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第6話

 そして、その日から本当にオルティガは変わった。  こちらを遊びに誘ってくることもなくなったし、毎日朝早くから夜寝るまで勉強に鍛錬、父ナルギスの仕事の手伝い……等々、まるで別人のように真面目に取り組むようになった。  あまりに頑張りすぎているので心配になり、様子見がてら紅茶を淹れてあげたりしていたのだが、 「ありがとう。後で飲むからそこ置いといてくれ」 「……でも、せっかくだから温かいうちに飲んだ方が」 「冷めてもグレンの紅茶は美味しいからいいんだ。そんなことより、この公文書を先に処理してしまいたい」 「頑張るのはいいが、そんなに根を詰めたら後でガタが来るぞ……?」 「かもしれないな。でも無理をしなきゃいけない時もあるんだよ。……俺がサボると、周りの人に迷惑がかかっちゃうし」 「……!」 「ええと……この場合、どの事例を参考にすればいいんだっけか……?」  と、オルティガはぶつぶつ言いながら机の横に積み上げていた書類を調べ始めた。グレンの紅茶には見向きもしなかった。 「…………」  グレンは静かに彼の部屋を退出した。 (あれが「次期当主」としての覚悟なのか……)  サボり癖のあったオルティガが、あんなに頑張っているのだ。  ならば自分が、彼の努力をふいにしてはならない。「オルティガの側近」としての自覚を持ち、彼を支えられる人間になる。それがグレンの役目だ。  それ以来、グレン自身も変わった。  オルティガを「主人」として扱うようになり、友人に対するような口調をやめた。「あくまで側近」の立場を貫き、公私混同しないようきっちりと線引きすることにした。これがグレンなりの覚悟の仕方であった。 (ナルギス様は、あの数ヶ月後に亡くなってしまったけど……)  最期は、急に真面目になった息子を見て少し安心していたようだった。身内には厳しかったが、その分領民には優しく思いやりのある人物だった。  懐かしい思い出に浸っていると、オルティガが明るく言った。 「でも俺は、久々にお前と出かけられて嬉しいぞ。子供の頃に戻ったみたいで、仕事なのにわくわくしてる」 「確かに、かなり久しぶりですね……」 「それに、お前の方から『行く』って言ってくれたのも嬉しかったよ。俺、あれ以来ずっとお前に避けられてると思ってたから……」 「避けられてるって……俺はオルティガ様を避けているつもりはなかったんですが」 「そうか? でもあの頃からだろ? お前が『側近』の立場にこだわり始めたの」 「……!」 「父上の言葉が刺さったんだよな? 『当主は当主、側近は側近の役目がある』ってヤツ。実際俺にも刺さったし、気持ちはわかるよ。とはいえ、ずーっと立場を固持されても困るというか……。お前、普段は自分の意見なんてほとんど言わないし、何か聞いても『俺はあくまで側近ですので』ってはぐらかしちゃうだろ。プライベートな会話もなくなっちゃったし、距離を取られてるみたいで寂しかったんだよな……」 「そ、そうですか……。すみません、余計な心配をさせてしまって」  単に「オルティガは当主、自分は側近」と明確に区別していただけだ。  自分はグロスタール本家の人間ではないから、オルティガと同じ立場で話をしてはいけないと思っていたのもあるかもしれない。  だけどそのことが、かえってオルティガを悩ませてしまっていたようだ。  オルティガは「当主と側近」の関係ではなく、「歳の近い親戚、なんでも話せる親友」みたいな立ち位置を望んでいたのだろう。仕事はちゃんとやるから、せめてプライベートでは子供の頃のような間柄でいたい。それが彼の望みだったのだ。 (立場を明確にしすぎるのも、よくないのかもな……)  原作のグレンは、「側近」の立場を固持するあまり失敗していた。  だから今の自分は、原作のグレンがやらなかったことをやっていこうと思う。  オルティガの希望にも沿っているし、彼自身を救うことにも繋がるはずだ。 「オルティガ様、ひとつお願いしてもいいですか?」 「うん、なんだ? なんでも言ってくれ」 「二人きりの時は、口調は昔みたいに戻していいですか? 第三者がいる時は、ちゃんと側近として振る舞いますので」 「ああ、そんなことか。それはむしろ俺の方が大歓迎だ。言いたいことがあったら、もっといろいろ言ってくれて構わないからな」 「……ありがとう。そうするよ」  そう頷いたら、オルティガは満足げに微笑んだ。

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