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第19話

「行きなさい!」  ジョリーの声が響くと共に、力がみなぎってくる。  強化魔法を付与された感覚だ。 「よし!」  俺やジーヴルはドラゴンに魔法を撃ちまくる。  しかしドラゴンはびくともしない。  攻撃を避けつつ、自分で自分の炎に焼かれることを覚悟で炎魔法を繰り広げる俺にジーヴルが叫んだ。 「無理はするな、トラゴス!」  こんな緊急事態なのに、ジーヴルの真剣な訴えを聞くとつい顔が熱くなった。 「うるさい、お前は自分の心配だけしていろ!」  俺は無愛想に言い返す。  あれこれ言いすぎると、ドラゴンに立ち向かうみんなの士気を下げてしまうので黙っておくが……あのドラゴンは、陸海空どころかマグマの中や真空でも活動出来るほど強靭だ。  つまり、地形を利用して罠にはめるなんてことも出来ない。  本当にゴリ押ししか通用しない相手だ。  もちろん、RPG世界に居た頃の俺なら余裕で倒せたがな。  ただ、このドラゴンは俺と違い、乙女ゲーム世界に転移した時に魔力が減らなかったようだ。  俺の放った炎に向かって、ドラゴンが息を吹きかける。 「馬鹿め、そんなもので消えるか!」  魔王トラゴスの炎魔法を舐めているようだな!  しかし予想とは裏腹に、炎は爆発的に広がって俺の視界を覆った!  まさかあの息、引火性のガスが含まれているのか!? 「炎魔法を逆手に取られた……!?」  炎に囲まれて何も見えない俺の背中に、強い衝撃が走った。  ドラゴンの尻尾で殴り付けられたのだ!  学園の端まで吹っ飛ぶかと思われた俺の体は、空中で静止した。  誰かが足を掴んでいる?  見ると、足首に氷がまとわりついていた。  氷は地面から樹のように伸びており、その根本にはジーヴルが息を切らしながら立っていた。  ジーヴルが氷魔法で助けてくれたのだ。  氷が解除され、俺は軽く地面に降り立つ。 「確かに相手は強力だが、無茶だけはしないでくれ」  ジーヴルは眉間にしわを寄せながら言った。 「俺にとってこの学園は、お前を恐怖のどん底に叩き込むためにある。  それを荒らされてたまるか」  俺が突っぱねると、ジーヴルは何故か嬉しそうに目を細めた。  本当に何故だ!?  そんな顔をされると、こっちまで顔が緩みそうになる。 「ほら、さっさとドラゴンをどうにかするぞ!」  ジーヴルを見ないように、俺は走り出した。  戦場に戻って来て皆のステータスを見てみるが、揃いも揃ってMPがジリ貧だ。  俺もジーヴルも、例外ではない。  特に、何故かMP消費が激しいキャラクターのジョリーは……。  その時、空に魔法陣が浮かんだ。  魔法陣から、燃え盛るもの……隕石が降ってくる! 「これでどうにか……!」  教師の一人が、魔法陣と学園を遮る形でブラックホールを生成した。  ブラックホールは、絶え間なく隕石を異空間に飛ばし続ける。  彼は歴史を教えているノワールだ。  ノワールのMPはゴリゴリ削れていき、先ほどドラゴンの攻撃を食らっていたためHPも少ない。  脂汗を流しながら、ブラックホールを維持している。  かつてなく酷い状況だ……。   「トラゴス、凄く大事なことに答えてほしいんですの」  唐突にジョリーが言った。  その声は、あずまやで聞いたそれよりも凛としている。 「構わんが」 「貴方は、角のせいで精力を吸うと誤解されて……どう思いました?」  質問の意図は分からんが、とりあえず答えよう。 「面倒だな、と……」 「それだけですの?」 「ああ。悪いのは俺の角ではなく、勝手に誤解している人間たちだろう?  誤解を解くのは面倒だが、俺は他人の目にも、自分の角にも振り回されるつもりは無い。  それが、俺が思う魔王トラゴスらしさだからな」 「……そうね。ありがとう、トラゴス」  ジョリーは服の胸元からペンダントを引っ張り出すと、金色のチェーンを掴む。 「私たちでカルムの恋を手助けしたことがあったでしょう?  カルムは最初こそ小細工していたけれど、最終的にはアンブルを守るためにありのままの自分を長所も短所もひっくるめてさらけ出した。  アンブルはそれを認めたし、カルムもアンブルの敬意を受け止めた。  凄く……羨ましかったのよ」  ジョリーがそんな思いで彼らのデートを見守っていたとは。 「それに、トラゴスのそういうところにも憧れますわ。  私も、なれるかしら……悪役令嬢じゃなく、なりたい自分に」  ペンダントを外すと、ジョリーの姿が変化した。  角のある姿……魔人に。  戦いを見守っていた者は、突然現れたジョリーの真の姿にどよめいた。 「魔法道具で角を隠してたのか……」  隣でジーヴルが呟く。 「そうか、常に魔法道具を使い続けていたからジョリーはやけにMP消費が激しかったのだな」  やっと俺の中で納得がいった。 「淑女として、精力を吸うと誤解されながら生きるのは苦しかったですわ。  でも魔人として受けた生を恨んだことは一度もありませんの。  生まれ持った角を隠すことなく生きたかった。  魔人だろうと何だろうと、ジョリー・ヴァンクールを認めて欲しかった。  角を隠すことにMPを消費して、肝心な時に友達を守れないなんて……それは私がなりたい自分じゃありませんわ!」  何もせずともジョリーのMPが減少していたのが、ペンダントを外したことで止まる。 