいえベッドは一つだけだ。 「いやいや、前もツガイいたんだろ?」 「……別居していたからな」  リカンには過去にツガイが二人いたがどちらも別居していて、短命種だったが故にツガイが先に亡くなっていたのだ。連絡は文通で多少とっていたくらいで、ほとんどなかった。そう説明するとアルは目を丸くした。 「まじかよ。じゃあ俺、どこで寝れば?」 「隣で寝ればいいだろう。それとも床で寝てくれるのか?」 「あ、ああ……そう。なんか、あんたって…」 「なんだ」 「いや、なんでもない」  隣で寝ることに同意を得られたようだが、何か言いたげだった。しかしその先を言うことはなく、沈黙した。何だったんだろうか。私なりのやさしさだ。椅子や床で寝かせるのはさすがにどうかと思うからベッドを貸してやると言ったのに……。人間はわからないな。 「まあいい。これで部屋ば全部だ。あまり好き勝手に使うなよ」 「は~い」 「それで、だ。お前料理はできるか」 「え?まぁ…それなりには」  急な話だが私は料理が苦手なのだ。一人で暮らしているから仕方なく自分で作っていたがやはり飯はうまい方がいい。そこで交換条件にしようと思う。 「家を貸す代わりに私の分も飯を作れ。それで家賃ということにしてやる」 「ああ、そういうことか。いいよ」  よし。これで今日からはましな飯が食えそうだ。 「あんたってさ、なんかちぐはぐだな」 「何がだ」 「俺のこと嫌いって言っときながら一緒に寝るとか言うし、飯作るだけで泊めてくれるし」 「じゃあ床で寝ろ」  露骨に嫌そうな顔をするアルを横目で見ながら椅子に座る。そういえばもう昼時だ。初仕事、頑張ってもらうか。 「買い置きしてあるもので昼飯を何か作れ」 「何使ってもいいのか?」 「特に貴重なものはない、好きに使え」  はーいと返事をしてアルはキッチンへ向かった。静まり返った部屋の中で一人ぽつんと立ち尽くす。どうにもあの雰囲気は得意じゃない。振り回される気がする。食事を作ってもらっている間、立ち尽くしてるのも馬鹿らしいので本でも読むことにした。めったに街に行かないので新しい本はないが、仕方がない。次町に行ったときは新しい本を買うか。適当に目についた本を手に取り読み始める。読みながらぼんやりと考え事をしていた。初めてのツガイのことを思い出しながら。どうせ私より先に居なくなるんだ、愛したって意味がないんだと思っていたあの日々。間違っていたと思う頃にはもう居ない。後悔先に立たずとはこのことだ。まぁ、今のツガイは……。人間はさすがに恋愛対象にはならないだろうが。別にアルという人そのものが嫌いなわけではないが、人間である以上私の嫌悪の対象である。そんな奴と恋愛?馬鹿な話だ。  しばらくして、キッチンの方からいい匂いがし始めた。もうそろそろだろうか。本を閉じてキッチンへ向かう。キッチンではちょこまかと動き回りながら料理するアルが居た。 「あ、もうちょっとでできるからまって」 「ああ」  テーブルに座り、アルを眺める。改めて思うが若すぎる。未成年という時点で若い。私も老いぼれではないが…そんなに若くもない。何だこの感情は。羨ましい?そんな馬鹿な。 「何、じっと見て」 「何でもない」  料理を運んできたアルと目が合ってしまった。ふいと目をそらす。視線の先には料理が置かれた。 「はい、鶏肉のトマト煮」  うまそうなビジュアルに声が出なかった。100年以上生きているが料理は全然だめで、いつも食材をだめにしていた自分の料理とは似ても似つかない。匂いもいいし、これは味が期待できるだろう。一口、口に入れた瞬間に思わず尻尾を振ってしまった。 「おいしい?」 「ああ、美味い」  久しぶりにこんなにおいしいものを食べた。肉のジューシーさに、酸味の抑えられたトマト煮込みが相性抜群でうますぎる。無意識化のまま尻尾を振ってしまっている。 「俺も食べよ、いただきまーす」  アルも食べ始め、言葉はなくなる。夢中で食べていたらすぐに皿が空になった。自分でもびっくりするくらい食欲があって少し物足りなかった。どうしようかと思っていたらアルが皿をとっていった。 「おかわりほしいなら言えばいいのに」 「…、今取りに行こうと…」  言い訳をする前にアルがおかわりを持ってきた。 「はい、多めに作ったからいっぱい食べたらいいよ」  これではアルが嫁のようではないか。そう思うと気恥ずかしくなって頬が赤くなった。 「ん?どした?」 「何でもない!いいから黙って食え!」  毛を逆立てて、威嚇しながら飯を食った。勝手に私が想像して怒っているだけだが……。ああもう!もういい!やめだやめだ。今日からはうまい飯が食える、それだけでいいじゃないか。文句を言いたいのに言えないもどかしさを感じながら初日の昼が過ぎていった。

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