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62 幕引き

   翌日の昼過ぎ、執務室で山積みになった書類をさばいていると、ふと扉がノックされる音が響いた。 「入れ」  フィルバートがそう声を返すと、すぐさま執務室の扉が開かれた。ポニーテールの毛先を揺らしながら扉の向こうから現れたのは、彼の妹・ダイアナだった。ピンと背筋を伸ばして騎士団の制服を着こなしている姿は、女性ながらに一本芯の通った精悍(せいかん)さを感じさせる。 「ダイアナ・ブラウンが、王子殿下にご挨拶申し上げます」  胸に手を当てて、ダイアナが挨拶を述べる。その声に、フィルバートはちらりと視線を上げた。 「報告を」  フィルバートの素っ気ない声に、ダイアナは緩くうなずきを返してきた。だが、ふと部屋の中を見渡すと、少しだけ怪訝そうに眉を顰める。その表情を見て、フィルバートは呟いた。 「ニアなら今日は休んでいる」 「休んでいる?」 「今日は一日ベッドから起き上がれないだろうからな」  フィルバートの返答を聞くと、ダイアナは不愉快そうに目を細めた。美しい顔立ちが一瞬悪鬼のように歪んで、だがすぐさまフッと無表情に戻る。怒った顔でも無表情でも、その顔立ちは輝くダイヤモンドのように美しい。それがフィルバートにはひどく気に食わなかった。フィルバートの想い人は、とんでもない面食いだ。彼の視線が自分以外の者に向けられるのは到底許しがたかった。それが実の妹だとしても。  腹の底から湧き上がってくる苛立ちを隠して、フィルバートは冷めた声で繰り返した。 「報告しろ」  フィルバートの催促に、ダイアナが形の良い唇を開く。 「ロキ様の件ですが、ブラウン家の養子になることを承諾されました」 「そうか。ロキの様子は」 「気落ちはされていますが、自暴自棄にはなっている様子はありません。時間が経てば、元通り元気になられるかと」 「なら良い」  短くそう返した後、フィルバートは頬杖をついた。ダイアナを斜めに見やって、かすかに笑い混じりの声で言う。 「ロキは、お前のところの養子にはならないかと思っていた」 「なぜですか?」 「ロキはお前に惚れているから、弟にはなりたがらないかと」  フィルバートの言葉に、ダイアナが嫌そうに顔を顰める。まるで顔に虫が止まったような表情だ。 「ロキ様は、私に女性としての好意は抱いていません。せいぜい友人どまりです」 「友人だって?」 「ええ、自分をいびり倒す友人で、これからは守るべき家族の一員です」  つっけんどんなダイアナの返答に、フィルバートは軽く肩をすくめた。ロキがダイアナを本当に友人と思っているかは解らないが、少なくともダイアナはロキを欠片も男性として認識していないらしい。  フィルバートが書類に視線を落とすと、ダイアナは淡々とした口調で報告を続けた。 「今回、罪人マルグリットの後援をしようとしていたテイラー伯爵、アルハイド子爵、カルミラ男爵に関してですが、全員捕らえて地下牢に閉じ込めております」 「宜しい。全員から領地と財産を没収し、すみやかに国外に追放しろ」 「承知いたしました」 「親族に関しては、協力的な者には多少の褒美を与えて放逐しても良い。だが、反抗的だったり虚偽を申す者は、ともに追放しろ」 「承知いたしました」  軽快なやり取りの直後、一瞬だけダイアナの口角が皮肉げに歪んだ。視界の端に映った笑みに、フィルバートは再び視線をあげた。 「何か言いたいことでもあるか」  そう問い掛けると、ダイアナはキュッと口元を引き締めた。だが、フィルバートがじっと見つめていると、再び笑みを浮かべて試すような口振りで訊ねてきた。 「『追放』とは、ずいぶんと優しい言い方をされるものだなと思いまして」 「優しい言い方とは」 「貴方に追放された貴族は、全員その後『行方知れず』になっているじゃないですか」  笑い声混じりにダイアナが言う。その言葉に、フィルバートは緩く首を傾げた。 