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第1話

    1 「――よって、オルティガ・グロスタールは斬首に処する」  裁判官が高らかに判決を下す。  被告人として法廷の中央にいた人物は、証言台から身を乗り出した。金髪碧眼の端整な男性だった。 「待ってくれ! 話を聞いてくれ! 俺はミーア様と不倫なんてしてないんだ!」  続けざま、彼は傍聴席にいる人物にも訴えかける。 「マルク、お前からも言ってくれ! 俺は不倫なんてしていない! 本当だ!」  男性に呼びかけられた人物――マルクは、スッ……と椅子から立ち上がった。痩せ形の優男だったが、裁判中にもかかわらず口元には妙な笑みが浮かんでいた。 「オルティガ」  マルクがオルティガを見た。  友人として同情の言葉をかけるのかと思いきや、彼はにこりと笑ってこう発言した。 「残念だけど、さようなら」 「!?」  オルティガの表情が絶望で塗り潰されていく。  次の瞬間、係官がオルティガの周りを取り囲んだ。 「嘘だろ……? 待ってくれ、マルク! なぜこんな……!」  オルティガは、そのまま係官に引きずられるように退廷していった――。  ――というのが、映画の内容だった。  忍野(おしの)紅蓮(ぐれん)は映画館から出た途端、一人で頭を抱えそうになった。 (おい、ちょっと待ってくれよ……。なんでこんな展開になってるんだ……?)  劇場版「悪徳の栄光」のポスターを見ながら、深い溜息をつく。  今日は一ヶ月ぶりの休日だった。  紅蓮は今、学生時代の友人が起業したベンチャー企業で多忙な日々を送っている。  もともと少数精鋭でスタッフが限られているため、紅蓮一人で営業事務、システム管理、会計処理等をこなすこともあった。  友人が作った会社だから人間関係は比較的良好で、パワハラ等の理不尽なストレスはない。が、明らかに業務過多で、文字通り休む暇もない状況だった。  そんな環境で久しぶりにとれた休日だったから、前々からずっと見たいと思っていた映画を見に来たのだ。  それなのに……。 「……はぁ」  映画のポスターを眺め、もう一度溜息をつく。  プライベートな時間が少ない紅蓮だったが、それでも通勤の電車内で読書をする趣味はずっと続けていた。  特に今は「悪徳の栄光」というシリーズ作品に嵌まっており、現在発刊されている全七巻はあらかじめ大人買いしてある。  ちなみにこの「悪徳の栄光」というのは、主人公マルク・アンドラスが低い身分から策謀・讒言を駆使してのし上がっていく作品だ。  中世ヨーロッパ風のパレス王国が舞台で、宮廷内で権力を握って威張り散らかしている名門貴族を失脚させ潰していくのが痛快なザマァ系小説となっている。  通勤中にしか読めないからなかなか進まないが、それでも現在三巻の途中までは読了していた。 (やってることはグレーゾーンだけど、やられる貴族が胸糞ばかりだから結構スカッとするんだよね)  社会に出ると腹の立つ出来事、筋の通らない要求、非常識な言動に直面するのも日常茶飯事である。だから皆こういうエンタメ作品で溜飲を下げ、現実でのストレスを発散しているのだ。  実際「悪徳の栄光」も、マルクのエグい報復の仕方が話題となって徐々に人気に火がつき、それが長じて映画化に至ったのである。  紅蓮自身も、今回の映画は発表当初から楽しみにしていた。  何より映画には、紅蓮の推しである「オルティガ・グロスタール」というキャラクターが登場する。  原作の三巻目から出てくるオルティガは、若くしてグロスタール侯爵家の当主となり、パレス王国の国王ジョセフのために働いてきた忠臣だった。  美形で仕事もでき、カリスマ性もあって人柄にも優れている。マルクの友人ポジションにいるキャラなので、シリーズが続く限り彼もずっと活躍し続けるに違いない――そう思っていた。  だから、映画の内容は紅蓮にとってかなりショックだった。  最初から最後までオルティガを下げるような描写ばかりだったし、逆にマルクは不自然なまでに主人公として正当化されていた。ハッキリいってついていけなかった。  そもそも、オルティガがマルクの策謀に嵌められたところも納得できない。  オルティガはマルクがいつも貶めている貴族たちと違い、裏表がなく素直な性格である。胸糞要素はほぼ皆無なキャラクターだ。  まだ三巻の途中までしか読んでないからオルティガの言動全てを把握しているわけではないけれど、失脚させられるほどの描写はなかったように思う。  それなのにオルティガは、マルクに王妃ミーアとの姦通罪をでっち上げられ、冤罪にもかかわらず裁判で「斬首」と言い渡されてしまうのだ。  さすがにこの展開は理不尽すぎて、エンドロールが流れてからもしばらく立ち直れなかった。いっそ見なければよかったと後悔してしまったくらいだ。オルティガの絶望した顔が、今でも脳裏に焼きついて離れない。 (というか、本当に原作でもそんな展開になってるわけ? 意味がわからないんだけど)  念のため、帰宅してから原作小説を一気に読んでみたけれど、オルティガがマルクに嵌められる展開は変わっていなかった。  映画の内容通り、三巻目の最後には姦通罪で斬首され、四巻以降には一切登場しなかった。 「……マジか」  あの映画、劇場版ならではのオリジナル展開じゃなかったのか。原作からして「オルティガ破滅ルート」は確定なのか。  一応マルクがオルティガを貶めた理由やそれぞれの人物描写、育ってきた環境や背景などが細かく描かれていたけれど、そんなこと関係ないくらい、この展開はツッコミどころ満載となっていた。  そもそも「悪徳の栄光」って、胸糞貴族をザマァ展開に落とし込むからスカッとするんじゃないのか? 相手が胸糞貴族だからこそ、グレーゾーンな罠に嵌めても許されるんじゃないのか?  オルティガはマルクに対して敵意を向けたことは一度もないし、友人として仲良くしようとしていた。ちょっと発言が素直すぎるきらいはあったが、目下の者にも優しかった。後ろ暗いことは何ひとつしていないし、周りの貴族からの評判も悪くなかった。  そんな彼を粛清してしまうのは、「悪徳の栄光」の主旨に反するんじゃないのか……? (それにこのグレンとかいう側近! いくらなんでも無能すぎだろ! 主人が嵌められるのをただ見ているだけって、どういうことだよ!?) 「悪徳の栄光」には、オルティガの側近として「グレン」というキャラが出てくる。  まさに紅蓮と全く同じ名前のキャラクターなのだが、そのせいか小説を読んでいて余計にもどかしさや苛立ちが募ってしまった。  何せこの側近、オルティガに仕えているくせに本当に「何もしない」のだ。  主人が罠に嵌められる前にできることはいろいろあったはずなのに、「自分はあくまで側近ですので」という決まり文句のもと、必要最低限の仕事しかしないのである。

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