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【番外編】即落ち2コマ的SS ※R18

 ふたりが横濱に旅立つ、少し前のこと。  その夜、帰宅して風呂からあがった志千(しち)は、寝床にもぐっていつものように百夜(ももら)を抱きしめた。  くっつけば唇を重ねたくなるし、その先を求めてしまう。  百夜はまだ眠っていなかったが、この日は早々に手で口を押さえられ、拒否されてしまった。 「今日はだめだ。おあずけ」 「なななんで!?」   百夜からおあずけを食らうことはほとんどない。  むしろ、向こうからねだってくる日のほうが多いくらいなのだ。  少なからず動揺して返答を待っていると、 「明日、川に浸かるから」 「川ァ!? 撮影で?」 「そう、ラストの心中シーン。衣装が白い小袖で、濡れると素肌が透ける。白粉も落ちるから、身体に情事の(あと)をつけるなと釘を刺されているんだ」  志千を拒否したわけではなく、ちゃんとした事情があって安堵した。  しかし、それはそれとして、聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。 「濡れて透けるって、野外でそんな卑猥なことになんのかよ……絶対に見にいこ……じゃなくて! 冬だぞ!? 真冬!! 一月!!」  「雪の日に合わせた撮影だ。さすがに橋から落ちるのは人形だが、川から引きあげられて、おれだけ死んでる」 「(はかね)え〜……そりゃ似合う、けど!!」  百夜は顔だけが取り柄の売れない文士役で、雪が舞う橋の上で迎える心中エンドは、さぞ劇的で美しかろうと志千だって思う。  だが、役者だって生身の人間だ。風邪でも引いたらどうする。  そんな脚本を書いた桜蒔にも文句を言いたい気分になるが、あの劇作家が作品に妥協するはずもない。  なるべく先に帰り、部屋を暖めてやるくらいしかできそうもなかった。  それは、ともかく──今重要なのは、百夜からおあずけを食っている話である。 「そういうわけだから、今日はだめだ。心中前夜の濡れ場シーンも撮るしな。旅館の布団で抱き合っている事後の匂わせ程度だが、上半身は映る」 「えーじゃあさ、多少は吸い痕があったほうがそれっぽくね?」 「ヒロインは深窓の令嬢という設定だぞ。駆け落ち相手と一度きりの初夜で、貴様のような激しい痕をつけると思うか」 「令嬢だっていきなり獣みたいになるかもしれないだろ!?」  だんだん自分でもなにを言っているのかわからなくなってきてしまった。  我ながら往生際が悪いとは思うが、百夜の手首を掴んで、さらに提案を返した。 「もしかして、痕さえつけなきゃいいだけなんじゃ?」 「つけずにできるのか? 衣装部に散々説教されても、何度もやらかしているのを忘れたのか」 「う……。噛んだり吸ったりするのを我慢すりゃいいだけなのに、なんで絶対やっちまうんだろうな俺は」 「さあ、自分の胸に聞いてみろ。明日は暗くなるまで丸一日撮影で体力勝負なんだ。寝るぞ」  だめと言われると、したくなる。  滅多に拒否されないから、かえって興奮してきた──などと言ったら怒るだろうか。  だが、仕事に差し支えるなら我慢しなくてはならない。 「あ〜……できないとよけいにしたくなるんだよなぁ。起きて腹筋でも鍛えてこようかな」 「それで発散されるか? むしろいつも元気になっている気がするんだが」  志千は声量を維持するため日常的に体を鍛えているのだが、上演後ほどではないにしろ、運動したあとは軽く興奮状態になっていることのほうが多い。  百夜の言うとおり、逆効果かもしれない。 「でも、そのへん走って帰ってきて、先におまえが寝てたらさすがに手はださねえよ」    発散というより、諦めざるを得ない作戦である。  向き合って寝転んだまま、百夜は下から掬うような目線でこちらを見あげてきた。 「そんなに? そうまでしないといけないほど、おれが欲しい?」 「まあ、うん、はい……」  歯切れは悪いものの、素直に認めた。  薄く微笑んだ顔。  百夜は百夜で、志千の反応がちょっと楽しくなってきたらしい。 「明日立てなくなるのは困るからな。やっぱりおあずけだ。だが、どうしても精を放ちたいなら──」  起きあがって、布団のうえで片膝を立て、ぞんざいに座った。 