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第10話:懺悔と愛
「……久しぶりだな。レオ」
「……今さら、僕に何の用ですか?」
屋敷の中にある広い応接間にて、一人を複数人が取り囲んでいる。
上質なベルベット生地でできたカーペットの上には、腕を雑に後ろ手に縛られ身動きの取れない格好で転がされたレオがいる。
すべてを諦め切ったかのような虚ろな瞳をしたレオの顔を、小皺の多い顔に柔和な笑みを張り付けた男――――この村の長が見下ろしていた。
そして村長の周りには、犬のように涎を垂らしながらニタニタとした気色の悪い笑みを浮かべる若い男たちと、怪訝な表情を浮かべながらレオを睨み付ける、村長の娘のマリアまでもがいる。
大勢に取り囲まれて好き勝手に顔をじろじろ見られても、レオはいまだ何の反応も見せていない。
そんなレオと視線を合わせようと、村長は身を屈めて目の前にある美しい顔をニタリと覗き込んだ。
「ずいぶんと覇気がなくなったものだ。大方、あの小僧に逃げられたか。最近お前の家からあの小僧が出入りする所を見ていないのでな」
「……見張りをつけるなんて、ずいぶんと悪趣味ですね」
哀れみをかけるかのように村長が大袈裟にそう言えば、レオはそれに平然と嫌味を返すのみだ。
「ふっ、良い気味ね」
「……マリアさん」
ふと、可憐で高い声が聞こえてきたのでレオがその声の主の名を呟くと、マリアは途端に眉間に深く皺を寄せ、大きな舌打ちをする。
「気安く私の名前を呼ばないでちょうだい、男娼の癖に」
そう言いながらマリアは、床に転がっているレオの胸ぐらを細い腕で掴み、輩が威嚇をする時のようにぐっと顔を近づけて至近距離で睨み付けた。
「アンタは私から何もかも奪っていったのよ……私が生まれた時からずーっとアンタがこの家に寄生し続けてたから、私は毎日毎日気持ち悪い思いを抱きながら過ごすしかなかったのよ。それに加えて、今度は私がずっと好きだった人の心まで横取りして……ふざけんな! アンタなんか死ねばいいのよ!」
「ぐっ!」
言い終わるや否や、マリアが渾身の力を込めてレオの薄い腹を蹴り上げた。
いくら女性の力と言えど、本気で蹴り上げられてしまえば腹には激痛が走る。
勢いのままに激しく咳き込むレオを見やりながら、男たちはガハハと下品な笑い声を上げる。
そして、以前レオを襲った際に辛うじてアルの手から逃げる事のできた男が、欲情しきった下衆な瞳をレオに向けつつ村長に問うた。
「なぁー、村長ぉ! 本当にコイツの事好き勝手やっちゃっていいんですかぁー?」
「ああ、構わない。ソレは私の所有物だからな。壊すも生かすも、私次第だ。しかし、殺しはするな。ソレにはまだ身体以外での利用目的がある」
「へぇ、その利用目的って何なんですか?」
「……それは極秘事項だからな。教えてはやれんが、死なない程度になら何をやっても構わん」
村長の曖昧な返答をさほど気に止めず、男は「へー」とのみ返事をすると、再び床に這いつくばって腹を押さえているレオへと気色の悪い笑みを向けた。
周りの男たちは、あの時アルに絞められた男たちとはまた別の者たちだ。あの時の男たちは生命は助かったものの、激しい後遺症が残り全員が今も外にある大きな病院で療養中である。
それ故に、唯一助かった男はまた別の取り巻きを作って新たにレオを自分の物にしようと画策していた。そして村長から「レオを手にしたいのなら、今からレオを捕らえて屋敷へ連れてくればその願いを叶えてやろう」と申し出された時には、天にも昇る勢いですぐさま取り巻きとともに実行に移したのだ。
密かに昔から恋い焦がれていたこの美しい青年を手に入れたい――男の欲望はいつしか醜い形に膨れて、もう限界寸前であった。
