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第11話

「構わん……行ってやる」  これが求婚を止めさせるチャンスだと計算した俺は、ジーヴルの誘いに乗った。 「うむ、では三日後の朝に出発だ。  当日は寮室まで迎えに行ってやる」  来て当然だな、といったトーンでジーヴルは言う。  なんとなくムカつくぞ。 「勘違いするな。  伴侶になることを認めた訳ではない。  城へ観光しに行きたいだけだ」  そのスタンスだけはハッキリさせておかねば、俺様王子にとんだ誤解をされかねないからな。  しかしジーヴルは、冷ややかな表情を崩さなかった。 「そうか。まあいい。  この旅でトラゴスは私に惚れることになるだろうし」 「ハンッ、それは楽しみだ。  絶対に無理だとは思うがな!」  大口を叩きおって、と嘲笑ってやる。  この旅、一種の勝負のようなものだ。  ジーヴルに惚れることなく、王家に嫌われる……ただそれだけの簡単なバトル。  サクッと勝って、この世界に転移してからジーヴルに振り回されっぱなしだった屈辱の日々にピリオドを打つ!  そして魔王トラゴス様の復権だ!  当日。  ちょうど俺が身支度を終えた頃になって、寮室の扉がノックされた。  開けると、ジーヴルが立っていた。 「おはよう、トラゴス」 「お迎えご苦労。では行くとしようか」  俺がラスボスらしく堂々と挨拶してやると、ジーヴルは俺の手を取った。  さらには、荷物を詰めた鞄を俺の手から奪い取る。  そのまま寮の廊下を引き連れられていく……な、何だこの状況は! 「止めよ! これでは、俺がエスコートされているみたいではないか」 「みたい、じゃなくてエスコートしているのだが?」 「しなくていい!」  手を振りほどこうとするが、ジーヴルの褐色の手には万力のような馬鹿力がこもっていて、全く離れてくれない。  他の学生たちに、ジロジロ見られているではないか……!    結局、引きずられるようにして寮の外まで出て来た。  そこにはきらびやかな馬具を付けた白馬と黒馬がおとなしく待っていた。 「白いのがサンダル、黒いのはエベーヌだ。  エベーヌの方が人見知りしないから、君はそちらに乗ると良い」  説明しながら、ジーヴルは俺が鞍に乗るのを手伝おうとした。    しかし俺はひらりとエベーヌの鞍にまたがる。 「心配ご無用。  RPGの最終決戦でも俺は華麗に馬を駆っていたのだぞ。  まあ、馬型のモンスターだがな」    首を撫でてやると、エベーヌは耳をぱたぱたと動かして喜ぶ。  可愛いものだ。  エベーヌと戯れている俺を、ジーヴルがじっと見ていることに気付いた。 「……何か?」 「可愛いな、と思っただけだ」 「怖いと思って欲しいのだがなっ」  こんなくだらんやりとりも、この旅で終わりだ。  俺とジーヴルは間もなく、国家権力によって引き離される予定なのだから!    ジーヴル、そして馬たちと共に学園を出て歩く。  道中は、ジーヴルに戦いをしかけるのは我慢しておいた。  馬を巻き込んでは可哀想なのでな。  昼頃になって、差し掛かった町並みに見覚えを感じた。  ここは、アンジェニューやカルムの自宅がある町だ。  つまり、俺がこの世界に転移してきたポイントとほど近いではないか。  既に、遠目ではあるが王城が見えている。 「王子様!」  慌てた様子で、町人がジーヴルを呼び止める。  ジーヴルがサンダルの手綱を引き、歩みを止めさせる。  俺も隣でエベーヌを停止させた。 「フルニエさん。お困りですか」 「はい。王子様の氷魔法で解決してほしいことがあって……」 「すぐ行く。トラゴス、待っていてくれ」  ジーヴルは下馬して、フルニエの家へと向かって行く。 「では俺は、馬に水分補給させておく」  ジーヴルの背中に呼びかける。 「うむ、頼んだぞ」  ジーヴルの了承を得たところで俺も下馬し、通行人に話しかける。 「すまん。