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第12話:その先の道へ

 本当の意味で互いの想いを伝え合った二人は、窓から差し込む月の明かりに照らされながら、半ば無意識に唇を重ね合わせた。  しっとりと柔らかい感触がまるで心までもを包み込むかのような感覚に陥り、そのまま角度を変えながら触れるだけの口づけを繰り返す。  ふと、この暖かな唇の奥をまたあの時のように味わってみたくなり、レオは勇気を出して少し隙間のできたアルの唇の合間を縫って軽く舌先を差し込んでみた。  しっとりと湿った口内に薄い舌がするりと入り込み、恐る恐ると言った具合に厚い舌の先と触れ合う。  その瞬間、まるで野生を取り戻した獣と化したアルが乱暴にレオの華奢な身体をベッドへと押し倒す。  あまりの性急なアルの行動に驚愕の表情を浮かべるレオは、荒く息を吐き出し始めたアルを制止しようと腕を厚い胸板に押し付けた。 「……あ、アルっ! ま、待って……!」  しかし、レオの弱々しい抵抗など物ともせず、アルは欲望にまみれたギラつく瞳を真っ直ぐにレオへと向ける。  胸に押し付けられる細い腕をレオの頭上へ片手で一纏めにし、今にも鼻先が触れそうな程に顔を近づけて懇願した。 「お願い、抱かせて」 「っ……!」  全面に出された雄の色香の奥で、まるで赦しを乞う罪人のような今にも泣きそうな色が見え隠れするその表情に、レオは無意識に息を飲む。  理性と欲望の間の迷い道に立ちぼうけになってしまった恋人を今ここで突き放すなど、どうしてできようか。  鼻息を荒くし、ギラギラとした眼光を宿すアルを真っ直ぐに見つめながら、レオはゆっくりと花が綻ぶような笑みを浮かべ、言葉を紡いだ。 「……おいで」 「……うん」  聖母のような優しさを携えたレオの笑みに、自然とアルの返答も拙いものになってしまった。  幼げに言葉を溢した唇を再度レオの唇へと少し乱暴に重ね合わせると、そのまま先ほど自身がレオにされたように舌先をぬるりと滑り込ませた。 「んぅっ……ふ、ふぁっ……」 「ぅっ……」  くちゅ。くちゅ。  淫靡な水音が部屋に鳴り響き、その音だけで互いの腰が砕けそうになる。  緊張で縮こまってしまったレオの舌を引き摺り出すかのように、アルは自身の舌先を器用に動かしながら、レオの口腔内の性感帯を弄っていく。  上顎をツツッと撫で、そのままジュッと強めに舌を吸い上げれば、途端にレオの腰がびくんと跳ね、快楽を分散させようと身体を強張らせるのが何とも初心で可愛らしい。  互いの唾液を交換するかのように長い時間口づけをし、ようやく唇を離した頃にはレオの顔は林檎のように真っ赤に染まっており、アメジストの瞳は涙の膜が張ってキラキラと輝いていた。 「……レオさん、可愛い」  口づけだけで蕩けそうになってしまう目の前の恋人を心底愛おしく思い、アルの口からは無意識にレオへの気持ちが溢れてしまっていた。  アルの心からの言葉に、レオは更に顔を赤く染め上げ、羞恥心を隠そうと腕で顔を覆おうとする。  しかし、腕はいまだアルの手によって頭上で拘束されている。  それを良い事に、アルは少しばかり悪戯な笑みを浮かべながら、ゆっくりと顔をレオの胸元へ近づけていった。  中途半端に破かれた服を歯だけで割いていき、そのままレオの白い胸元をさらけ出す。  目の前に現れた、滑らかな肌を際立たせるかのように鎮座している薄いピンク色の二つの乳頭が、まだ触ってもいないのにその存在を主張するかのようにツンと尖っている。  蜂が花に誘われるかのように、愛らしい乳首に誘われたアルは、そのまま胸元へ顔を寄せると片方の乳首に吸い付いた。  