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第16話

 最も無害そうだった少年が犯人という結果に、みんなざわつく。 「私に分かるのは、自分が犯人でないということだけだ。  しかし、それでも信じられんというか……」 「幻覚魔法使いと、封印、記憶喪失。それに何の関係が?」  デゼールとティレも不思議がっている。 「そもそもヴェルティージュの魔法は、幻覚魔法ではない」  俺はビシッと言い放つ。 「君、何言ってるの?  さっき僕の作った幻覚を体験したよね?」  ヴェルティージュはおどおどと、少し不快感をにじませながら言った。 「ジーヴルルートでも、ヴェルティージュは幻覚魔法使いとして登場したはずだよ?  私にはその記憶がある」  ルルはあくまでも公平に証言する。 「もちろん、幻覚を見せるという使い方が多かったのは事実だろう。  だから周りが勝手に、ヴェルティージュを幻覚魔法の使い手だと誤解したのかもしれない。  しかも本人は、敢えてそれを訂正しなかった。  その方が何かと都合が良いから……例えば悪事を働く時には」 「他の魔法を応用して、幻覚を見せている。  ヴェルティージュの魔法の本質は、別にあるということか」   さすが、ジーヴルは話が早い。  それでこそ俺のライバルだ。 「ジーヴルルートの途中でその事実がルルに発覚する、というのが、このゲームの見せ場の一つだったのだろう。  ルルの記憶と噛み合わないのは、そういう理由だ」 「私の有利になる記憶は消去されている……なるほど」  俺の推理を聞いて、ルルは納得してくれたようだった。 「ヴェルティージュの魔法は、幻覚というよりは……そうだな、洗脳魔法とでも言うべきか。  相手の眼球にコンタクトの要領で、脳波を狂わせる文様を貼り付けているのだ」 「だから目薬で文様を洗い流したんだ!  さすがトラゴスさん!」  看護師見習いの魔人がはしゃいだ。 「医者に見抜けなかったのは、ジーヴルの目を覗き込んだ者にも文様の効果が作用し、文様を認識出来ないようにさせられるからだ。  以上が俺の推理だが、どうだ? ヴェルティージュ」  するとヴェルティージュは、軽くため息をついた。 「……観念しました。  よくぞ今の戦いで、そこまで見抜けましたね」 「動機は?」  ジーヴルが訊ねると、ヴェルティージュは素直に答える。 「王子様のことが好きだったから……」 「好きだったから、俺からトラゴスの記憶を奪ったのか?」 「それはついでです」  ついで?  ヴェルティージュにとっての恋敵である俺をジーヴルに忘れさせる以上に、何の目的があると言うのだ? 「王子様が弱くなれば、魔王は王子様に興味を無くすと思いました」  ……え?    しかし、そう考えるのも自然か……。  強くて恐れを知らないジーヴルを絶望させるというのが俺の目標。  ジーヴルが弱くなれば、俺がジーヴルに関わる意味など無い……のだから。 「王子様をとことん弱らせて、誰にも見向きされない存在に貶めて……自信を失ってひとりぼっちになった王子様を、僕が守ってあげるつもりでした」 「それがお前の計画か?」  つい口を挟んでしまった。 「ええ」 「実にくだらんな」 「くだらない……?」  俺の言葉は、何やらヴェルティージュを怒らせたようだった。  可愛らしい顔を歪めて、ヴェルティージュは俺に食ってかかる。 「君が好きなのは王子様の強さだけだろう!?  王子様が本当の本当に魔法を使えなくなったら、君は見捨てるんじゃないか!?」  俺が思わずジーヴルの方を見ると、目が合ってしまった。  エメラルドのような瞳には、悲しみや不信など一つも浮かんではいない。  ただ真っ直ぐに俺だけを見ていた。  こいつは、そういう奴だったな。  俺も俺らしく、思ったことを言おう。 「俺のことはどうでもいい。  ただ、ジーヴルは魔法の勉強を日々頑張っている。  俺はそれを、短いながらも見てきた。  その努力を単なるエゴで台無しにするお前の根性は、実にくだらんぞ」  ヴェルティージュはまだ何か言い返そうとしたようだが、無視した。 「俺が出来るのは推理までだ。  裁きは国に任せる」  闘技場を出て行く俺に、王と王妃、看護師見習い、デゼールやティレといった面々からの喝采が降り注いだ。  悲鳴の方が嬉しかったが、まあ良かろう。 