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38 入団試験
剣を打ち合う鋭い音が、雲ひとつない晴天に響き渡っている。
ニアは両腕を組んだまま、ほとんど睨み付けるような眼差しで鍛錬場の中央を見据えていた。苛立ちにも似た緊張が体内で渦巻いており、産毛がピリピリと逆立つような感覚を覚える。ニアのピリ付いた空気に気付いているのか、周りにいる騎士たちも妙に居心地が悪そうな表情をしていた。
鍛錬場の中央では、長身の青年とポニーテール姿の少女が剣を打ち合わせていた。青年が振り下ろしてきた剣を、少女が剣身で受け止めてそのまま受け流すように滑らせる。途端、ギギギッと剣同士が擦れ合う金属音が響いた。その音に、尖った神経が余計にささくれ立つ。
「もっと重心を下げろ。力で押し負けるぞ」
自分の口から無意識に出てきた台詞に、自分自身混乱しそうになる。自分は少女に勝って欲しいのか、それとも負けて欲しいのか。『負けて欲しくないけど負けて欲しい』という矛盾した感情に心臓がざわめく。
ニアが咽喉の奥で低いうなり声を漏らすと、斜め前に座っていた騎士が怯えたようにピクッと肩を跳ねさせた。恐る恐るこちらを見てくる眼差しには、普段は懐っこく尻尾を振る番犬が、突然牙を剥く猛犬に変わってしまったかのような怯えが滲んでいた。だが、今は彼に意識を向けている場合ではない。
視線の先では、変わらず青年と少女が激しい打ち合いを繰り広げていた。流石、騎士団の入団試験を最後まで勝ち抜いてきた二人だ。技術的にはまだ甘い部分はあるが、素晴らしい素質を感じさせる剣さばきだった。
二人は呼吸一つ許さないような凄まじい速度で剣を交わしていたが、少女が渾身の力で剣を打ち込んだ瞬間、青年の足がほんのわずかにグラ付いた。その瞬間を狙って、少女が両手に握った剣を振り上げる。直後、ギィンッと鈍い音が鳴って、青年の剣が宙に舞い上がった。
空から落ちてきた剣が、地面に突き刺さる。そのときには少女の剣の切っ先は、青年の胸に突き付けられていた。大きく肩で息をしたまま、少女はまっすぐ射抜くように青年を見据えている。そのエメラルド色の瞳は、闇夜に光る獣の目のように爛々(らんらん)と輝いていた。
「終了だ!」
第二騎士団の団長が叫ぶ声で、静寂が一気に破られた。戦いを見守っていた騎士たちが一斉に立ち上がって、歓声をあげる。
「おめでとうございます、ニア様!」
「流石、エルデン王国の番犬の妹君(いもうとぎみ)だ!」
称賛の言葉とともに、何人もの騎士に肩や背を叩かれる。だが、ニアは呆然と座り込んだまま立ち上がれなかった。
少女が剣を収めて、対戦相手だった青年へと片手を差し出す。青年は少し照れくさそうな表情を浮かべた後、自分より頭一つほど背が低い少女と和やかに握手を交わした。
二人に近付いていった騎士団長が、誇らしげな表情を浮かべて声をあげる。
「二人とも良い戦いだった。君たちを第二騎士団に歓迎する」
そう言うと、騎士団長は青年へと視線を向けた。青年がハッとしたように片膝をついて、胸に拳を押し当てる。
「ミック・ヘザー。エルデン王国の新たな守護者として責務を果たします」
誓いの台詞を聞くと、騎士団長は続いて少女へと視線を向けた。
流れるような動作で地面に片膝をついて、少女が胸に強く拳を当てる。
「ダイアナ・ブラウン。エルデン王国の新たな守護者として責務を果たします」
その力強い声を聞いた瞬間、ニアは思わず大声を上げて泣きそうになった。
立ち上がったダイアナが、ニアの方へ顔を向ける。アーモンド型の瞳は鮮やかに輝き、紅も引いていないのに唇は赤く色づき、まっすぐ伸びた背筋からは強い自立心を感じさせた。自らの意志を滲ませた、凛々しくも美しい女性の顔立ちだ。
ダイアナは、つい先日十八歳になった。ニアが過去に戻ってからもう七年も経っているのかと思うと、あまりの月日の早さに眩暈が走りそうになる。
騎士団長との話を終えたのか、ダイアナがニアの元へ走ってくる。反射的にニアが立ち上がると、その胸めがけてダイアナが飛び込んできた。
「ニアお兄さま、見てた? 私が主席よ!」
見た目は大人になったのに、そう報告してくる得意げな口調は子供の頃のままだ。そのギャップに、胸が痛いぐらい締め付けられる。
ニアが黙り込んでいると、ダイアナがこちらを見上げてきた。
「ねぇ、これで認めてくれる?」
訊ねてくる声に、ニアはとっさに涙ぐんでしまった。目を潤ませながら、ダイアナの背中をそっと抱き締める。その瞬間、赤ん坊だったダイアナを初めて抱き上げたときのことを思い出して、胸が震えた。
小さくて柔らかくて、じんわりと温かい身体を抱き締めたときに、自分がこの子を一生守っていくんだと心に誓った。どんな子に育ってもいい。たとえ世界中が敵になったとしても、自分だけはこの子の味方で居続けるんだと。
子供の頃の誓いを思い出すのと同時に、数ヶ月前の記憶が蘇ってきた。ダイアナがニアに「私は騎士団に入る」と宣言した日の記憶だ。
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