一方、すべての元凶とも言える村長本人は、床で踞るレオの長い髪の毛を鷲掴みにし、苦痛に歪む顔を強制的にこちらへと向かせる。
「それに、マリア自ら、「レオを再起不能にするまでぐちゃぐちゃに犯して、もう二度と立ち直る事ができないくらいの傷を心身ともに刻み付けてほしい」という願いを申し出たんだ。可愛い娘の言う事は、父親が最後まで叶えてあげなければいけない。そうは思わんか?」
パッと髪の毛から手を離しつつまるで楽しい話をしているかのように怪しげな笑みを浮かべ続ける村長に、男たちもガハハと下品な笑い声を上げる。
今からこの白く美しい身体を貪り尽くせるなんて、夢みたいだとまるで少年のようにはしゃぐ光景が却って不気味な空気感を作り上げていた。
「おっしゃるとーりで! まぁ俺らはこの男娼とドロドロセックスできりゃどーでもいーんだけどさ! 前はあの旅人のクソ野郎に邪魔されたけど、今はヤりたい邦題で最高だぜ!」
「まあ、下衆な奴らね……」
心底軽蔑したかのように男たちを見下すマリアだったが、村長が話し出した内容を聞いた途端に満面の笑みを浮かべる事となる。
「ああ、それとマリア。お前が懇意にしているあの小僧だが、レオを再び飼う事にした今、お前と小僧の仲を取り持つ事もできるぞ。お前のために、数日前にあれだけの惨い事件を起こした奴の罪状を私が直々に隠蔽したのだ。可愛い娘の恋心を実らせるのも、父親としての役割だからな」
「本当に!? パパ、嬉しい! 大好き!」
自身がずっと昔から真っ直ぐに想いを寄せていた相手と結ばれる事ができるかもしれないと、マリアは歓喜から勢いよく父親の腕に飛び付いた。
まるでおもちゃを与えられた子供のようにはしゃぐ愛娘を愛おしそうに見つめる父親。一見微笑ましい光景に見えるが、その実態はどんな魔物よりも暗い闇に染まっている。
「おい、ずっと黙ってねぇで何か言ったらどうなんだ?」
ふと、先ほどから何も話す事のないレオに対し、男が僅かに苛立ちを見せながら乱暴に問うた。
男の言葉に伏せていた顔を上げながら、レオはぽつりと儚く呟き出す。
「……僕の事は、犯すなり痛め付けるなり、好きにしていい……けど、アルにはもう関わらないでほしいんだ。アルは、僕が巻き込んでしまっただけで……だから……」
そう言うと、レオは後ろ手に縛られた腕はそのままに、身体を折って額を床に擦り付け、土下座のような姿勢を取りながら再び口を開いた。
「……おねがい、します……」
今にも消え入りそうなその声色に、村長と男たちは僅かに目を見開く。絶望に追いやって廃人にしてやろうかと画策していたが故に、まだここまでの強い意思があるとは思わなかったのだ。
一方、マリアだけは先ほどよりも更に苛つきを募らせながら目の前の銀色の小さな頭を睨み付ける。
「チッ……コイツ、しれっと「アルは自分のものだ」って自慢しやがって……本当に、殺してやりたいわ」
マリアがそう吐き捨てるや否や、我に返った村長が再び膝をついてレオに近づいた。
そして、まるで我が儘な子供を優しく諭すかのように柔和な声色でレオに対して言葉を紡ぎ出す。
「……お前はどうやら勘違いをしているようだから、一つ教えてやろう……あの小僧につかの間でも愛されたからといって、お前には何の価値もない。故に、お前が私に何かを願うなどといった傲慢で生意気な事をするなぞ、決して許されない。お前はただの性欲処理の道具に過ぎんのだよ」
村長の言葉に、レオの華奢な肩がピクリと震える。
己には、性欲処理と龍への血の献上体としての価値以外は何もない。それは生まれた時からさんざんと言い聞かされてきた。十分に理解も覚悟もしている。
しかし、それでもこの身を愛してくれた人がいた。
穢れた過去を持っていても、受け入れてくれた人がいた。