ちゅう、と音を立てながら吸引し、時折前歯でカリッと甘噛みをしてやれば、レオの背中がビクッと電流を浴びたかのように跳ねる。  もう片方の乳首は片手でくりくりと弄ると、途端にレオの唇からは抑えられない喘ぎ声が漏れる。更にピンっと爪の先で軽く弾くと、それに合わせて涙混じりの声が大きくなった。 「ひ、ぁっ……! あ、んぁあっ!」 「……乳首、ふっくらしてきたよ。綺麗」 「やっ……いわないでっ……」  弄られてしまったせいでふっくらと赤く色づいてしまったそこは、白い肌とのコントラストで非常に扇情的に写る。  もっと弄っていたい気もするが、腕の中でもじもじと身体をくねらせるレオをもっと快楽の海に沈めたいと思い、アルは次の行動に移す事にした。  中途半端に着ていた衣類はすべて剥ぎ取り、アルもまた服をすべて脱いだため、互いに全裸になる。  性急に目の前に現れた、筋肉が隆々とついた雄の色香が存分に漂う逞しい身体に、レオはごくっと唾を飲み込んで頬を更に赤らめる。  自身の身体を照れたかのように凝視するレオにくくっと小さな笑い声を漏らしながら、アルはそのまま華奢な鎖骨や薄い腹筋、白い太股に所有印をつけていき、最終的にレオの股の間に顔を埋める体制をとった。  何をされるのかと少し不安そうに自身の下半身を覗き込もうとするレオの視界に写ったのは、何とレオの白い双丘を両手で左右に割り、その慎ましやかな後孔に今にも舌先を突き刺そうとしているアルの姿であった。 「やっ、なにしてっ……!」  レオが驚愕で思わず止めようと声を荒げるが、アルにその言葉が届く事はない。  触れるか触れないかの距離を保っていた舌先がついにレオの後孔に触れると、途端に甲高い悲鳴のような喘ぎ声が響き渡った。 「ぁあっ! だ、だめっ! そんなとこ!」 「だめなんかじゃない」  必死に懇願しようとするレオを突き放し、アルはそのままペロッと後孔の縁を舌でねぶってみた。  襞を数えるかのように丁寧に唾液を絡ませ、時折ちゅうっと吸い上げれば、レオの身体が羞恥と快楽から小刻みに震え出す。  そうして表面をねぶった後、今度は柔らかい舌全体を中に差し込み、そのままくちゅくちゅと卑猥な音を出しながら前後へと動かしてみた。  両手で後孔を優しく拡げながら口内に溜まった唾液を中へと流し込めば、淡く色づいた蕾がはくはくと快感を求めて蠢く様が蠱惑的な光景を作り上げる。 「ん、ひ、ぃっ……!んぁっ、ふ、ぅぅっ……!」  舌で最も敏感な所を弄られ、レオは恥ずかしさからついに涙を一筋溢した。  しかし、アルはそれをチラッと見ただけで気にする素振りを見せない。  体内に入っていた舌を一旦抜くと、緊張から解かれたレオの身体からくったりと力が抜け出した。しかし、このすぐ後に更なる羞恥にまみれた出来事がレオを襲う事になる。  後孔から舌を抜いたアルは、後孔よりも少し上にあるレオ自身の性器に目をやる。  そしておもむろに口を大きく開くと、目の前の薄い色を帯びて緩く勃ち上がっている性器を一気に口に含んだ。 「ひゃっ! ……な、そ、れはぁっ……! あんっ、だ、ダメぇっ……!」  以前、自身への口淫は怖くて苦手だと言っていたレオだが、恋人となったアルがやるとなれば話が違ってくるのだろう。  恐怖心などはいっさい抱く様子はなく、レオはアルから与えられる快楽にただ身を震えさせる他なかった。  「アル……! アル、ぅっ……!」  裏筋を舐め上げられ、先の割れ目を舌先で弄られれば、レオはたまらないとばかりに甘い声を上げ続ける。  