この近くに馬が水を飲めるところは無いか」 「あの通りの裏手に、共用の井戸がありますよ」 「そうか、ありがとう」  早速、二頭を連れて井戸を目指す。    む、何か声が聞こえる?  耳を澄ませてみると、怒鳴り声のようにも聞こえる。  しばらく路地をうろついて、やっと怒鳴り声の主を見つけた。  がたいの良い男二人組が、角のある少年を行き止まりに追い込んで、低い声で怒鳴りつけている。 「何の騒ぎだ、貴様ら」  俺が話しかけると、男たちはバッと振り向いて俺を睨みつけてきた。 「魔人? こいつの仲間か?」  角がある繋がりで、俺が少年の仲間だと思ったようだ。 「いや、別に」  俺は正直に否定する。 「関係無いなら引っ込んどけ!」  彼らの手に炎が宿る。  こいつらも炎魔法の使い手か。 「馬は繊細な生き物だ。  近くで騒がれると迷惑なのだよ」  サンダルとエベーヌを待たせて、俺はラスボスらしく堂々と男たちに近付いて行く。  俺も、手に炎をまとわせた。    昼間でも薄暗い路地裏で、炎に照らし出された俺の顔を見て、男たちは息を呑む。  俺に恐怖を抱いたか? 恐れられること自体が久々なので、こんな三下相手でも少し嬉しいぞ。 「そもそも何故、この子を追い詰めていたのだ」  ボコボコにする前に、一応事情くらいは聞いておいてやろう。 「こいつが持ってる素材が今すぐ必要なんだ!」 「何故に?」 「薬に使うんだ」  男たちの主張に、俺はハッとする。  まさか、病身の母のために……とかか? 「薬学の宿題が出てたのに、提出物を作るのをすっかり忘れてて……!」 「提出まであと一時間しか無い!」  続けて彼らが言ったのは、そんなことだった。  心配して損した! 「潔く先生に謝れ!」  二人を吹っ飛ばした俺に、角のある子どもがちょこちょこと寄ってくる。 「あ、ありがとうございます」 「構わん」  素材を大事そうに抱えて表通りへ走っていく子どもを見送っていると、向かいからジーヴルがやって来た。 「まだここに居たのか。井戸を見つけられなかったのか?」 「そんなわけあるか。俺にも色々あったのだ」  改めて、二人と二頭で井戸に向かう。  しかし……魔人、か。  アンジェニューも初対面の時、俺のことを魔人さんと言ったことがあった。  魔人という角のある種族が、この乙女ゲーム世界には居るらしい。  RPG世界では、俺を魔人と呼ぶ者は無かったが……。  俺はその種族に含まれるのだろうか?  よく分からんが、あまり興味も無いな。  どう分類されようが、俺は俺だ。  井戸で休憩し、そろそろ出発しようとしたところで、急に空が暗くなってきた。  和やかに喋っていた町の人々が散り散りになり、建物内へ駆け込んで行く。 「な、何だ? まさか、俺のラスボスオーラに天候が応えてくれたのか?」  そうだ、このトラゴス様に晴天なんて似合わない!  ラスボスといえば夜か悪天候に出現するものだと相場が決まっている!  俺は嬉しくなって手を広げる。  しかしジーヴルは冷静だった。 「大雨イベントだ」 「おおあ……え?」 「ゲーム上では、ダンジョン内の環境を変えるというだけのランダム発生イベントだが、その間キャラクターは行動出来なくなる。  予定外だったが、この町に泊まろう」 「う、うむ……」  土地勘のあるジーヴルが駆け回り、宿を見つけてくれた。  それでも間に合わず、二人して激しい雨に降られてしまった。  馬を宿の厩舎に預け、宿の一室に辿り着いた時には、無駄に疲れていた。  ジーヴルは早速びしょ濡れの服を脱いで、備え付けの部屋着に着替える。  上下セパレートの、柔らかそうな部屋着だ。  襟や袖口、裾などもゆったりしていて、身体を締め付けるものが何も無い。 「トラゴスも着替えろ」  ジーヴルが俺のぶんの着替えを渡してくる。  そう言われても……。 「ラスボスたるもの、簡単に肌を晒す訳にはいかん。  そんなゆったりとした服など、着れる訳がない」  俺は寮室で着る部屋着さえも、襟の詰まったものを着ている。  