己の失態でその想いは離れていってしまったけれど、心の中にはいつでも思い出の欠片として存在してくれる人がいる。
「……わかって、ます、そんな事。僕に何の価値もない事くらい……けど、アルは違う。アルにはこれからがある。色々な可能性を活かす事ができる。僕なんかじゃなく、これから本当に心から愛する存在ができるかもしれない。だから、この事で彼のその可能性を潰してほしくないんだっ……!」
レオが頭を上げながら勢いよくそう叫べば、途端に逆上したマリアが先ほどと同じようにレオの胸ぐらを掴む。
そして威嚇する獣のような凄まじい怒りを携えて、レオを睨み付けた。
「……このアバズレ。それは私がアルに相応しくないって言ってるのかしら?」
「……少なくとも、君なんかよりももっと素晴らしい人と結ばれる権利が、彼にはある」
レオがそう言い終わるか終わらないかのその瞬間、マリアが掴んだ胸ぐらをそのままに勢いよくレオの身体を床へと叩きつけた。
「っ!」
細い腕からは想像がつかないほど力強く打ち付けられた事により、節々がじんじんと痛み出す。
痛みで顔を歪めるレオなぞ気にも止めず、マリアは男たちに向かって冷徹に呟いた。
「もういいわ……アンタたち、ぐちゃぐちゃに犯してやりなさい。もう二度とその減らず口が開かなくなるよう、徹底的に」
その言葉に、待ってましたとばかりに男たちが飛び上がって奇声を発した。
そして涎を垂らしながら、レオの嫋やかな肢体に我先にと飛び付いていく。
その様はまるで、一羽の野うさぎを狙う狼の大群のようだ。
「ひゃっはー! んじゃ、いっただっきまーす!」
男が下品にそう呟くや否や、レオの服を手でビリビリに割いていく。
あっという間にボロ切れと化した服の切れ端を纏うだけの格好になったレオの身体に、男たちの手が次々と伸びてきた。
「んっ……! あ、んぅっ……!」
首筋や薄い腹、秘部に近い細い太股などを乱暴な手つきで撫で、時には白い胸の頂にある赤く色づいた突起を指で摘み上げれば、途端にレオの薄い唇からは甘い声が漏れた。
「あー、たまんねぇ……今すぐぶち込みてぇ……」
レオの痴体と艶やかな声に煽られ、男はたまらないといったように恍惚とした表情を浮かべる。
そして僅かに反応を示し出した性器を取り出そうと腰のベルトに手をかけ始めた。
それをどこか他人事のように呆然と見つめるレオの脳裏に、ふとあの時の龍の言葉が響き渡る。
『抗う勇気を持て』
「っ!」
抗う勇気――今ここでそれを発揮しなければ、己は今後一生後悔する事になるかもしれない。
自身のために、そして愛する人のために。
今ここで生命が潰える事となろうと、抗わなければこの枷から逃れられる機会は一生なくなってしまう。
ならば、後悔のないように行動する他ない。
そう決意した瞬間、レオは我武者羅に暴れ抵抗し始めた。
「おいコラっ! んだよ急に暴れやがって!」
「ざけんな淫売がっ! クソっ!」
急に暴れ始めたレオに戸惑いつつも何とか押さえ込もうとするが、腕が使えない分渾身の蹴りで男たちの手から逃れようとするため、思ったように押さえる事が難しい。
「……私に抗うか、レオ」
ふと、その状況を黙って見ていた村長が、冷酷な色を帯びた声色で呟く。
いつもの柔和な笑みは消え去り、底冷えしたかのような冷徹な表情を浮かべている。
しかし、それで怯む程レオは弱くはなかった。
「……僕は! もう彼を裏切る事はしたくないんだ! たとえ殴られようが殺されようが、一度は彼が大切に想ってくれたこの身体を明け渡すなんてそんな裏切りはもう絶対にしない!」
レオがそう叫べば、村長のこめかみがピクリと動く。
だんだんと込み上げてくる怒りを何とか押さえようと、努めて冷静なふりをしながら再度言葉を紡いだ。
「……あの小僧は、既にお前を見限っている」
