52 / 62

51 丸石とダイアモンド

   城下町には、サクラとダイアナ、ロキとニア、それから六名の騎士たちの総勢十名で出かけることになった。王族を含む外出にしては護衛が少ないが、ロキの「俺はほとんど民衆に顔を知られてねぇから大丈夫だ。大人数にすると余計におおごとになるから、これ以上人を増やすな」という一言で、少人数での出発となった。  貴族御用達の華やかなドレス店に入るなり、サクラは黄色い声を張り上げた。 「わぁっ! どのドレスもすっごく素敵っ!」  年輩の女性店員の穏やかな制止を振り切って、サクラが即座にドレスがかけられたディスプレイラックへと駆け寄る。遠慮なくドレスをべたべたと触り出すサクラを見て、ニアは思わず声をあげた。 「サクラ様、勝手に商品に触ってはいけません。気になるドレスがあったら、まずは従業員にお申し付けください」  ニアがそう声をかけた時には、サクラはすでにピンク色のドレスを手に取って自身の身体に当てていた。サクラの身長が低いせいで、繊細なレースが重ねられたドレスの裾が無惨に床に擦れている。それを見て『あれは買い取りだな』と、ニアはガックリと肩を落とした。  サクラを取り囲む騎士たちは、その非常識な行動をいさめることもなく、高揚した声をあげている。 「とても可愛らしいですっ!」 「まさに春の妖精が現れたようだっ!」  盲目的な褒め言葉に、サクラは嬉しそうに口元を緩めた後、不意に悲しげに視線を伏せた。 「でも、わたしなんかチンチクリンな地味っ子だから、こんな素敵なドレスは似合わないよね……」  わざとらしくサクラが、くすん、と鼻を鳴らす。すると、騎士たちはまるでマリオネットのような揃った動きで首を左右に大きく振った。 「そんな可愛らしいドレスが似合うのは聖女様しかいませんっ!」 「ほんとっ?」  サクラが上目遣いで見上げると、また揃った動きで騎士たちが大きくうなずく。  その光景に、ニアは胸の奥から嫌気がぞわぞわと込み上げてくるのを感じた。自分をわざと下げて、周りからチヤホヤされようとする自己愛まみれな光景は見るに耐えない。それならダイアナのように堂々と『私は世界一美しいから何でも似合うわ!』と言ってくれる方がいっそ潔くて微笑ましかった。  騎士たちにべた褒めされながら、サクラはチラッと横目でダイアナを見やった。 「ダイアナちゃんより似合うかなぁ……?」 「は? そんなわけがないでしょう」  騎士たちが肯定を返すよりも早く、ニアはそう口に出していた。無意識に言ってしまった言葉に慌てて片手で口元を押さえるが、もちろん一度吐いた言葉が戻ってくることはない。ならばもう仕方ないとばかりに、口を半開きにしたサクラを見つめてニアは続けた。 「恐れ入りますが、そのドレスはダイアナの方が似合います」  というか、そもそも顔の造りのクオリティが段違いなのだから、どのドレスもダイアナの方が似合うに決まっている。サクラも可愛いらしい童顔をしているが、輝くような美貌を持ったダイアナと比べると月とすっぽん、川底の丸石が百カラットのダイアモンドの横に並んでいるようなものだ。  断言するニアに、サクラは呆気に取られたように目を丸くしていた。続けて、ニアの横に立っていたロキとダイアナが淡々とした声をあげる。 「つか、まず身長が全然足りてねぇじゃん。子供用のドレスじゃねえとサイズがあわねぇだろ」 「そもそも、そのドレスは胸元が開いている形なので、貧乳(ひんにゅう)……あら、失礼しました。『バストが控えめな方』だとスカスカになってみっともないですよ」  グサグサと突き刺さる追い打ちを受けて、サクラが見る見るうちに顔を歪める。顔を真っ赤にして小刻みに震えながら、サクラは両手に持っていたドレスをぐしゃりと握り潰した。 