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第15話

 ゴーレムの巨大な拳が、俺の頭上に迫る。  逃げの一手など、俺らしくない。  こちらも拳で反撃だ!  俺は立ち止まると身をひるがえし、ゴーレムに殴りかかる。  しかし俺の拳は、砂をすり抜けてしまった。  予想外の空振りで隙を見せてしまい、がら空きになった背中をゴーレムに強打される。  こちらからの攻撃はすり抜けるのに、向こうが攻撃してくる時はガチガチだなんて……なんて都合のいい魔法なんだ!  これが砂魔法の真骨頂ということか。  ちらっと客席を見上げると、ジーヴルがこちらを睨みつけていた。  しかしそこに、嫌悪などは感じない……どちらかというと、驚きの感情といったところか。  ジーヴルからすれば、見ず知らずの不審者である俺がジーヴルのためなどと言って戦っていること自体、意味不明だろう。  まあ、待っていろ。  すぐに、元のムカつくジーヴルに戻してやる!  俺は新たな魔法陣を出現させる。  するとゴーレムが赤くなって溶けはじめた。  溶けた身体はすぐに冷えて固まるが、その頃にはゴーレムはもう砂ではない。 「ガラス化だと!?  こんな高温の炎魔法……見たことが無い!」  砂魔法使いのデゼールには、すぐに状況が飲み込めたようだ。  そう、俺の炎でゴーレムをガラス化したのだ。 「ガラス化に必要な温度は、キュリー温度の数倍は高いはず。  恐ろしいパワーだな、魔王トラゴス」  ティレが嬉しいことを言ってくれる。  その隣で、ヴェルティージュは俺を恐怖の表情で見ていた。  無理もない。 「いくら原料が砂でも、ガラスを操る魔法なんて無いぞ……!」  デゼールが焦っている。    そう、それこそが俺の狙い!  しかもガラスならば、砂のように攻撃を受け流すことは出来まい。  俺がゴーレムを蹴ると、あっけなくヒビが入り、一体また一体と崩壊していく。  その時、まだ壊せていなかったゴーレムが、カタカタと音を立てて動いた。  ガラスのゴーレムが動きだし、単純な動きしか出来ないものの隊列を組んで、俺を追ってくる!   「ガラスも炎と同じ反磁性の物質。  私の支配下だ」  ガラス化したゴーレムを動かしていたのは、ティレだった。  磁力に関する知識は、やはりティレの方が一枚上手だ。  ガラスのゴーレム隊列の向こうから、デゼールは砂の槍を撃ってくる。  俺も炎を撃って対抗し、射撃対決になった。  ゴーレムを壊す隙が無い。  こう着状態……どころか、俺が闘技場の隅に追い詰められつつある。  しかし本当の問題は、ジーヴルの魔法を封印して記憶を奪った犯人だ。  いかにも無害そうな性格と魔法のヴェルティージュは、もはや除外しても良い気がする。  だが、砂や磁力でどうしろというのだ?  脳の電気信号を磁力で狂わせる、とか?  そんな馬鹿な。  脳はフロッピーディスクではないのだぞ。 「や、やめましょうよ! あの人ボロボロじゃないですか」  ヴェルティージュが俺を心配して叫んでいる。  しかしデゼールもティレも、攻撃を止めない。 「かかってこい、でないとお前を犯人と決めつけてやるぞ!」    脅してやると、ヴェルティージュは仕方なく幻覚魔法を発動させた。  俺の周囲を、濃い霧が覆う。  えらくリアルな霧だが、これが幻とはな。  本人は戦闘に消極的だが、実力は申し分ないらしい。  霧の向こうに迫る、ティレとデゼールの影が見えた。  すぐさま炎を放ち、影に命中……させたはずなのだが、ティレとデゼールはびくともしない。  まさか、あれも幻覚!?  驚いているうちに、霧の中の人影は増えていく。  どれが本物か分からない!  急に背中に衝撃が走り、俺は前によろめく。  本物のティレは背後に回り込んでおり、砂鉄のナイフを飛ばしていたのだ。  どこからかデゼールが砂の矢を飛ばし、俺のみぞおちに叩き込んできた。  舞い上がった砂が目に入り、視界まで奪われる。  やばい、何も見えない!  勘をたよりに攻撃を避け続け、やっとのことで涙が砂を洗い流してくれた。  砂魔法もなかなか恐ろしいな。  目を開いた時、違和感に気付いた。  俺の周りを取り囲む無数の人影が崩れている……。  しかし二つだけ、崩れていない影がある。  あれが本物のデゼールとティレだろう。  まさか、前提が間違っていたなんて。  しかし謎は解けた! 「ジーヴル、今すぐ目薬を差してみろ!  念入りに何回もだ!」  俺が言うと、ジーヴルは冷たい表情を向けてきた。 「知らん奴の指図を受けると思うか?」 「いいから!」 「何か分かったのですか?」  ティレとデゼールは攻撃の手を止め、ヴェルティージュも幻覚を解除した。  看護師見習いの魔人が、薬箱から目薬を出す。  それで何度も目を洗い流すうちに、ジーヴルの表情はだんだん驚きに変わっていった。 「……トラゴス……」  ジーヴルはそうつぶやくと、闘技場に飛び降りてきた。 「私は何故、君のような大切な人のことを忘れていたんだ?   可愛いビケット、許してくれ」  怒涛の歯が浮く台詞と共に、きつく抱き締められる。  俺をビケットと呼ぶということは、記憶を取り戻した証だ。  ジーヴルから、薔薇のような香りが漂う。  ジーヴルが俺を忘れていたのは一瞬だし、そもそも俺がこちらの世界に来てからたいした月日は経っていないのに、なんだか懐かしく感じる。  もう少し、この香りの中でじっとしていたい……。  いやいや、駄目だトラゴス!  そんなに薔薇の香りが好きなら、帰りに香水でも買って帰ろう!? そうだろ自分!  ジーヴルの香りだから好ましい、だなんて、そんなことは絶対に無いのだから! 「やめろ、人がせっかく格好良く推理している時に!」 「君のおかげで記憶も魔法も戻った。ほら」  もがく俺に、ジーヴルは一瞬で手の上に雪だるまを作って見せびらかしてくる。 「分かった、分かったからちょっと待っててくれ」  どうにかジーヴルを振り解いて、俺は話し始めた。 「結論から言う。犯人はヴェルティージュだ」

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