「ありがとう、ビケット」  ジーヴルが隣で囁いた。  俺はハッと笑って、ルルとアンジェニューを指差す。 「礼なら、あの二人に言え。  ルル、アンジェニュー、ご苦労だった。  ジーヴルが何か奢ってくれるそうだぞ」  こうして俺たちは無事、魔法と記憶を取り戻したジーヴルを連れて学園に帰還したのだった。  数日後。  学園の外廊下を歩いていると、カフェテラスにルルとアンジェニューを見かけた。  丁度、アンジェニューに返さねばならない資料があったのだ。  二人の元に駆け寄った俺は、ルルの隣に居る男を見て思わず叫んだ。 「何故ヴェルティージュが居るのだ!」 「うるさっ……編入したんだよ」  ロジエ魔法学園の制服を着たヴェルティージュが、心底うっとうしそうに俺を見上げた。 「私のハーレムに加えたから、呼び寄せたの」  ルルが泰然とした態度で言う。  待て。 「ルルの!? ハーレム!?」  訊き返すと、ルルはとても良い笑顔で答えた。 「ゲームがバグってシナリオを外れた今、私がやりたかったこと……。  それは推しキャラを集めたハーレムを作ること!  ヴェルティージュくんのこと、ジーヴルルートの時から気になってたんだよね。  可愛いけど影がある感じが推せるの。  やっぱりヤンデレ属性だったとは、私の見立てに狂いは無かったみたい。  攻略対象じゃないのが勿体ないくらいの良キャラで~」  ルルがめっちゃ早口で語っている。  こ、この俺が、乙女ゲームのヒロインに恐怖させられている……! 「こんな騒動を起こした僕にまで優しいルル様こそ、まるで聖女です……」  ヴェルティージュはルルを拝んでいるし。  カオスすぎる。  いや、それより! 「アンジェニューは納得してるのか!?」  ルルはアンジェニュールートに入ったはずではなかったか?  俺がアンジェニューの肩を掴んで叫ぶと、彼はのんきにうなずいた。 「勿論、納得してるから付き合ったんだよ」 「器広いな、お前……!」 「愛の形は色々だからね」  ルルの大胆な一面を知ってしまったが……まあ、みんな幸せそうだから良いか。  お前が好きなのはジーヴルの強さだけだろう…… ヴェルティージュにそう言われた時、確かにカチンときた自分がいる。  そもそもジーヴルのことなど好きなどではない、はずなのに。  あの時、俺の脳が連想していたのは、ジーヴルの笑顔だった。  俺はジーヴルを怖がらせたいはずなのに……。  全く意味が分からない。  寮室に戻り、薔薇の香水を手首に吹きかけてみた。  王城から帰る道すがら、こっそり購入したものだ。  ジーヴルの腕の中で嗅いだものと同じ、薔薇の香り。  しかし一人で嗅ぐ薔薇は、いまいち心が躍らなかった。  俺が魔法陣から火球を放つと、名も知らぬモブ生徒はあっけなく被弾してダウンした。 「そんな実力で、この俺に言い寄るとは。  ずいぶん見くびられたものだな」  モブを見下ろしながらつぶやく。  この世界のモブは、ちょくちょく俺をナンパしてくるのだ。  ジーヴルが甘ったるい台詞で俺を誘うのに対し、モブ共はゲスな台詞を吐く。  しかも弱くて戦い甲斐が無いときた。 「ひぃっ……」  恐れをなしたモブが逃げて行くが、あんな奴ごときに恐れられても全く楽しくない。  ジーヴルという大目標の前には、あんな雑魚の絶望顔などかすんで見える。  しかし、ジーヴルを恐れさせることはまだ出来ていない。  どうしたものか……。 「僕とか王子様に比べると十人並みの顔してるくせにさ、追いかけ回されて大変だね」  唐突に声を掛けられる。  背後に居たのはヴェルティージュだった。  てかお前、なんかキャラ変わったな。  おどおどした奴だと思っていたが、こっちが本性か。 「でも勘違いしない方が良いよ。  君は魔人だから、都合のいい遊び相手になると思われてるだけ」 「はあ……」  ヴェルティージュの言いたいことがよく掴めず、俺はその場に立ち尽くして話の続きを待つ。  するとヴェルティージュが、信じられないといった感じで俺を睨んだ。 「まさか君……魔人のこと、よく分かってない?」 「角の生えた種族だろう?」 「魔人の特徴は角だけじゃないよ」 「え……そうなのか」 「はあ……面倒だけど、無知のままじゃ可哀想だから教えておいてあげるよ」

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