村長のその残酷な言葉に、レオはなおも果敢に挑む。
「わかってる! ……けど、それでも、誰にも愛された事のなかった僕を彼は心から愛し、尽くしてくれた! 彼はもう僕の事を捨ててしまったかもしれないけど、僕は今もこの先もずっとずっと彼の事が好きなんだ! だから、今コイツらに身体を明け渡す事になってしまったら、それこそかつて僕を愛してくれた彼と僕自身への裏切りになってしまう……そうなるくらいなら、今ここで舌を噛み切って死んでやる」
レオの瞳に、覚悟の宿った炎が宿る。
一度はすべてを諦めたが、まだ自身にも抗う力が持てた。
ならばそれを、たとえ生命が終わろうとも潰えさせる事はしたくはなかった。
もう、大切な人を裏切りたくない。ただその一心で、レオは目の前にいる穢れた人間たちを紫暗の瞳で睨み付けた。
「……よくもまあここまで生意気になったものだ、廃物が」
レオの決意の宿った瞳に怒りの限界が訪れたのか、村長が地響きを起こせるのかとでも言うほどに低い声色でそう呟く。
その声に、マリアや男たちも流石にビクッと肩を揺らして戸惑いの表情を浮かべる。
そんな唖然とする者たちには目も暮れず、村長は部屋に飾ってあったオブジェ用の細身の剣を手にすると、鞘から抜いて切っ先をレオの顔へと突き付けた。
「ぱ、パパ……?」
「えっ、ちょ、殺しちゃダメなんじゃ……」
マリアや男たちの声などまるで耳に入っていないかのように、村長はただ真っ直ぐにレオを睨み続ける。
しかし、鋭い切っ先を向けられても、射殺されるかのような眼光が突き刺さってこようとも、レオは微塵も怯む様子を見せずに真っ直ぐに村長を睨み返している。
その強い瞳の光にますます怒りを募らせた村長は、周りの制止も聞かずついに剣を勢いよく振りかざした。
その瞬間、レオの前から村長の身体が霧のように消え去る。
「っ!?」
「はっ……?」
消えたかと思えば、今度は壁から凄まじい衝撃音が響き渡った。
モクモクと煙を上げる壁へと目を向ければ、そこには全身から血を吹き出させ白目を向いて気絶する村長の姿があった。
突然の出来事に誰もが声を出せずにぽかんとした表情を浮かべていると、いつの間にかレオの目の前にはアルが立っていた。
呆然とするレオの腕に縛り付けてある紐を大剣の切っ先で切ってやりながら、アルは無言で男たちの前にゆっくりと向き直る。
「あ、る……」
なぜアルがここにいるのか皆目見当もつかないレオは、ただ目の前にいる想い人の名を呟く事しかできないでいる。
しかし当の本人はレオではなく、気絶している村長とマリア、男たちをまるで視線だけで殺せるかのような鋭い眼光を宿らせながら睨み付けていた。
その視線のあまりの迫力に、マリアと男たちは冷や汗をかきながら硬直する他ない。
ふと瞬きをした瞬間、男たちのすぐ近くにアルの大きな身体が滑り込んできた。
俊敏な動きに全く思考が追い付かぬまま、男たちは一人ひとりアルの手によって潰されていく。
「が、ぁっ……!!」
一人の男の頭を鷲掴んで、そのまま床に叩きつければ途端に地面に身体が埋まってしまう。
一人の男の鼻をすべて削ぎ落とせば、男は途端に泡を吹いて気絶してしまった。
そして以前取り逃してしまった男の目玉に直接指を押し込み、そのまま抉り出せば男は断末魔を上げて痛みで転がり始めた。
「いてぇ……! いてぇよぉ……!」
そうして次々と男たちを無惨な姿へと作り変えていく。
極めつけに壁に埋まって気絶している村長の両腕を切断し床に転がすアルを見ながら、最後に残されたマリアはあまりの恐怖でぶるぶると震える。
「あ、アル……?」
か細い声にピクリと反応を示したアルはゆっくりとそちらを振り返ると、仮面のように表情の欠けた顔をしながらのそのそとマリアに近づいていく。