塩味と僅かな苦味が混ざった独特な味だが、レオのであれば何故だか甘く感じてしまう事にアルは至上の喜びを感じる。  そうしてしばらく口淫を続けていたが、レオが「イクなら二人一緒に」と何とも可愛らしい事を言うので、アルは名残惜しくも終わらせる事にした。  ふと、顔を赤らめながらもどこか浮かない顔をするレオに対し、アルは自分は何か嫌な事をしてしまったのだろうかと不安にかられた。 「……何か、嫌な事やっちゃいましたか……?」  アルの問いに、レオはふるふると首を横に降った。  そして、アルにとっての爆弾に成り得る言葉をぽそりと呟く。 「……僕も、アルの事、口でしたいなって思ってただけ……」  その言葉が言い終わるか終わらないかのうちに、アルはレオを力強く抱き締めていた。  急に腕の中に閉じ込められたレオは、混乱で「えっ、えっ」としか声を漏らせないでいる。  一方のアルは、レオのあまりにも誘うかのような言葉の言い回しがダイレクトに心臓に響き、今にも尊さで死にそうになっていた。  しかし、ここで暴走してはレオのトラウマを引き起こさせてしまうかもしれない。  アルは極力レオを優しく離してやりながらまたベッドへと優しく押し倒すと、レオの耳元で甘く囁く。 「……また今度、してください。それより今は、レオさんを可愛がりたくて仕方ないんです」  アルのその言葉に、レオは再度顔をカーッと赤らめた。  どうやら己は、思っていたよりも恋人に大切に扱って貰っているようで、その事が今さら恥ずかしく思えてくるのだ。  羞恥心でポーッとした表情を浮かべるレオにクスリと笑みを漏らしながら、アルは自身の指に丁寧に唾液をたっぷりと絡ませ、そのままレオの慎ましやかな後孔へと指を添えた。  そしてゆっくりと指を一本、中へと侵入させていく。 「んっ……」 「……大丈夫?」 「……うん」  少しだけ険しい表情を浮かべたが大きな痛みはないようで、アルはそのまま奥へと指を侵入させ続けた。  そして前後左右の肉壁に指をすり付けるようにうねうねと動かすと、レオがもどかしさからもじもじと身体をくねらせ始めた。  浅い所にある柔い突起を指の腹で優しく撫でてやれば、鼻にかかった艶やかな声が漏れ出す。 「んん、……んぅっ……」  少しずつ指に慣れてきたのを良い事に、アルが指をもう一本挿入しようとした所で、レオが急にアルの腕を掴んで静止してきた。  そして今にも泣きそうになりながら、懇願するかのように必死な声色を上げる。 「もう、いいからっ……!いれてっ……!」  その言葉に、アルは目を大きく見開いて驚いた。  まだ指一本分しか慣らしていない。それでなくとも己の性器は通常よりも大きい上、レオの痴体を目に焼き付けた事により隆々とした屹立へと変貌を遂げている。  そんな状態で挿入してしまえば、下手をしたら血を流す事になるかもしれない。  それだけは駄目だとアルが首を強く横に降ってもなお、レオはその懇願を止める事はなかった。 「おねがいっ……! ひどくしていいからっ……汚れた身体を少しでも君で包んで欲しいんだっ……お願いだよ……いれてぇっ……!」  ついにはしくしくと涙を溢し始めた恋人に、さすがのアルも諦めざるを得なかった。  少しでも痛みを和らげるために己の屹立とレオの後孔に存分に唾液を塗りたくり、なるべく身体から力を抜いて貰おうとレオの唇に軽く口付ければ、途端に目の前の美しい顔にはふわっと花が咲くような笑みが浮かんだ。  その笑顔に見惚れながらも、アルはそのままピトリと屹立の先端を後孔に宛がうと、ゆっくりと腰を前に進めていく。  途端に、二人の下半身には引きつったかのような痛みが走り抜ける。 「……ひっ! うぅっ……! ぐっ、ぁあっ!」 