「あぁ、そうなのか。きっと山の中で獣にでも食われてしまったのだろう」  どこか冗談めかしたフィルバートの口調に、ダイアナがゆったりと笑みを深める。そのすべてを理解している笑みを見て、フィルバートは苦笑い混じりに続けた。 「俺は小虫を生かしておかない。生かしておいたところで意味がないし、放っておいて後々小虫が束になって飛んできたら鬱陶しいからな」 「それなら追放ではなく、最初から処刑しておけばいいじゃないですか」  美しい容姿に似合わず残酷なことを言うダイアナに、フィルバートは困ったような口調で返した。 「だが、ニアが怖がるだろう?」  フィルバートの返答に、ダイアナがふっと笑みを消す。 「俺は、罪人であれば何百人でも処刑しても構わない。だが、ニアには俺の残忍さを見せたくない。ニアに怯えた目で見られるのだけは耐えられない」  淡々と告げると、ダイアナは思いふけるように人差し指の側面で自身の唇をなぞった。数秒視線を伏せた後、フィルバートを見つめて問い掛けてくる。 「だから、ミック・ヘザーも処刑しなかったのですか?」  ダイアナの口から出てきた名前に、フィルバートは目を細めた。無意識に握り締めた拳に力が篭もって、爪が掌の内側に鈍く食い込む。ニアの首を絞めていた男の姿を思い出すだけで、全身が焼け爛れそうなほどの憎悪が腹の底からわき上がってきた。あの場であの男を殴り殺さなかったことは、自分でも奇跡だと思う。そして、やっぱり殴り殺しておけば良かったと今更ながらに後悔してしまうのだ。 「仕方がない。ミック・ヘザーを処刑すれば、ニアは自責の念にかられるだろうからな。ニアは、魔女に操られてあいつが自分を襲ったと思っている」  フィルバートの返答に、ダイアナはハッと嘲るような笑い声をあげた。 「魔女に操られてた? たとえそうだとしても、その者の心の中にない感情を魔女が作り出すことはできません。ミック・ヘザーの中には、兄を壊してやりたいという衝動が確かにあったんです。あいつは自分の欲望のために、ニアお兄さまを殺そうとした」  ダイアナが感情的に吐き捨てる。その言葉に、フィルバートは深くうなずいた。 「あぁ、解っている」 「騎士団に残っていたら、私が斬り殺していました」 「殺してやりたいのは同じだ。奴を生かしてやったのは、あいつのためじゃない。ニアのためだ」  言い聞かせるようなフィルバートの言葉に、ダイアナは眉間に皺を寄せた。露骨に納得いっていない表情だ。その顔を見つめたまま、フィルバートは緩く椅子にもたれかかった。 「だから、国境警備送りで勘弁してやった。この国の中でも一番戦死者が多い配属地だ。新人のあいつが生き残るかどうかは運次第だな」  フィルバートが言うと、少しだけ溜飲(りゅういん)を下げたようにダイアナは小さく息を吐き出した。兄を想うように伏せられたダイアナの眼差しに、フィルバートはふと昨日のことを思い出して静かな声で呟いた。 「感謝する」  唐突なフィルバートのお礼に、ダイアナが不思議そうに瞬く。 「感謝?」 「昨日、俺がニアとの婚姻を宣言したときに、真っ先に拍手を送ってくれただろう」  ダイアナが、あぁ、とばかりにかすかに口角を歪める。 「あれは仕方なくです。兄がさらし者にされて、周りから小馬鹿にされるのなんて耐えられませんから」  どこか嫌味っぽい口調で呟いた後、それに、とダイアナは続けた。 「それに、どうせ私が祝福しなくても、貴方が用意していた偽の民衆が『素晴らしい』だとか『最高の婚姻だ』だとか叫ぶ手筈(てはず)になっていたでしょう?」  わずかに砕けた口調で、ダイアナが訊ねてくる。主君に向ける言葉遣いではないが、不思議と不快感は覚えなかった。むしろ気心の知れた仲間と喋っているようで、先ほどよりも気分が和らぐ。 「ああ、そうだな」 「ずいぶんと用意周到ですね」  ダイアナの言葉に、フィルバートは人差し指で軽く机を叩きながら呟いた。 