5 / 5

第5話 時の人-5-

 自分の講義が終わった後、遠夜は人気のないはずれへと来ていた。  三春に会う前に、翠と話しておきたかったのだ。 「……」  手の中にあるのは、あの石。ぎゅ、っと握って「出てきてください」と、心で念じてみる。  ざぁ、と風が吹き抜けるが、翠──というか、人の気配はない。 「……だよね……」  そんな都合よく── 「呼んだか?」  諦めて石をしまおうとしたところでかかる声に驚いて顔を上げた。眼前にいるのは、翠だ。  来て欲しいと願っておいてなんだが、本当に現れると戸惑ってしまう。困惑する自分に対して向けられている視線。黙っていては折角きてくれた翠に要らぬ気づかいをさせてしまうかも知れない。  ゆっくりと口を開く。 「えっと……はるちゃんと出かける前に話しておきたいことがあって」 1つ。いきなり出現したり消えたりしない。 2つ。主様とか眷属とかの話はしない。 「俺の遠い親戚とか、田舎から遊びに来た人とか……なんか、そういう感じで」  適当に誤魔化して欲しい。  遠夜の言葉に、翠は可とも否とも言わず、ただじっと耳を傾けている。 「……ごめんなさい。俺……はるちゃんと仲良くしたい、から」  いくら三春が気のいい性格だと言っても、いきなり神様だとかの話をされて、そうなんだ、と受け入れてくれるとは思えない。心配される──ならまだいい。  自分のことを不審がられて、彼と疎遠になるのが怖かった。  翠に対して失礼なことであるのは十二分に承知している。それでも、出会ったばかりの翠よりも、ずっと仲良くしてくれている三春を優先したい。  その申し訳なさと不安をうまく言葉に出来ず、肩を下げてしまった遠夜に、翠はようやく声を発した。 「分かった。出来る限り──君の希望に添うように努力はする」  そ、と肩に手が乗せられる。ゆっくりと顔を上げると、翠と視線が合った。長い髪に邪魔されて表情は良く見えないが、怖いと思っていた眼が、とても穏やかに見えて、遠夜は数度眼を瞬かせた。 「言っただろう?主様の残滓が消えるまでは君を守る、と。君の傍にいるために努めるのも俺の役目の一つ」  それに── 「君が──友人を大切に出来る人で良かった」  笑ったように見えて、遠夜はまた眼を瞬かせる。と、スマホが震える。促されて取り出したスマホに表示されている名前。 「はるちゃんだ」  今どこにいる?という質問に返事をする前に、翠を見上げた。 「翠さん」 「?」 「ありがとう」  深々と頭を下げてから、返事を返す。待ち合わせ場所の指定に、翠に「歩いて」ついてくるようお願いしてから向かった。         ◇◇◇◇◇◇◇  三春と待ち合わせた後。美容室から服屋と順番に回り、翠を不審者から普通の人──というには、その髪も目も目立つものではあるが──に変えた。  来ている服も和服から普通の服──量販店で売っている洋服に。今は近くにあったコーヒーショップで休憩中だ。 「んー、やっぱり翠さん。そういうの似合うよねぇ」  満足げに何度も頷いているのは三春。髪型から服装の組み合わせまで全部彼が選んだ。自分の見立てが間違っていないことを確かめると、ストローに口をつける。  不審者然とした髪はばっさりと。6:4くらいで分けられた前髪は少し長めではあるが、視界を遮る程ではない。後ろは短めに刈上げられており、ずいぶんとすっきりしたものになった。  着物そのものは上質なものらしいのだが、やはり動きにくいし目立つ──と、三春が選んだのは細めのボトムとシャツ。トップスは少し大きめのサイズにして、ラフ過ぎず、堅苦しすぎずのいい組み合わせだと遠夜も思う。  元々来ていた着物は洋服を買った店のショッパーに入れて、今は椅子の上。 「……よくわからない、が。どうも落ち着かない」  言葉通り。短くなった前髪を気にするように首を傾げる。 「髪の毛長かったもんねぇ。暫くは違和感あるかもだけど、似合ってるから大丈夫だよ」  三春は自分の見立てに満足している様子で、何度も頷く。 「三春の見立てがいいからだろう。俺は──正直、よしあしが分からない」  淡々と告げた後、翠は遠夜を見た。 「遠夜から見てどうだろうか」  唐突に投げかけられた質問に遠夜は一瞬言葉に詰まる。 「よく似合ってる」  当の本人は、なれない洋服に動きづらそうではあるが。 「当たり前でしょー。俺が選んだんだから」  ふふん、と胸を張る三春。翠と顔を見合わせた後、つい笑ってしまう。 「そうだね。はるちゃんの見立ては間違いないよ」 ──翠は田舎から出て来たばかりで、その土地の作法が独特だから変なことをしても悪意はない。  そんな「設定」を三春は疑いもせず信じてくれた。そのせいか、髪型を決める時も、服を選ぶときも殊更丁寧。だが、自分の好みを押し付けるでもなく、話しながら翠の好みを探り当てて選んでいくような勧め方。  傍で聞いていた遠夜も感心したくらいだ。  「はるちゃんは、本当に人と話すのが上手いよね」  ふと、会話が途切れた時。何気なくの感想。 「そう?」 「うん。翠さんに説明している時、横で聞いててすごいなーって」  ね、と翠に同意を求めると、彼も頷いて返す。 「三春は話すのが上手い。分かりやすいし丁寧だ」  あまりにも直球で褒められ過ぎて反応に困ったのか、三春は肩を竦める。 「そんなに褒められたら反応に困るってば。俺は自分が服選ぶの好きだから選んだだけだし……でも、気に入って貰えたなら良かった」  その後も他愛のない雑談をしてから、三春と別れた。自宅へと戻る遠夜の隣には翠。真っ白い髪と色の深い眼は嫌でも目立つ。    それに──ちらっと横目でうかがった。  長髪で隠されていた素顔は、三春の言うように「隠すのが勿体ない」造形をしている。  背も高くスタイルもいい。周囲からの視線を集めるには十分すぎる代物。  そんな他人の眼を感じているのかいないのか。翠は感情はあまり表には出てこない性質のようだ。その表情からはうかがい知れない。 「……どうかしたか?」  そろりと周囲を気にすると同時にかけられる言葉に肩が跳ねる。 「え?!……なんでもない」 「──」  翠が足を止めた。つられて遠夜も足を止める。 「俺は人の機微に疎い。何か問題があるなら、はっきりと言って欲しい」  真っ直ぐな視線と言葉。  真剣に遠夜の思うこと、言いたいことを受け止めようとしてくれている。 ──目立ちたくない。   自分のことばかり考えていたことが恥ずかしくなって、遠夜は俯く。 「ううん。大丈夫……ここまででいいよ。ありがとう」  翠の言葉も聞かずにその場を後にする。早歩きで離れた後、少しずつ歩く速度を緩めて立ち止まる。 「はぁ……」  誰に対しても人当たりのいい三春。  分からないことは理解しようと努めてくれる翠。  二人に比べると、自分はあまりにも自分勝手な人間に思えて肩を落とす。 「……明日、翠さんに謝ろう」  今はちょっと顔を合わせたくない。それこそ「自分勝手」かも知れないのだが。
0
いいね
0
萌えた
0
切ない
0
エロい
0
尊い
リアクションとは?
コメント

ともだちにシェアしよう!