それはひとえに、俺のラスボスらしさを守るためだ。 「ラスボスには威厳が大事なのだ。  しどけない姿をホイホイと晒してたまるか」 「私が夜伽を頼んでも、そう言って断るのか?」 「そ、そうだ!」  むしろ、俺がジーヴルと付き合いたくない理由の大半が、ラスボスとしての誇りを保つためだ。 「しかし着替えないと、また風邪をひくぞ」 「そんなもの、炎魔法で乾かしてやる!」  俺は念じるが、魔法は全く発動しない。  あ、あれ?  MPはまだあるのに……。 「宿に魔道具が設置してあるようだ。  派手な魔法が封じられている」 「くそっ……」  ……仕方ない、着替えるか。  せめてジーヴルには見えないところで着替えよう。 「絶対に入ってくるなよ!」 「はいはい」  念を押して、脱衣所へ引っ込む。  着替えてみるが、スースーしてなんとも落ち着かない服だ。  脱衣所を出ると、ジーヴルの方を見ないようにしながら窓辺のロッキングチェアに座り、雨に打たれる外界を眺める。  窓にも雨粒がぶつかってくるせいで、いまいちよく見えないが。 「トラゴス。  伴侶になってくれれば、必ず幸せにする」  後ろからジーヴルに語り掛けられる。 「私は、自分が気に入ったものは絶対手に入れないと気が済まない性格でな」  うむ、やはりとんでもない性格をしているな、この王子! 「強引にしすぎて、怖がらせてしまったかもしれんが」 「怖がる訳が無いだろう!?」 「そうだったな、すまない。  とにかく私は、トラゴスを誰よりも幸せにする自信があるから庇護下に置きたいのだ」  わがままな奴だな……!  しかしジーヴルの信念は、わりと筋が通っている。  やたら強気なのは、自信の現れだったか……。  その時、俺の視界を何か黒いものが掠めた。 「うおおっ!?」  悲鳴を……いや違う、戦闘開始の雄叫びをあげながら俺が立ち上がると、ジーヴルが手出ししてきて、その黒いものを包み込んだ。 「君も雨宿りか」  手にしたものに、ジーヴルは話しかける。  それは黒いアゲハチョウだった。  な、何だ……虫か……。 「だがトラゴスが驚いてしまうのでな。  少しここに居てくれ」 「驚いてないぞ」  ジーヴルは氷で虫籠を作り、そこに蝶と、餌となる砂糖水を入れる。  俺が蝶に目を奪われていると、そんな俺をジーヴルはじっと見ていた。  ジーヴルは隠れているつもりかもしれないが、山羊並みの視界の広さを持つ俺には、じっとこちらを見つめる姿が見えている。 「君は虫が好きなのか苦手なのか、どっちなんだ」  突然、そんな質問をされる。 「どちらでもない。  ただRPG世界に居た頃は、俺が近付くだけで森が一つ枯れ果てたからな。  虫が寄ってくるはずもなかった。  だから少し珍しくてな」 「そうか」  その後少し沈黙が流れたが、再びジーヴルの方から話しかけてくる。 「トラゴス」 「今度は何だ」 「……それ……なのだが……」  ジーヴルが指差す方向を見ると、俺の上着とズボンの隙間から、白いふわふわの尻尾がはみ出している!  実はRPG世界に居た頃から、山羊の尻尾はモデリングされていた。  しかし没案になり、消去することすら忘れられて、服の下に押し込められたのだ。  一度ジーヴルにパンツの中を見られた時は、尻尾を上に丸めていたので見つからなかったようだ。      ゆるい部屋着を着たばかりに、虫に驚いた……いや、虫を敵襲と誤解して臨戦態勢をとった際に、うっかり出てきてしまったようだ。  別に隠していた訳ではないが、ジーヴルのやたらキラキラした瞳を見ると……何やら面倒なことになってしまったな、と悟る。  ジーヴルは掴みかかるような手をこちらに向けて、じりじりと近付いてくる。 「尻尾があったのだな……。触っても良いか?」  言うと思った……!

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