「ニアの民衆人気は高いから大丈夫だとは思ったが、万が一にでも反対の声をあげる者が現れないとは限らないからな。誰か一人が最初に大きな声をあげれば、それが自分たちの進むべき方向だと信じて群衆は流される。王族が男と婚姻を結ぶなんて荒唐無稽な話でも、周りから賞賛の声が響けば、それが素晴らしいことだと信じ込んでくれる」 「どちらに進んでいいか判らないときは、大半の人間は大きな船の舳先(へさき)が向けられた方向へついて行きたくなるものですからね」  ダイアナが同意を示すようにうなずく。その後、ダイアナは緩く首を傾げてフィルバートを見やった。 「貴方と兄の関係について、民衆の賛同を得られたのは解りました。ですが、もし王が正気に戻ったら兄を排除しようとする可能性はありますか?」  まるで試すようなダイアナの口振りに、フィルバートは床につく自身の父親を思い出して失笑を漏らした。自分の妻に盛られた毒に侵され、未だにまともに喋ることもできない男を。 「正気に戻れば、可能性はゼロではないな」 「それなら――」 「正気に戻れれば、の話だがな」  ダイアナの声を遮って、同じ言葉を繰り返す。すると、ダイアナは不思議そうに大きな瞳を瞬かせた。 「医師の見立てでは、身体は多少動くようになっても、毒のせいで脳が萎縮しているので前のようには思考は働かないだろうとのことだ。まともに喋れるようになるかも危うい。そんな男が何を言おうが叫ぼうが、誰も聞く耳を持とうとはしないさ」  それに実際のところ、王が倒れてからずっと国の実権はフィルバートが握ってきたのだ。今更、王が政権に戻ってこようとしたところで、フィルバートの足元に波風一つ立てることはできないだろう。  楽しげな口調で告げるフィルバートを見て、ダイアナは安心したように深くうなずいた。わずかに考え込むように顎を引いた後、ダイアナがぽつりと問い掛けてくる。 「それも貴方の計算のうちですか?」 「計算とは?」 「王が毒で倒れたことも」  単刀直入すぎるダイアナの質問に、フィルバートはスッと目を細めた。鋭い眼差しを受けても、ダイアナは視線を逸らそうとしない。その眼差しを見て、フィルバートはゆっくりと唇を開いた。 「俺は、王に毒を盛っていない。ただ――気付いても放っておいただけだ」 「自分の父親を見捨てたのですか?」  事務的な口調でダイアナが訊ねてくる。責めるのではなく、確かめているような声音だ。その問い掛けに、フィルバートは薄笑いを返した。 「俺の父は、お前の父とはまったく違う。あの男は、家族への愛情など欠片もない男だった。あれは王としての手腕は悪くないが、とにかく女癖が悪かった。俺の母の葬儀中も、側室であるマルグリットのベッドの中にいた男だ。幼かった俺がいくら父の愛情を求めても、応えてくれることはなかった。だから俺も、父に愛情を返さないことにした。今あの男があんな状態になっているのは、自分自身の行いがそのまま返ってきただけのことだ」  自分自身を納得させるように口に出した瞬間、フィルバートの顔が痛みに耐えるように歪んだ。だが、歪みは一瞬だけで、すぐさま口元に朗らかな笑みが浮かぶ。 「このまま時期を見て、あの男は王座から退かせて遠方の療養地にでも送るさ。空気のいい場所で死ぬまで穏やかに過ごせるなんて、最高の余生だとは思わないか?」  戯れるような口調で訊ねる。ダイアナは一瞬視線を伏せた後、唇に艶やかな笑みを滲ませた。 「ええ、素晴らしい余生ですね」  同意を示す返答に、フィルバートは咽喉の奥で小さく笑いを漏らした。ダイアナも口元を片手で押さえて密やかな笑い声をあげている。  しばらく仄暗い笑い声で部屋を満たした後、ふとダイアナが呟いた。 「すべて、貴方が思い描いた筋書き通りに進みましたね」  その言葉に、フィルバートは瞬いた。ダイアナが緩やかな声で続ける。 「貴方は元王妃を殺さず幽閉し、わざと魔女を呼ばせた。そして、民衆の前でニアお兄さまに魔女を殺させ、王子と結婚するのに相応しい『英雄』という肩書きを与えた。