「……だから駄目だって……! 一旦抜きますよ……!」 「駄目!」  やはり指一本では到底慣らしが足りず、レオは痛みのあまり顔を青ざめさせ、ふるふると身体を震えさせ始める。  その苦しそうな様子を見て一旦抜こうと腰を引いたアルだったが、レオがそれを許さず渾身の力を込めて全身で抱きついてきた。  白い身体が己の裸体に絡み付き、身動きがとれなくなってしまった事を場違いながらも嬉しく思いながら、アルは諭すかのようにレオに囁く。 「……レオさん、やっぱり……」 「……お願い、痛くしていいから……お願いだから、もう僕から離れないで……」  ほろほろと涙を溢しながらそう呟く恋人の姿は、艶やかで耽美であるのと同時に、どこか切なく写る。  一度手離してしまったが故に今度こそ離まいと必死にすがり付いてくる恋人の姿に、酷く心を傷つけてしまった罪悪感が沸々と沸き上がるのを止められない。  それに、涙を流しながらこんなにまで求められてしまえばアルにはもう止めるという選択肢は跡形もなく消え失せてしまった。  再びレオの後孔に屹立の先端を当て、ゆっくりとレオの中に挿れていく。 「ぐっ、ぁあっ……! ひ、ぎっ……!」  痛みで額に冷や汗を滲ませるが、レオは懸命に耐える。  その様子にアルもまたレオの懇願を叶えるため、懸命に腰を前へと進めた。  時折、レオの後孔の縁から血が滴る感覚がするが、今はそれに気を取られている余裕はない。  そうして長い時間をかけて、ようやくアルの性器がレオの中へとすべて収まった。 「……はいった?」 「……うん、入りましたよ。レオさん」  すべてを挿入できた事の嬉しさから、レオはついに涙腺を完全に崩壊させ、溢れ出す涙を止める余裕すらもなくただひたすら子供のように泣きじゃくった。  その様子にアルも感極まって思わず涙が滲んできた。この愛おしい恋人の、苦しみながらも幸せそうな姿を見る事ができ、己も幸せでどうにかなってしまいそうだ。  そうして二人で呼吸が落ち着くまで同じ体制でしばらく待つが、だんだんと中が屹立の形に馴染んできた事で、アルはゆるゆると腰を動かしてみた。 「あっ……んぁっ……ふ、ぅぅ……」  先ほど流れ出た血が潤滑剤になっているのか、比較的スムーズに動かせるようになっている。  レオ自身も先ほどよりかは痛がっている様子はなさそうなので、アルは思いきって腰の動きを早める事にしてみた。 「あっ! や、はやぃっ……! んぁ、きもち、きもちいよぉっ……!」 「っレオさんっ!……俺もっ……」  ずちゅ。ずちゅ。  粘着質で卑猥な音が結合部から漏れる様が、その結合部から泡立った先走りや腸液が白く濁って隙間から漏れ出ている事が、白い身体を赤く染め上げ端正な顔を涙で濡らし、扇情的な表情を浮かべるレオの姿が、そのどれもがあまりにも淫靡で耽美に写る。  あまりの興奮で気づけば無意識に腰の動きを最大限まで早めてしまっていたアルだったが、自身の下で甘く喘ぐレオの姿にもう欲望を止められない段階にまで来ていた。  パンパンとピストンの動きがより激しくなる。 そしてついに、二人はほぼ同時に果てたのであった。 「あああっ……!」 「くっ……!うっ!」  レオは自身の腹の上に射精し、白い身体の上を汚して艶やかな表情で息切れを繰り返す。  アルはレオの最奥に直接射精したため、ごぽりと抜いた後の後孔からは白い粘液が血混じりで滴り落ちてきた。  激しい愛の分かち合いを終え、二人はぐったりとベッドの上で絡み合いながら身体から力を抜く。  はぁはぁと、激しい息切れが段々と収まっていくのを見計らいレオは懸命にアルに言葉を紡いだ。  