「ダイアナちゃんのイジワルっ」  そう叫ぶと、持っていたドレスをダイアナへと向かって投げ付ける。だが、投げられたドレスはダイアナの顔に当たる前に、隣に立っていたロキの手によって叩き落とされた。ダイアナがちらりとロキを見て、わずかにうなずく。まるで弟子の成長を見る師匠のような仕草だ。  サクラはダイアナを憎々しげに睨みつけた後、ドスドスと荒い足取りで店の外へ出てしまった。その後ろを、騎士たちが慌てて追いかけていく。  慌ただしく出て行く騎士たちの姿を眺めてから、ニアは無惨に床に落ちたドレスを見下ろしてため息を漏らした。子供の駄々を見たように苦笑いを浮かべる店員を見やって、声をかける。 「すまないな、ドレス代はブラウン家が支払う」  そう告げると、ロキが苛立った声をあげた。 「あの騎士共に払わせろよ。ぶりっこ女をチヤホヤして、調子に乗らせやがって」 「でも、サクラ様を怒らせる発端を作ったのは俺なので……」  曖昧な笑みを返しながら言う。だが、笑みを浮かべながらも、胸の内にはもやりと暗雲が垂れ込めていた。  先ほどの騎士たちは元々は真面目で、みな有能な若者だったはずだ。それなのに、今は完全に色惚けした中年男みたいになってしまっている。もちろん恋は盲目なものだが、それでもあそこまでサクラを全肯定している姿はいっそ異常だった。  そして、サクラの自己中心的な振る舞いを見る度に、ニアは『前の人生のフィルバートは、一体サクラのどこに惹かれたんだろう』と考えてしまうのだ。フィルバートはサクラみたいに空気が読めないタイプは大嫌いなはずなのに、どこをどう見て心を奪われてしまったのか。考えれば考えるほど解らなくなる。  ニアが物憂げに考えていると、ドアの前に立ったダイアナが声をあげた。 「私たちも行きましょう。見失っちゃうわ」  そう促す声に、ニアは店員に手早くブラウン家のサインを書いた紙を一枚渡してから、店から退出した。  もう服飾店には懲りたのか、今度はサクラは賑やかな市場を進み出した。サクラは最初はぷりぷりと怒っていたが、騎士たちに市場に売られていたアクセサリーや菓子をプレゼントされて、徐々に機嫌を直していった。 「あっ! ねぇねぇ、あれなぁに? とってもいい匂いがするっ」 「あれは果実を砂糖で煮詰めたものですね。食べられますか?」 「うん、食べるっ」  サクラが弾んだ声で答えると、騎士たちが即座に食べ物を用意する。だが、サクラは一口食べると飽きてしまうのか、すぐに別の食べ物に目移りしては「あれおいしそうっ!」と声をあげた。そのせいで、騎士たちの両手はすでに食べかけの食料でいっぱいになっている。  市場の人間も、騎士たちがお姫様扱いする少女を物珍しそうに眺めていた。 「誰だありゃ」 「黒い髪なんて珍しいわね。異国のご令嬢かしら?」 「そういえば、城に聖女が現れたって噂になってたけど……」  周りからヒソヒソと囁く声が聞こえてくる。サクラを『もしかして聖女なのか?』と眺める民衆の目には、かすかな困惑が滲んでいるように見えた。聖女というにはサクラはあまりにも言動が幼すぎるし、騒々しすぎる。聖女という神々しいイメージからは程遠かった。  だが、民衆の眼差しは、すぐさまサクラから離れた。その視線が向かったのは、サクラの後方を歩くダイアナだ。女性騎士が珍しいのもあるだろうが、やはりその凛々しい美貌と滲み出る気品は人の目をひいた。 「あの方がブラウン家の才女か」 「はぁ、とっても美しくて素敵ね。女性初の騎士なんて憧れちゃう」  聞こえてくる声に、ニアの方まで誇らしさで胸がいっぱいになる。ふにゃふにゃと緩んだ笑みを浮かべていると、不意にこちらに向かって駆けてくる人影が視界の端に映った。反射的にロキを背後側に押しやって、人影に視線を向ける。 「ニア・ブラウン様でいらっしゃいますか」

ともだちにシェアしよう!