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第21話
なんてことだ。
乙女ゲーム世界に、RPGで俺を倒した勇者のみならず、聖女そっくりの女が現れた。
宙に浮いている女は手のひらを広げると、町めがけて光の球を撃ってきた。
俺は炎、勇者は光で障壁を作り球を防ごうとしたが、数人はかばうことが出来なかった。
球が当たった者は、その場で身体が棺に包まれてしまう。
町中に点々と棺が立っている様子は、あまりに異様だ。
RPGでよく見る、戦闘不能キャラの表現……にしては、まがまがしすぎる。
神職にお祈りしてもらっても、元に戻るとは思えない。
この攻撃にはそんなオーラがあると、魔王たる俺の勘が告げている。
「おい、お前のところの聖女闇堕ちしてるぞ!?」
俺が勇者を問い詰めると、勇者はかぶりを振った。
俺を引っ張って逃げながら、勇者は説明し始める。
「違う、あれは聖女本人じゃない。
あれは、トラゴスが死んだ後に始まる二周目で登場する裏ボス『コメディア』なんだ!」
裏ボス……だと?
あれが?
「裏ボスが聖女のコンパチキャラって手抜きすぎないか?
俺の後継として相応しいとは思えぬぞ。
見よ、この魔王トラゴスのラスボスらしいデザインを!」
「ポッと出の奴が務めるよりは熱い展開だろ!?
あと予算の都合とか色々あったんだ多分、察してやれ!」
「ねえ、コンパチって何?」
唐突に幼い声が議論を遮ってきた。
ぎょっとして振り向くと、俺たちの後ろをわたわたと付いてくる小さな姿があった。
看護師見習いの魔人だ。
狭い歩幅で、足がもつれそうになりながら走っている。
「コンパチってのは、CGモデルとかドット絵を色だけ変えて別キャラとして登場させることだ」
「そっか」
「ほら、さっさと逃げるぞ!」
もたもた走るのを見ていられず、俺は看護師見習いを担いだ。
コンパチだの何だのと馬鹿にしたが、コメディアとやら……先日のドラゴンとは比べ物にならない脅威だ。
コメディアが生まれた経緯を、勇者はぽつぽつと話し始める。
「恥ずかしい話、僕はトラゴスとの戦いがトラウマになっていた……」
「俺が相手なら仕方あるまい」
「ニヤけるな、腹立つ!」
勇者の肩をポンと叩いたら、まあまあ凄い剣幕で怒られた。
そんなにニヤけていたかな、俺。
「僕のトラウマが癒えるよう聖女は祈ってくれたんだ。
しかしその結果、人を魔法の棺に閉じ込めて、身も心も封印するという化け物……コメディアが生まれてしまった。
五感も思考も閉ざしてしまえば、トラウマを感じることも無くなると、あれは考えたんだ」
「コメディアは聖女の祈りにつけ込んだ邪神なのか?
それとも、聖女自身の心の闇とか?」
「それは分からない……。
もちろん僕たちのパーティはコメディアを倒そうとした。
だが戦闘画面で発生したバグにコメディアと僕と聖女が呑み込まれてしまって、この乙女ゲーム世界に流れ着いたんだ。
聖女は乙女ゲーム世界に着いてすぐ、コメディアに棺に入れられてしまった……」
あれ? よく考えたらこれ、俺が原因では?
俺が勇者にトラウマを与えなければ、こんなことになっていなかったような気がする。
……やはり俺には、ジーヴルの側に居る資格など無いのだな。
「とりあえずコメディアから離れたは良いが、この先どうすれば良いんだ。
乙女ゲームの世界で頼れる勇者的な人物は居ないのか」
勇者の問いに、俺は首を振る。
「残念ながら、平和な乙女ゲーム世界にそんなものは居ない」
「そうか……それもそうだな」
……結局、あそこに戻らなくてはならないのか。
俺は重い口を開いた。
「魔法学園なら腕利きの魔法使いが教師として多数在籍しているから、頼りになるはずだ。
生徒にも戦力になりそうな者が少なからず居る。俺とかな」
すると、勇者が吹き出した。
「ちょっ……トラゴス、こっちの世界で学校に通ってるのか!?」
「悪いか!?」
「悪くはないが、RPGに居た頃とギャップが強すぎて風邪を引きそうだ」
「諸事情あったのだ。暇があれば話してやる」
勇者と看護師見習いを連れて学園に戻れば、既に騒ぎになっていた。
教師のみならず、騎士や聖職者なども集まってきてコメディアへの対処を練っている。
側では戦う気満々で集まった生徒たちが、指示を待っているところだった。
そこにジーヴルの姿は無かった。
何故だ……?
俺がキョロキョロしていると、ジョリーが話しかけてきた。
「ジーヴルなら王城に行きましたわ。
王家にまで何かあれば、それこそ国民の士気は地に落ちますもの。
籠城して、王家の旗が倒れることだけは避けるという方針のようですわ」
「そうか」
俺が返事すると、ジョリーはけげんな顔をする。
「貴方、ジーヴルと何かありましたの?
ジーヴルもトラゴスも様子がおかしくてよ」
「気にする必要はない。
あいつとは、もう関わることも無いだろうからな」
「なっ……」
ジョリーが再び口を開きかけた時、ルルが駆けてきた。
「かなりまずい状態みたいだね。
アンジェニューとカルムが協力してクウランを召喚しようとしてるけど、何故かクウランが凄く遠くに居て呼び出せないみたい。
多分だけど、コメディアの力でゲームハードを追い出されたんじゃないかって」
「ゲームハードを追い出されたら……今頃、テレビの中か、コンセントの中にでも閉じ込められているのか?」
改めて、コメディアの強さにゾッとする。
「大変です! 謎の女が描いた魔法陣から、大量に雑魚敵が……」
水晶に町を映していた神官が叫んだ。
彼女が掲げた水晶に、皆が目をやる。
乙女ゲーム世界のあちこちに、道化師のようなモンスターが湧いたかと思うと、コメディアと同じ光の球を放って人々を棺に閉じ込めていく。
「女を倒せば、この道化師たちも消えるか?」
「ならば女だけに集中して攻撃すべきか」
「あの、僕はRPG世界からコメディア……この女と共に流れ着いた勇者なのですが」
相談している教師たちに、勇者が話す。
「道化師はコメディアの分身なんです。
コメディアを倒しても道化師は残り続け、そのうちの一体が新たなコメディアとしてHP、MP満タンで復活する。
戦闘画面で、この目で見ましたから」
俺もたいがいぶっ壊れキャラだったが、裏ボスも酷い性能をしているな。
あのRPG、さては難易度調整はクソゲーの部類に入るのでは?
まあ、そんなことはどうでもいい。
「戦力が分散することを覚悟で、雑魚敵にも対処しなくてはならないようだな」
騎士たちの中から、聞いたことのある声がした。
磁力魔法使いのティレだ。
彼も来ていたのか。
すぐに戦力が割り振られた。
RPG世界から来た俺と勇者はもちろん、コメディア本体に立ち向かうことになった。
ふと思い出して、ルルと同じく救護班に入ることとなった看護師見習いを呼んだ。
「これを預かっておいてくれ。
……大事なものなんだ」
「分かりました」
彼に預けたのは、ジーヴルからもらったお菓子だ。
大事なもの、か。
この期に及んで、そんなことを口走ってしまった。
しかし俺がそれを取りに戻ることは……無いかもしれないな。
コメディアは強すぎる……。
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