「アル……ぼくを、みつけてくれて……ありがとう……」  ふわっと優しげな笑みを浮かべてそう呟くレオに、アルもまた心底幸せそうな太陽のような笑みを浮かべ、レオの柔らかい銀色の髪の毛を一房取り、軽く口づけた。  そして、最大限の愛情と慈しみの籠った声色で恋人に愛を囁くのであった。 「……俺こそ、見つけてくれて、ありがとう……愛してます」  心も身体も本当の意味で繋がる事のできたこの恋人たちは、襲ってくる眠気に抗えずそのまま心地のよい微睡みに包み込まれながら眠りに落ちていったのであった。    とある日ののどかな昼下がり。  簡素な舗装の施された小道を、二人は歩幅を合わせながら歩いていた。  ふと、先ほどまでペラペラとレオがいかに魅力的かという話を本人に元気よく語っていたアルが急に黙って立ち止まってしまったので、レオもまた立ち止まってアルの顔を覗き込んだ。 「アル、大丈夫?疲れちゃった?」 「……いや。……はぁ~」 「え、どうしたの? お腹減った?」  急に眉間に皺を寄せて深いため息を溢すアルを心配そうな表情で見つめながら、レオは懐から軽食を取り出そうとする。  その手を制止するかのように細い腕を掴んだアルだったが、再び深いため息を漏らした後、突拍子もない事を言い出した。 「いや……髪の毛短いレオさんも超絶可愛いなと改めて思いまして……俺の妻が世界一可愛い……尊い……」 「まーたなんかぶつぶつ言ってる……」  そう。あれだけ長かったレオの銀色の髪の毛は、今は肩にもかかる事がないほどまでに短くなっていたのだ。  一連の事件を終え、想いを通じ合わせたすぐ後、この髪の毛に未練がさっぱりとなくなったレオが思いきってバッサリと切ってしまったのだ。  ちなみに、以前アルが「髪の毛が短いのも絶対似合う」と言っていた事も考慮しての事である。  勝手に一人で切ってしまった事に対し、アルが「俺のオアシスがぁ~!」と酷く残念そうにしばらくの間泣き喚いていたが、短い髪型さえも小顔のレオには素晴らしく似合っており、その新たな美しさでアルはすぐに手のひらを返してデレデレとする毎日であった。  それに、今のアルの懐にはレオがこっそりと忍ばせてくれていた髪の毛の束があるので未練は捨てた。  ポケットの中に手を入れ中にある巾着をキュッと慈しむかのように握りながら、アルはもう片方の手で目先にあるレオの短い髪の先にそっと指で触れる。  柔らかい毛先を指先でくるくるといじられる事に苦笑するも、恋人に触られて嫌なわけがなかったので、レオはそのままいいようにさせていた。  ふと、突如として我に返ったアルは、来た道を何気なく振り替えりながら、少し寂しげな表情を浮かべる。 「……こことも、もうお別れですね」  あの事件以来、もうこの村にいてはレオはもちろんの事、アルにとっても最悪な思い出にしかならない村を出る決意をしたのはつい最近の事であった。  当てなどない旅。それこそ目立つ容姿をしているレオが外に出るとなれば、過酷で辛い事も起こってしまうかもしれない。  しかし、閉鎖的な村に閉じ込められていた分、外の世界を見てみたいというレオの純粋な思いを無駄にはしたくなく、アルは自分が一生傍でこの世界一尊い存在を守っていくと誓ったのである。  出ていくと決断してからは、バタバタと荷物を纏めたりと忙しく動き回っていたが、今日ついにこの村を後にする日となった。  物悲しそうに微笑みながら広大な緑を見つめるアルに対し、意外にも余裕そうな表情を浮かべるレオはさらっと返答する。 「そうだね。