「おれが見ててやる」 「見……? え!?」  一瞬なにを言っているのかわからず、釣られて起きあがる。  百夜の正面に座り、互いに向かい合う恰好になった。 「ただし、おれに触れるのは禁止だ」 「待った。もしかして、ひとりでしろってこと? おまえに見られながら!?」  べつに発散するのが目的ではなく、百夜に触りたいのだからそれでは意味がない。  でも、やたらと上機嫌な百夜を見ていると──  そういう楽しみ方をしたいのだと理解した。行為の一環である。 「ほら、早く。浴衣も脱がしてやろうか?」 「ちょっと、百夜……!」  普段はそれほど器用ではないのに、こんなときだけ決して肌には当たらない絶妙な手つきで、するすると紐帯を解いて脱がせてくる。 「止めるわりに、元気じゃないか」  満足げに志千の下半身を眺め、悪戯(いたずら)っぽい笑みをこぼす。  それはもう、百夜と共寝していたのだから、布団に入っていたときからずっと元気だ。  本当に見ているだけで、手を貸すつもりはないらしい。  どのみち一度ださなければ収まりそうもなく、しかたがないので、促されるまま自身のものを片手で握った。 「う……」  長いあいだ膨張していたそこは、すでに熱を持っていて脈打っている。  油断するとすぐにでも気をやってしまいそうなのだが、見られながらひとりでするのが好きなのだと誤解されても困る。  なんとか耐えるために意識を逸らそうとしても、恋人の視線が痛いほどに注いでいるのがわかって落ち着かない。  百夜を赤らめさせるのは好きだが、自分となるとちょっと違う。 「……なんか恥ずかしいから目ぇつぶっていい?」 「好きなようにしろ」    なるべくそこに百夜がいるのを考えないよう、瞼を閉じた。    最後に抱いたのはいつだったか。  撮影が佳境を迎えているため、ゆっくり会える時間が少なかった。  たしか一週間ほど前だったはずだ。  あの日、百夜は差し入れの異国製菓子が酒入りだと知らず、間違って口にしてしまったらしい。桜蒔に送られて(くるま)で家に帰ってきた。  そして志千の顔を見るなり、またたびを嗅いだ猫のように甘えてきて、(とろ)けそうな顔で泣きながら一晩中求めてきた。  ──あれ、すげえ可愛かったな……。  本人は酔っていたせいで覚えていないだろうが、あえて教えていない。  何度も絶頂に達し、頬を紅潮させて、自ら腰を押しつけてきたあの姿。 「ハァ……」  気分を抑えるために目を閉じたはずが、思い浮かべるだけで手元に熱が集まってくる。 「志千……なにを考えながらしている?」  いまにも気を放ちそうだった直前、突然百夜の声がすぐ近くで聞こえた。  目を開けると、鼻先が当たりそうなほど至近距離に、百夜の端正な顔があった。 「なにって……このあいだのおまえを思いだしてた。言わせんなよ」 「ずるい。浮気するな」 「ん!?」  さっきまでの上機嫌はどこにいったのか。一転して不満そうに口を尖らせている。 「おれを放ったらかして気持ちよくなっているなんて、志千の頭のなかにいるおれがずるい」 「なんで!? よくわかんねえんだけど!?」 「目の前にいるんだぞ。やっぱり、おれを見ながらしろ」  百夜はそう言って帯を解き、自分で浴衣をはだけさせた。  両膝を立てて座り直し、脚を少し開いた恰好を志千に見せつけてきた。 「これならどうだ? 見ながらしたくなる?」 「この状態でおあずけって、本気かよ……!?」  頭に浮かべた先週の記憶どころではない。  いくらなんでも挑発しすぎだ。  さっきまではただ放出してしまいそうなだけだったが、とにかく押し倒して、めちゃくちゃに抱き潰してやりたい衝動が沸き起こってきた。 「触りたい?」 「あたりまえだろ……」 「じゃあ、大事なところ以外ならいいぞ」  大事なところ以外?  つまり直接快感に繋がるところ以外、ということだろうか。 「……わかった。それでいいよ。先に言っとくけど、今回は煽った百夜が悪いからな」  今日は可愛い恋人の我儘(わがまま)に振り回されっぱなしだが──  志千は勝利を確信して、百夜のほうへゆっくり手を伸ばした。   「……んっ、あ、やぁ、そこ、だめ、あぁっ!! 焦らすな、しち……!!」 「だめ、やめない。おまえに言われたとおり、直接触ってないだろ?」 「でもっ、やだ、ずっとそんなのされたら、変になる……ん、はあっ──!」    