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第10話:始まりの朝
残念ながら、ピーオも逮捕された。赤ん坊を殺して森に埋めた罪だ。赤ん坊の骨は五人ぶんあったそうだ。生きているうちに娑婆の空気は吸えないだろう。
ぼくもジョーヴェに対する傷害で署に話をきかれたものの、起訴はされなかった。事情が事情だし、捜査にも協力したのだから、まあ妥当だ。
「ごめんね、クーリオ。イェのことジョーヴェに話したの、わたしなの」
夜明けの光。村はずれでラーラはいった。ぼくは驚いたけど、もう過ぎたことだった。ラーラはいう。
「最初から、わかったよ。クーリオはこの人が好きなんだなって。ずっと見つめてるんだもの。そのあとも、しょっちゅう仕事すっぽかして会いに行っちゃうし」
ラーラは笑った。ぼくは顔が熱くなった。
「そんなにわかりやすかった?」
「もう夢中って感じだった。ちょっと妬いちゃった。きょうだいじゃなかったら、結婚も考えてあげたんだけど……まあ、しょうがないよね」
もしこの子が姉じゃなかったら、もしきみに出会っていなかったら……ぼくは言葉を飲みこんだ。仮定はあくまで仮定でしかない。
「わたしたち、山で暮らしていく。慣れてるし、やっぱり街はこわいし。でも、買いだしはわたしがやる。きっと、ヘルサも助けてくれると思う。だいぶ、しゃべれるようになってきたから」
「もし困ったら、ぼくを呼んで。すぐ飛んでくる」
朝日を浴びて、ラーラは女神のようにきれいだった。どちらからともなく、ぼくらは抱擁しあう。ブラウスに紫丁香 の匂い。ラーラはいう。
「何もなくても、たまには帰ってきてよね」
「もちろん、ここはぼくの故郷だもの」
そうするあいだにも、日は昇っていく。ぼくらは微笑んで、離れた。ラーラは手を振った。峠路を下りながら、ぼくの心はもうメラグラナータへ飛んでいた。
ソルボ通り四十八番地、ぼくはALI L`OCA のドアをあけた。木の勘定台に、生薬 の詰まった瓶の棚。白い巨体が突進してきた。鵞鳥のアーリだ。ぼくは抱擁で受けとめる。可愛いやつだ。
「遅かったじゃないか、クーリオ」
きみは料理長 みたいな白装束だった。
「似あってるね」
「おまえも着るんだよ。きょうから開店だ」
きみはスペアの白装束を押しつけた。ぼくは受けとって、にやりとした。
「でも、あれが一番似あってた」
「あれって?」
「最初に会ったときのきみ、裸に腰布だけ。あれはよかった」
「すけべ」
きみはぼくの頬をつまんだ。ぼくは笑った。きみはいう。
「残念だったな、ラーラと結婚できなくて」
「いいよ。きみがいれば」
きみは微笑んだ。「なんなら、おれと結婚するか?」
「だって、結婚は男女じゃなきゃ……」
「セラレーネ州は同性同士の結婚を認めてるぞ」
ショックでぼくはしばらく口がきけなかった。「そうなの? きいたことない」
「おまえの先生、じいさんだから知らなかったんじゃないか」
きみはにやりと笑った。尖った犬歯。ぼくの頬をぺたぺたと軽く叩く。
「まあ、おたがいその気になれば、な」
ゲッゲッ、とアーリが騒いだ。はっとしてぼくは着替えはじめ、きみは開店準備に戻る。
プロポーズははぐらかされたけど、べつにいいんだ。当面、ぼくはきみの店に居座るんだから。結婚って窮屈そうだし、なんたってぼくらは若いのだ。
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