でも、月に一回は龍神様への血の献上で帰って来なくちゃいけないから、またすぐにここにも泊まりにくる事にはなるけどね」 「……俺がカッコつけてしんみりさせた空気をすぐにぶち壊すのやめてくださいよぉ~」 「はは、ごめんごめん」  そう。寂しさの余韻に浸っている割には、自然の近郊を保つために月に一度程この村に定期的に戻り、血を与えねばいけないため、別に今生の別れという事でもないのだ。  あの事件の後、レオとともに龍の元へ今までの非礼を(しぶしぶ)謝罪をしに行った際、許す条件として「月に一回はレオの血を貰う」という内容を提示されたのだ。  もちろんアルとしては、恋人がこれ以上傷つく所を見たくはなかったため最初は却下したのだが、当の本人であるレオが「それで龍神様の役に立てるなら」と快く了承してしまったため、こうしてすんなりと契約が成立してしまった事に多少の不満を抱かないわけではない。  存外あっけらかんと言い放つレオに対し、アルはがっくりと頭を垂れながら居たたまれない気持ちをどうにかしようとポリポリと頬をかく。  ふと、何かを思い出したかのようにガバッと顔を上げたアルは、驚愕でビクッと肩を揺らすレオにはお構いなしに、懐から出したとある物をレオの手のひらに納めた。 「あと! これからは絶対にこの注射器使ってくださいね! もうあんなナイフで二の腕ざっくりしないでよ!? この綺麗な身体にまた傷増えたら、俺マジでショックで死ぬ可能性ある……」 「わかってるよ。心配しないで」  レオの手の中には、小降りの注射器があった。  今までレオは龍に血を与える度に、二の腕を切り裂いていた。しかしそれでは毎回痛い思いをしなければならず、傷痕も残ってしまうため、アルが村の中にある病院に何とか頼み込んで購入してきたのだ。  この注射器を使えば、血の採取も最低限の負担で済む。  アルの心遣いに感謝しつつ、レオは大事そうに注射器を麻布で包んだ後、小降りのバッグの中へと納めた。  そして再び小道を歩き出しながら、レオは懐かしむような優しい笑みを浮かべながらゆっくりと口を開き出した。 「……色々あったけど、君と出会えたから、まあ今となってはそこまで悪い思い出でもないのかもしれないな」 「いや普通に俺は胸糞悪すぎて今でもアイツらぶち殺してやりたい思いでいっぱいですよ」  穏やかなレオとは対照的に、ギリギリと歯軋りをしながら怒りを沸々と滲ませるアルに対してクスッと笑みを漏らした。 「そんな物騒な……それに、あの村長たちはもう二度とこの村には戻ってこないんだから、気にしないようにしよう。ね?」 「……はい」 「……君のおかげで、あの優しい青年が新しい村長として村を纏め上げようとしている。彼、若いのに凄いね。この村と龍神様は、もうきっと大丈夫だね」  あの事件以来、公になってしまったが故に、すぐに村人の間で村長が極悪非道な人間だったという噂が広まった。  死人は出なかったにしろ、屋敷にいた者たちは皆重症を負っており、今は外の病院で療養中だ。そしておそらく、二度とこの村に戻って来る事はないだろう。  当然罪人であるアルにも疑いの目がかけられたが、村長から脅されて献金を貪り尽くされた村人や、アルの父親と同じように悪事を目撃した事のある人たち、更にはレオが暴行にあっている所を目撃していた村人たちが総出で証言してくれたために、アルはおとがめなしで済んだのである。  それはすべて、アルが聞き込みをしていた際にレオを庇ってくれたあの心優しい青年が、村のために自ら新しい村長としてら名乗りを上げて、有志を募ってくれたからであった。 「……ですね。アイツ、本当にめちゃくちゃ良い奴なんですよね」  青年の優しげな風貌を思い出しながらふっと笑みを溢すアルの耳に、「あっ」と少し慌てたかのようなレオの声が響いてきた。 