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1.シュドラ島の狼

「どうしてですか!撤回してください!」  部屋に大声が響き渡った。白銀に輝く毛並みの男性は怒りよりは動揺の方が表に出ていた。しばしの沈黙の後聞こえてきた言葉はあまりにも残酷だった。 「すまないがこれはもう決まったことだ。リカン、君がどうこうできるものではないのだよ」  リカンと呼ばれた白銀の髪の男性は歯を食いしばり体を震わせた。納得できない。新たに決まった”ツガイ”が人間だなんて。それに男なのだ。  ツガイ、それはこの島で行われる儀式で決められる婚約者のようなものだ。ツガイのいない一族の長は年の瀬に儀式を行う。儀式の中で選ばれた市民とツガイの契約をする。儀式で選ばれたツガイを変えることは認められない。それはリカンも分かったうえでのことだった。というのもツガイを決めたのはこれが初めてではなかったからだ。長命種のリカンにとってツガイの代替わりは慣れたものだった。それでも反対しているのは相手が憎き人間だったからだ。 「なんで人間なんだ!私の一族を殺した…、外道な奴なんか…!」 「君の怒りはごもっともだが、儀式で決められたものだ。君にもわかるだろう?この意味が」  儀式の決定、それは神が決めたこと。そんなこと、わかっている。でも、それでも、人間だなんて!リカンは感情をこらえることに必死だった。今にも暴れだしたいくらい感情が爆発している。煮えたぎる感情を押し殺してリカンは渋々受け入れた。 「……。わかりました」 「受け入れてくれて助かるよ。君にはつらいことだろうがしばらくの辛抱だから」  人間はリカンの一族と違い、短命だ。いなくなるまで待てば…、自由になれるはず。落ち着け、私はいつもそうしてきたじゃないか。ツガイとは一緒に住むこともなく、いなくなるまで接点を持たなかった。今回もそうすれば……。 「そのうえで言いにくいのだが……今回の子は未成年でね。いつものように別居はできないから家に入れてあげるんだよ」 「は!?み、未成年なのか!?」  未成年は法律で守られているから、例外を除き一人暮らしできない。ツガイになると実家からは出なければならないので行く当てはリカンの家しかないのだ。嫌でも家に入れないといけないのか。怒りを通り越して絶望している。こんなにひどいことがあっていいのか。 「申し訳ない、もう時間だ。ツガイとうまくやるんだぞ」  島の長はそう言い残して部屋を後にした。本当に嫌だ。だからといって逃げ出す道もなかった。島の伝統や規律、法律、それらをすべて投げ出せばきっと逃げる道はあったのかもしれないがこの島の伝統を重んじるリカンにはその選択肢はない。渋々受け入れてリカンも部屋を後にした。起きての通り今日の夜にツガイは私の家に来るはずだ。不法侵入されても困るから私も帰らなければ。儀式の間から家はそう離れていない。今から帰れば人間が到着するまでには間に合うだろう。全く、なんで人間のことを気遣わないといけないんだ。ぶつぶつと文句を言いながら帰路に就く。こんなにストレスを感じていたら、毛艶が悪くなりそうだ。  儀式の間を出て、坂を下る。小さな池を迂回しながら向こうまで行ったら私の家がある。家の前の小道へ入ると玄関の前できょろきょろとしている青年が見えた。どうやらツガイはもう来ていたらしい。少し文句を言う時間が長かったようだ。歩み寄ればさすがにこちらに気づいたようで声をかけてきた。 「あんたがリカンか?」 「そうだ。お前が私のツガイか?」  慎重に差がある分見下す形になって威圧感があるのか、人間はびくりと跳ねた。すこしおびえたような顔をしたがすぐに怒ったような顔になる。 「そうだよ、アル、俺の名前」  なぜ威嚇されているのかわからずリカンは負けじと睨みつけた。 「お前の名前がどうであっても関係ない。対等な立場でいられると思うな」  どうにも気に入らない。なぜ人間が不服そうなんだ。私が一番納得できていないというのに。 「わかってるよ。名乗るだけでキレるなんて器が小さいんだな」 「なんだと!?」  カッとなって魔道銃を取り出すがそれがいけなかったようでアルは笑い出す。 「ほんと短気だな、そんな風なうわさは聞かなかったけど」 「くっ、馬鹿にするな!」 「馬鹿になんかしてない」  もう、嫌だ。今日からこいつと暮らすって本当の話か?もうすでに逃げ出したいのだが。しばらく玄関で喧嘩をしていた。これが私たちの始まり。これからを思うと気が重いが仕方がない。この先はなるようになるさ。

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