すべては国中の人間に、貴方とお兄さまの関係を認めさせるために。何もかも、貴方が描いてきた絵図通りです」  確認するようなダイアナの物言いに、フィルバートは口角をかすかに歪ませた。 「いいや、思い通りに進まなかった部分もあるさ」 「たとえば?」  ダイアナが訊ねると、フィルバートは苛立ったように目尻を吊り上げた。 「魔女の恨みを買って投獄され、処刑されるフリをするのはお前だったはずだ。それなのにお前がヘマをしたせいで、ニアが投獄されてミック・ヘザーに殺されかける羽目になった」  フィルバートの指摘に、ダイアナが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。 「それは……ニアお兄さまには心底申し訳ないとは思っています。ですが、まさか魔女が少女を突き落とそうとするなんて予想外だったんです」  その返答に、フィルバートが顔を顰めて唾棄するような声音で呟く。 「そのせいで、俺はニアに『本当のこと』が知られてしまった」 「本当のこととは?」  ダイアナの白々しい問い掛けに、フィルバートが口角を歪める。 「お前は、いつまでニアに黙っておくつもりだ?」  その言葉に、ダイアナは唇をキュッと引き結んだ。じっと確かめるように見つめてくる眼差しに、フィルバートはかすかに笑いながら続けた。 「お前だって『すべて覚えている』だろう」  フィルバートが口に出した瞬間、強張っていたダイアナの肩から一気に力が抜けるのが見えた。まるで身体に突き刺さっていた何かの棒が抜けたように、だらりと姿勢が崩れる。後ろで組んでいた腕をほどくと、ダイアナは薄笑いを浮かべて片手を腰に当てた。 「それは言わない約束だったのでは?」 「お前が先に約束を破ったんだ」  フィルバートが飄々とした口調で応えると、ダイアナは少し腹立たしそうに奥歯を噛み締めた。どこか挑発するような眼差しで、フィルバートを睨み付けてくる。  フィルバートは片手の上に下顎を乗せると、軽く身を乗り出すようにしてダイアナを見やった。 「ニアには、一生黙っておくつもりか?」 「ええ、もちろんです」 「ニアなら許してくれると思うぞ」  フィルバートがそう告げると、ダイアナは口角をねじるようにして笑った。 「私は、ニアお兄さまに許されないことが不安なわけではありません。お兄さまは何があったって、私が何をしたって、最後には必ず許してくれる」 「それなら、なぜ?」  端的に訊ねると、ダイアナは緩く視線を伏せた。床を見つめたまま、自身の胸の内を確認するように静かに呟く。 「ニアお兄さまだけが、私を見捨てなかった。私のせいで処刑されるときだって、お兄さまは一言も私を責めなかった。ただ私に『大丈夫だ』と言い残して、お兄さまは首を斬り落とされた」  前の人生のことを思い出したのか、ダイアナが悔しげに拳を握り締める。その唇から、獣がうなるような声が漏れた。 「あの瞬間、私は心の底からこの世界を憎んだ。私ならともかく、なぜ何の間違いも犯していない兄がこんなにも残酷な死に方をしなくてはならないのかと。そして、もしもう一度やり直せるなら、必ずニアお兄さまを殺した者たちに復讐を果たしてやると」  ありありと憎悪を滲ませたダイアナの声音に、フィルバートは緩く肩をすくめた。 「そして、お前の強い憎悪が生贄たちの魂を引き寄せた」  フィルバートがそう呟くと、ダイアナはゆっくりとうなずいた。 「貴方が壊した宝石から溢れ出した生贄たちの魂は、確実に魔女を殺せるようにもうひとつ『保険』をかけていた。貴方とニアお兄さまだけでなく、魔女に一番恨みを持つ者も同じように記憶を残して過去に戻した」 「それがお前か」  確かめるようなフィルバートの問い掛けに、ダイアナは肯定するように、ふー、と大きく息を吐き出した。そのまま物語の続きを語るように、唇をゆっくりと動かす。 「私が前の人生の記憶を残していることを知れば、ニアお兄さまはきっと私を哀れんでしまう。