「あ、何か落としたよ?……って、これ……」  レオが何かを差し出してきたので反射的に受けとると、それは先ほどまでアルがポケットの中でこっそりと握り締めていた銀色の髪の毛の束が入った巾着だった。  大切な物を見られた事の若干の羞恥で、アルはほんのりと顔を赤らめながら巾着をポケットへと戻すと、照れ隠しにぽりぽりと頬を掻いた。 「……すみません、お守りになるかなって思って懐に忍ばせてたんですけど、何か変態っぽくて今まで黙ってました……」 「いや、君が変態なのは今に始まった事ではないから別にいいけど……それに渡したのは僕自身だからね」  そう言いつつ困ったかのような笑みを浮かべるレオだったが、ふとイタズラを思い付いた子供のような表情を浮かべると、ニヤッとした笑顔をアルへと向ける。 「そういえばさ、前に君から初恋の女の子の話を聞かせてもらった事があったよね?」  レオの脈拍のないその問いに、アルははてと首を傾げた。 「しましたね、でもそれがどうしたんですか? あっ、もしかして嫉妬!? やだなぁ~、今はレオさん一筋だから心配しないでくださいよ~! あーでも嫉妬するレオさんも可愛い!」 「いや全然嫉妬してないから大丈夫」 「辛辣! そんなとこも好きだけど!」  ニョロニョロと嬉しそうに身体をくねらせるアルをバッサリと切り捨てるレオに対し、アルはガビーンと効果音がつきそうな動きでショックを現した。  そんなアルをさほど気にせず、レオはいまだイタズラな笑みを浮かべ続けながら話を続けた。  「……なんでその子、夜で日差しもない時に大きな帽子を被ってたんだと思う?」 「……わからん……」  うーんと腕を組んで悩み出すアルに対しクスッと笑みを溢すと、レオは得意気に答えを紡ぐ。 「……正解は、コンプレックスだった銀色の髪の毛を隠したかったから、でした。あと女の子じゃなくて残念でした!」 「はぁっ!? ちょ、もしかしてっ……!?」  その答えから、アルが森で出会った初恋の少女がレオ自身である事が判明した。  いや、確かにレオは生まれてからずっとこの村で育ってきたし、女性と見違う美しい容姿をしてはいるが、まさか張本人だったとは夢にも思わなかった。  口をあんぐり開けて固まるアルに対し、レオは少しだけ物悲しげな雰囲気を携えながら語りを続ける。 「……あの屋敷での生活にうんざりしすぎて、見張りの目を掻い潜って夜にこっそり抜け出した事があるんだ。それで、気分転換に森を散策してたら、ひとりでわんわん泣く小さな男の子を見つけて……ね」  レオの話す内容に再び驚愕の表情を浮かべるアルだったが、段々と我を取り戻していくにつれて羞恥心が芽生えてきた。  だって、今まで自身の初恋が自分だと気づいていながら何事もないかのように話を聞いていたなんて。恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。 「アンタ俺の話を知らん振りしながら聞いてたんですか!? 卑怯だ!」 「気づかなかった君が悪い!」  カーッと顔を赤く染めながら抗議するアルに対し、レオは心底おかしいのかケラケラと笑い声をあげながらアルの肩に自身の肩を擦り寄せた。  甘えるように凭れかかってくるその温もりに邪な思いと仕返ししたいという思いが交差し、アルはそのまま後ろからキュッと細い身体を抱き締めた。  急に抱き締められた事により、ピタッと身体を硬直させるレオにはお構いなしに、アルは耳元で低く甘く呟く。 「……俺、もうあの時の餓鬼じゃないんですよ。ちょっと本気出せば、アンタなんかコロっと食っちまえるくらい背も高くなったし、力もついた。