いったい自身には何の罰が下されるのか、いや女であり幼なじみだから、酷い事はされないはず。
そうたかをくくっていたマリアにも、無慈悲にアルからの制裁が加えられる事となってしまう。
アルが大剣を軽く振りかざした途端、マリアの細く白い両手の指が一瞬にしてすべて削ぎ取られてしまった。
無惨にもコロコロと転がる自身の指を見ながら、マリアは激痛と絶望で村中に響き渡りそうな程の大きな悲鳴を上げた。
「いやぁぁぁぁ! ゆ、指がっ……! 私の指がぁぁっ……!」
あちこちで呻き声や甲高い悲鳴が響き渡り、滴る程の血の赤が飛び散っている様は、常人なら見ていられないほどに残忍な物だった。
そんな地獄のような部屋の中を堂々と歩くアルは、再び村長の所へと戻ると、少しだけ意識を取り戻し始めたのを見計らってその胸ぐらを掴み上げた。
「……た、たすけ……」
両腕のない状態で必死になって許しを乞うその姿に何の感情も動かされぬまま、アルは残酷な裁きを下そうと口を開き出す。
「……テメェは、俺の両親の|敵《かたき》であり、俺の好きな人の|敵《かたき》だ。殺しても殺したりねぇ……でもまぁ、とりあえず死ね」
そう言いつつアルが再び大剣を振りかざした途端――――。
「アル!」
突如として、腰の辺りに温もりが伝わってきた。
ピタっと手を止めたアルが下に視線を落とすと、そこには己の腰に必死にすがり付きながらほろほろと涙を流すレオの姿があった。
先ほどまでの気丈な姿とは打って変わって、暴走するアルを止めようとするその姿は、儚く健気で心を締め付けられてしまう。
途端に呆然とし出してしまったアルに、レオは精一杯に声を届けようと拙いながらも唇を動かし続ける。
「だめ……やめて……だめだよ……」
「……れ、お……」
「だめ……お願いだから……」
「……」
愛する人の健気なその姿に、アルは身体から力を抜いた。そして大剣を鞘に静かに納めると、痛みで喚き転がる村長たちに向かって冷酷な声色を発する。
「……おい、聞け。テメェら全員、今すぐにこの村から出ていけ。二度とレオさんに関わるんじゃねぇ。もし戻ってきたり、レオさんに少しでも接触するような事があれば……地獄を見るより辛い目に合わせた後、原型が残らないくらいにまで死体を潰して家畜の餌にしてやるからよ」
アルの言葉が、果たして村長たちに届いたのかはわからない。
しかし今は、泣いてすがってくるこの愛おしい人をどうにかしてあげたいという思いでいっぱいだ。
アルはいまだ腰にしがみ付いているレオの腕を優しくほどくと、そのまま華奢な背中と膝裏に手を添え、震える細い身体を軽々と持ち上げた。
「……レオさん、行こう」
泣きじゃくるレオの耳元でそう呟けば、レオもまた素直にこくんと頷いてアルの逞しい胸元に身体を預ける。
そして血の水溜まりができた床をパシャパシャと靴で弾きながら屋敷を後にした。
ゆっくりとレオの家へと帰る道を歩いている間も、レオは嗚咽を漏らしながら涙を溢れさせる事を止めなかった。
「っ……!ふ、ぅうっ……!ひ、ぅっ……!」
温い雫が胸元を濡らしていく事に仄かな笑みを漏らしつつ、アルは努めて明るい声色で呟いた。
「あーもう、こんなに泣いちゃったら目が腫れちゃいますよ」
「き、きみ、こそ……ひっ、くっ……」
気丈に振る舞うアルの顔を潤んだアメジストの瞳で見つめながら、レオは嗚咽混じりの声でそう指摘した。
気づけば、アルの瞳からも涙が溢れていた。
止みそうにない互いの涙をどうにかしてあげたいと思いつつ、今はその術が見当たりそうにない。
夕日が消えかけた広大な空の光景を目にしながら、アルは誰に聞かせるまでもなか静かに呟くのであった。
「……うん」
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