なんて可哀想な妹なのかと悲しんで、お兄さまの方がひどく傷付くんだわ。それに、お兄さまに私の目的が知られてしまうのも嫌だった。あの魔女への復讐に囚われた醜い私を見られたくなかった。お兄さまにとって私は、いつだって世界一可愛い妹のままでいないと」  そう言い切ると、ダイアナは美しく微笑んだ。非の打ち所がない、完璧な微笑みだ。兄にとっていつまでも可愛らしく、無邪気な妹の顔。この女は、その仮面を一生被り続けると決めているのだ。 「お前は、俺も殺したかっただろうに」  フィルバートが独り言のように呟くと、ダイアナはスッと笑みを消した。まっすぐフィルバートを見据えたまま、ダイアナが言う。 「ええ、もちろんです。貴方は、私たち家族を処刑した」  そう吐き捨てて、ダイアナは腹立たしそうに鼻梁に皺を寄せた。憎悪がありありと篭もった眼差しでフィルバートを睨み付けるが、すぐさま大きくため息を吐き出す。 「でも、殺せない。貴方を殺せば、ニアお兄さまが……死ぬほど悲しむから」  ため息の後、ダイアナがふっと顔をあげる。その顔にはもう憎悪は滲んでおらず、どこか諦念めいた苦笑いが浮かんでいた。 「本当に誤算です。まさか、ニアお兄さまが貴方のことを愛してしまうなんて」 「それは、俺にとっては最高に嬉しい誤算だったな」 「貴方は、兄がとんでもない面食いだったことに感謝するべきです」 「ああ、この顔に生まれて良かったと心底感謝している」 「それに兄の寛大さにも」 「もちろん、一生感謝し続けるさ」  フィルバートが胸に手を当てて答えると、ダイアナは何とも言えない表情を浮かべた。どうして兄はこんな奴を選んでしまったんだ、というような表情だ。だが、考えたって解らないと言わんばかりに首を大きく左右に振った。  ふぅ、と小さくため息を吐き出してから、ダイアナがフィルバートを軽く睨み付ける。 「私にとって大切なのは、ニアお兄さまだけです」 「それは俺も同じだ」 「万が一にでも、ニアお兄さまを悲しませたり、泣かせたりしたら、私が刺し違えてでも貴方を殺します」  心臓に刻み付けるような強い口調でダイアナが言う。その言葉に、フィルバートは深くうなずいた。 「覚悟しておく。俺が生きている限り、ニアを悲しませることはもう二度とない。俺の一生をかけてニアを――お前の兄を幸せにすると誓う」  そう答えると、ダイアナはしばらくフィルバートを睨み付けた後、ふんっ、と小さく鼻を鳴らした。仕方なく納得してやったと言わんばかりの、どこか子供っぽい仕草だ。だが、その表情は先ほどよりもわずかに和らいでいるように見えた。  そうして、ダイアナはふと思い出したようにこう続けた。 「それから、魔女を倒したご褒美はたっぷりくださいね」 「あぁ、何が希望だ」 「とりあえずは、城下町の宝石店の店頭に並んでいる宝石はすべてお願いします。ドレスも最低でも百着は欲しいですし、あわせてアクセサリー類も三百個程度は贈って頂きたいです。それから当然ですが、ブラウン家の爵位も公爵まであげてくださいね」  次々と並べられる要望に、フィルバートは思わず苦笑いを浮かべた。ダイアナの言うとおりの褒美を用意したら、国庫の一部が空っぽになりそうだ。 「ずいぶんと強欲なことを言うものだな」  呆れ混じりのフィルバートの言葉に、ダイアナがにっこりと満面の笑みを浮かべる。そうして、ダイアナはひどく楽しげな声でこう言った。 「だって、私は――悪女ですから」  そう答えると、ダイアナは舞台の幕引きでもするように片腕をゆったりと身体の前へと下ろしながら一礼した。優雅なお辞儀を見せると、そのまま踵を返して迷いない足取りで部屋から出て行く。  その颯爽とした後ろ姿を眺めて、フィルバートは小さく笑い声を漏らした。 ――彼の妹は、悪女だったらしい。 (完)

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