もう、あの時びーびー泣きながらアンタに手を引っ張られてただけの子供じゃない」  成熟した男の色香を帯びさせた声色で囁かれ、レオの頬がほんのりと赤く染まっていく。  昔とは比べ物にならないくらいに成長した男らしい身体に包まれ、レオの心は最大級の多幸感に包まれていく。 「……わかってるよ。こんなに大きくなってまた僕の所へ来てくれて、本当にありがとう」  あの時繋いだ手よりも遥かに大きくなった小麦色の手にそっと自身の白い手を添えながら、レオは唄うように甘い声色で呟く。  そして逞しい腕の中でくるっと身体を反転させ、今度は正面から厚い胸板に抱きつきながら、聞こえるか聞こえないかくらいの声量で言葉を紡いだ。 「……過去も未来も全部抱き締めて、君の隣を歩いていくよ」  その言葉は、果たしてアルの耳にもしっかり届いていた。 「……俺も、もう絶対にレオさんの傍から離れたりしません」  腕の中の存在を心から愛おしく思いつつ、アルはレオの頬にそっと手を添えると、上を向かせそのまま目の前にある薄い唇に自身の唇を重ねた。  触れ合った甘い柔らかさが、二人の心を優しく溶かしていく。  しばしの間そうして互いの唇の甘さを味わっていたが、ふと頭上でぽつりぽつりと水滴が落とされるような感覚がして、二人は唇を離して空を見上げる。  太陽が浮かび一面の青が広がっているはずの空から、何故か雨が降り落ちていた。 「おお、太陽があるのに雨が降ってる……」 「きっと龍神様がちょっとした悪戯で降らしてるんだよ」  目を見開きながら空を凝視するアルの横で、レオが柔らかい笑みを浮かべる。  レオの血で十分に魔力を取り込む事ができた龍の少しばかりの悪戯心にクスクスと小さい笑い声を漏らしていると、突如としてアルが何かに気づいたかのように空を指差した。 「あっ、虹!」 「えっ、あっ、本当だ!」  太陽の光に反射して、空には見事なまでの大きさである一本の虹がかかっていた。  まるで二人を祝福するかのように現れたその虹は、七色の淡い色を帯びて美しく鎮座している。 「虹なんて初めて見たよ。綺麗だなぁ……」  生まれて初めて目撃した虹の見事さにほぅっと息をつくレオの短い髪の毛を、ふとアルの骨張った指がするりと一撫でしていく。 「……レオさんが、一番綺麗ですよ」  蕩けるような笑みを浮かべてレオを心底愛おしそうに見つめるアルのその言葉に、レオの白い頬がほんのりと赤く染まった。  穢らわしいと言われ続け、塵のように扱われてきた自身を限りなく愛してくれる存在に出会えた事、胸を苦しめる程に辛いすれ違いを経てなお、この美しい虹よりも綺麗だと言ってくれる唯一の存在が今こうして隣にいてくれる事。  その何物にも代え難い幸せを互いの胸に抱き締めるように、レオはアルの胸元にゆっくりとすり寄る。  そしてアルの頬を両手でそっと包み込むと、触れるだけの小さな口づけを目の前の唇に落とした。 「んっ……」  柔らかい温もりを少しの間だけ堪能した後、名残惜しくもゆっくりと唇を離していく。  蕩けるような紫暗の瞳で恋人を上目遣いに見つめつつ、気づけばレオの口からは堪えきれない恋情が溢れた。 「……大好き」 「……俺も、大好きです」  磁石で引かれ合うかのように、再び自然と互いの唇が重なった。  心地のよい柔らかな風が二人を包み込むかのように流れ行き、青空の中へと溶けていく。  愛を分かち合う二人の青年は、いつしかこの小さな村から姿を消したのであった。

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