「トラゴス、貴方の攻撃力に賭けますわ」  ジョリーが残りのMP全てを使って、俺を強化してくれる。 「ビケット、この剣を持っていけ。  ドラゴンが吐いた可燃ガスを氷状に固めて成形したものだ」  ジーヴルが剣を渡してくれる。 「任せろ」  剣を受け取り、俺は地を蹴るとドラゴンに飛びかかった。  俺も残ったMP全てを使って魔法陣を無数に展開し、炎を放つ。  ドラゴンの炎と、俺の炎が正面からぶつかり合う!  ジョリーに強化してもらった炎はドラゴンの鱗を溶かし、初めてドラゴンの皮膚が見えた。  皮膚にジーヴルからもらった剣を突き刺し、剣に炎を送り込むと、次々に引火していきドラゴンの体内にも攻撃が届いた!  ドラゴンの瞳孔が、恐怖で広がるのが見えた。  みるみるうちにドラゴンは小さくなり、小型犬くらいのサイズにまで縮む。  俺は目を回してぐったりしているドラゴンを抱えて着地した。  俺たちは、この危機を乗り越えたのだ。 「貴様も災難であったな。  俺もこっちの世界に来てから災難続きだぞ。  ジーヴルとかいう俺様王子に求婚されてなあ」  回復魔法使いに傷を塞いでもらったドラゴンを膝の上に乗せて撫でながら、俺は愚痴る。  まあ、隣にその俺様王子が座って、ドラゴンを心底羨ましそうに睨んでいるのだがな。  な、なんて低レベルな嫉妬なのだ……。    近くでノワールの手当てをしているルルに、ジョリーが近付くのが見えた。 「悪かったわ、ルル。  私はずっと、魔人ってことに誇りと同じくらいコンプレックスがあって、悠々と振る舞う貴女が眩しくて……だからどのルートでも悪役令嬢として貴女を貶めてきた。  貴女は覚えていないでしょうけど、それはもう非道な手段で……」  謝るジョリーに、ルルは微笑む。 「いいの。  角のあるジョリーを見て、他のルートでの記憶がちょっと蘇ったんだ。  それでも私は、幸せになるために努力するジョリーのことが好き。  コンプレックスを感じるのは、ジョリーが気高くて理想を求めてる証拠だよ」  空気を読んで、治療を終えたノワールは去って行った。  向かい合うルルとジョリーを、雲間から覗いた月明かりが照らしている。  特にジョリーの角は、月明かりを受けてひときわ輝いている。  魔人であることを包み隠さず生きていくことを決めたジョリーに、この先魔人であることが原因の面倒が降りかかるかもしれない。  しかしジョリーはこの選択を後悔することは無いと思う。  ルルのような良い友人が、そして俺のような最強の学友が付いているのだ。  後悔などさせるものか。 「さっきジョリーに聞いた。  私も、魔人が人間の精力を吸うと思っていた一人なのだ」  ジーヴルは俺の前にひざまずいたかと思うと、頭を下げてきた。 「私はトラゴスが疲れている時……ズボンを脱ぎ、精力を与えようとしていた。  トラゴスが魔人だと思い込んでいたのもある。  トラゴスにも魔人にも失礼なことをしていた。  本当に済まなかった」 「いや、ジーヴルも魔人の生態が誤訳されてたなんてこと知らなかったのだろう?  良かれと思ってやってくれたのは分かっている」    そう。絵面は酷いが、あれは全て俺のためだったのだ。  ジーヴルのやつ、案外誠実なのかもしれない。 「いいから顔を上げろ」 「せめて今後は王子として、魔人が生きやすいように尽力する」  顔を上げて誓うジーヴルの、王子らしく高貴なオーラに、思わず息を呑む。  俺は何をまた感慨にふけっているのだ!?  ジーヴルは恐怖させるべき対象だ!  恋をする相手ではないのだ! 「ど、ドラゴンの体調は良さそうだな。  RPG世界に返しても問題無いだろう!」  俺はドラゴンを抱きかかえて立ち上がると、取り残したジーヴルに振り向くことなく、カルムとアンジェニューを探しに走った。    ドラゴンは、カルムとアンジェニューが再び召喚したクウランにRPG世界へと送り届けてもらった。  ラスボスの俺とは違い、ドラゴンには敵キャラクターとして勇者たちに何度もエンカウントして立ちはだかるという役目がある。  そういうプログラムだからな。  とりあえず、全てはあるべきところに収まったようだ。  後日、魔人に関する誤訳について、王家からお触れが出た。  これで魔人が暮らしやすくなれば良いのだが。  実際、俺がナンパされることは無くなった。  口実が無くなっただけで、こんなにも寄ってこなくなるものだ。快適快適。 「トラゴス。私と決闘して、私が勝ったらデートしてくれないか」 「お前っ……決闘と言えば俺が逃げないと分かっていて……!  卑怯だとは思わぬのか!?」 「思わない。で、逃げるのか?  勝つ自信が無くて、デートから逃れられないと分かっているから受けてくれないのだな?」 「くそっ、受けて立つ!」  それでも……ジーヴルだけは相変わらず熱心だがな。  最近、学園がなんとなく浮かれている気がする。  乙女ゲームらしい平和なイベント…… ガトー祭が近付いてきた。  好きな人にお菓子を贈るという、現実世界でいうバレンタインデーを模したイベントだ。    まあ、俺には関係ないこと……だが……!  何故か脳裏には、ジーヴルの顔がちらついた。  だから、俺には関係無い……と……!  しかしある一つの恐ろしい可能性に辿り着いた俺は、町に出掛けてお菓子のレシピを買って帰ったのだった。
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