肝心な箇所だけは避けて、その周囲だけを繰り返し、何度も何度も、指先で丹念になぞり続けていく。  最初は余裕そうだった百夜の声に、快楽の甘さが混じり始めるまで、そう時間はかからなかった。  唇の周り。胸の突起の周縁。  張りつめて勃っている百夜のものと、後ろに繋がるあいだの盛りあがった部分。  そして最奥にかろうじて触れない、白くて柔らかい肉。  全身を細かくくすぐって、やわやわと撫でる。    百夜は自分がどれだけ敏感な身体をしているのか、自覚が足りないようだ。  こんな勝負を仕掛けるなど、まるで飛んで火にいる夏の虫である。 「今日はおあずけだもんな? 明日は丸一日撮影なんだし。そろそろ中断して寝るか?」 「しち、やだ、も、むり……!!」  涙を流してうるんだ瞳。唇の端からもつうっと唾液が伝っている。  色白なせいで真っ赤に染まった全身の肌。  立てていた両膝を、内腿を両手で持ちあげるような体勢で自ら大きく開いている。  こんなに煽情的な恋人の姿を眺めて、冷静でいられるはずはないが、まだ決着となる言葉を聞いていない。 「しちの、欲しい……おねがい」 「どうしてほしいの? ちゃんとおねだりして?」    顎を指で掴んで少し上を向かせ、唾液で濡れた唇から漏れる甘い声を待つ。 「おれのここに、しちのをいれてほしい」 「それから?」 「も、もう……ぜんぶしちの好きにしていいから、ぐちゃぐちゃにしてほしい……」 「ん、いいこ」  唾液を舐めとって、唇をふさぐ。  下腹部に手を伸ばすと、先端から流れ続けていた体液で、百夜の最奥は濡れそぼっていた。  滑り込ませるように、中指を差し挿れる。前には触っていないのに生温い白濁が飛んだ。散々焦らしていたせいで、なかがひくひくと痙攣している。  本数を増やして、吸いついてくる内壁を擦った。  奥の弾力がある肉を、圧し潰して愛撫する。  ぽたぽたと液が滴り続け、緩やかな絶頂はいつまでも止まらない。  仰向けで布団に押し倒し、上に覆いかぶさる。  膝の裏を掴んでぐいっと百夜の脚を広げ、快感に耐える姿のぜんぶが見えるようにした。  気をやりっぱなしの最中に、最大まで膨らんだ自身のものを入り口にあてがい、何度か先をこすりつけたあとで一気に侵入し、突きあげる。 「──あ、ああっ!!」  悲鳴に近い嬌声。  百夜の腰を浮かせて脚ごと抱えるような体位は、正常位のなかでも接合部の密着度が大きく、かなり深く抉ることができる。    組み敷かれてぐちゃぐちゃに泣き濡れた百夜の綺麗な顔を見下ろしていると、下腹が(うず)いて、どれだけでも攻め立てたくなる。 「んっ……あ、しち、ぎゅっとしながら、なかにだして……」  最後の我儘は、とてつもなく可愛いもので──  口を塞いで舌を絡め、背に手をまわして掻き抱きながら、もっとも深い場所に温かい液体を吐きだした。  ***  二度目の精を放ったところで、ようやく冷静になった。  窓の外は、凍りつくような冷たい空気に満ちている。すでに時刻は深夜だ。 「百夜、大丈夫か……?」 「はぁ……はっ……なんとか」 「かろうじて痕はつけなかったぜ。褒めてくれ」  二回戦までで自制したのも相当偉い、と思う。    まだほのかにぬるい風呂の残り湯を桶に汲んできて、手ぬぐいで百夜の体を拭く。 「綺麗にしたら寝ような。目の下に(くま)とかできなきゃいいけど」 「生活苦と不摂生でやさぐれた美男の役柄だから、問題ない。撮影のときはそう見える化粧をわざわざしている」 「お、じゃあもう一回くらいしとく?」 「だめに決まっているだろう。立てなくなる」  念のため枕元にへそ型目覚(めざまし)をセットして、ふたたび布団へ。 「俺にこんだけトロトロに抱かれたあとで、女優と濡れ場の演技なんかできんの?」  きっと優越感に満ちた顔をしているだろうと、自分でもわかる。  撮影でどんなシーンがあろうと、百夜をこんなふうに抱いて、理性が飛ぶまで泣かせることができるのは、恋人である自分だけなのだ。 「最初はおれとしたすぎて、すがりついてきたくせに……勝ち誇るな」  途中で主導権を奪われた百夜は、拗ねた声で──  しかし満ち足りた表情で、志千の腕のなかで眠りに落ちていったのだった。

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