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第92話
にわかに真生はあぐりを抱え上げ、足音も荒く寝室に運んで行く。
この態勢はまずい。非常にまずい。内心焦るあぐりである。
腕も脚も真生の身体に絡めて密着しているから、まるで身体の中心部を擦りつけているような具合である。ただでさえ既に興奮しているのに、真生が身動きするたびに下半身に刺激が走る。
ならば離れればいいものを、あぐりはもう二度と離れたくない一心で尚更激しく手足を巻きつける。もはや身体の中心部はのっぴきならない状況に陥っている。
暗い寝室のベッドに押し倒される。
真生は慌ただしくワイシャツを脱ごうとしている。あぐりは妙に冷静に衿のボタンを外してやる。そして自分のトレーナーも脱ぎ捨てる。
下を脱ぐより早く互いの肌と肌がひたと触れ合い、途端に全身がざっと総毛立つ。半裸のまま抱き合ってしまう。
「はん……」
図らずも吐息が漏れる。
その唇をまた真生の唇が塞ぐ。熱くも厚い健啖家の舌がねろりと口中に押し入り、歯列をなぞり口蓋を探る。応えてそれを夢中でねぶる。
「あぁん……うん……はぁん……」
喘ぎも唾液も堪え切れずに漏れてばかりである。
濡れているのは口元ばかりではない。デニムや下着に拘束されて下半身でも何やらすっかり濡れている。
なのに上半身はもう口づけに夢中である。後頭部のあのツンツン尖ったこわい髪を鷲掴みにして、濡れた音をたてては口中を貪る。
真生の手は丁寧にあぐりの身体を愛撫している。
「やっ……い、んっ……いいっ……」
繊細な指先で触れられる度に、肌は総毛立ち声が出てしまう。
あぐりはいよいよ強く両脚を真生の腰に絡み付けて、あられもない声を上げて悶えている。
健啖家の燃えるような舌は唇を外れて耳朶を甘噛みした揚句、この上もなく美味しいご馳走にありついたかのように首筋を舐め下ろした。
そしてかぶり付いた。
あの位置である。
かつて絆創膏を貼った襟元にはっきりと歯を立てる。
「あうっ!!」
あぐりは声を上げて飛び上がる。
痛みと同時に貫くような刺激が走る。
「待っ! ちょ、真生、無理……!」
もはや悲鳴に近い。息がいよいよ荒くなる。高みに昇ろうとしている。
「やっ! やめっ……んッ、は、う……」
全身の血が急激に一か所に集中する。嘘だろう。あり得ない。
気がついた真生がデニムの前立てに手をかけた途端、あぐりの背中は弓なりになって大きく震えた。
「んッ……んん!」
達した。服を着たまま。
下着の中が燃えるように熱くなり、あぐり自身は未だにびくびくと悶えながら愛液を吐き続けている。
真生の手はまだあぐりのものに触れてさえいない。
なのに接吻と愛撫だけでイッてしまった。早過ぎる。羞恥も極まり涙さえにじむ。
耳元で真生が嬉しそうに囁いた。
「イッた?」
確かめるな!
「よかった? 感じた? 僕とやるの待ち遠しかった?」
「うるさい!」
と突き飛ばすつもりが何故か首っ玉にしがみついている。抱きすくめられる。
どうも真生はくつくつ笑っているらしく、それもまた自尊心を傷つける。荒い息のまま腕の中でもがくも身体はきつくホールドされている。
「僕のが嫌で別れたのかと思った」
「……嫌?」
「だから……僕はあんまり上手くないから、それで……」
「はい?」
「お婆ちゃんのことだけで、あんなに急に連絡がとれなくなって、機種変までするのは変だと思って……」
顎が外れる程にあんぐり口を開けてしまう。
「……セックス?」
と真生の顔をまじまじと見つめてしまう。暗闇だから表情まではわからないが、恥じ入っているのは大いにわかる。
なのに素っ頓狂な声で繰り返してしまう。
「セックスが気に入らなくて……それで、別れたと思った!?」
「それも理由の一つかと……」
顔を背ける真生である。
さすがに手紙には書けず一人で悩んでいたのかと思えばいじらしいが、
「バカじゃないの?」
冷たく言い放つなり、あぐりは濡れた下着もデニムも脱ぎ捨てた。ついでに真生の下半身も裸に剥く。
そして天井からぶら下がっている蛍光灯の紐を引く。和室の明りも柔らかい電球色である。
「あっ! よせ……見るな」
と顔を背ける田上真生である。遅れて腕で顔を隠すが余計に淫猥なポーズになるばかりである。
あぐりは思わず舌なめずりしてしまう。
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