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第16話
祭りで盛り上がるシュワルダの城下町・ハイエンドは、夕闇迫るなかいっそう盛り上がっていた。
賑やかな街の中。ランタンが淡く灯り始める。
連なる屋台の人混みの中、一等ざわめいている所があった。皆一点を指差し沸いている。
「見てよ。あの踊り子、凄く美しいわ」
女性が指差しているのは、移動式演芸屋のステージだ。
このステージは特別な時にだけ開催されるダンスコンテストのものだ。年に数回しか開かれないこのコンテストには、訓練を積んだとびきりのダンサー達が毎度競い合っていた。
シュワルダ国外からも見物客が訪れる、名物コンテストなのだ。
屋外に設置された丸いステージの上に
弦楽器を奏でる音楽家達と、ひときわ目立つ一人の少女がいた。くるくる踊る姿はまるで妖精のようだ。ミルキィブロンドのロングヘアーが華やかに舞う。
「あ、あの子かい」
「ええ。何やら飛び入り参加した、街娘らしいのよ。ここにあんな綺麗な子がいたなんて知らなかったわ」
少女は人目を集める心得を知っているかのように次々と群衆を魅了していく。時々演奏者達に笑いかけながら、アイリッシュ音楽にあわせて楽しそうに踊っている。その見た目はただの街娘と思えない程高貴で華があり、
どこかの国の姫君を思わせた。
まだ18歳くらいの、少しあどけなさの残る顔は文句を言わせぬ美少女っぷり。膝丈の白いワンピースからすらりとした手足が伸びている。雪のように白い睫毛が神秘的で、溢れそうにぱっちりとした目は愛らしい微笑みを浮かべている。
「見て、あの子のあの瞳ったら!」
そして。
「まるで伝承に聞いた天使のよう…」
その瞳は、天の光の如く透明に輝いていた。
異常に色素の薄いその瞳に見つめられた群衆達は皆惚れ惚れとステージに釘付けになっている。
もちろん、この少女の正体は天使だった。
塔から城下町に移動した天使はこの祭りでいちばん目立つダンスコンテストに目をつけた。
しかしそんなこと人々が知る由もない。
音楽が止むと、盛大な拍手が沸き起こった。あちこちから口笛や歓声が聞こえてくる。
「姉ちゃんいいねぇ!!」
「すみません、お名前だけお伺いさせてくださいませんか」
コンテストの主催者が少女に声をかけると、少女はにっこり笑って軽やかにお辞儀した。
「私の名はミケーレ。この街の娘ですわ」
銀鈴の鳴るような声にほうっとため息が聞こえた。
「皆さん!ミケーレ嬢に再度拍手を!」
わっとまた群衆が盛り上がる。嬉しそうに手を振るミケーレに皆すっかり虜になった。
脇で並んでいるダンサー達は、あっけに取られた様子でミケーレを眺めている。
どこの劇団にも属していないぽっと出の少女がこんなにも歓声を集めているのだ。悔しいやら不思議やら。
「ミケーレちゃんはまるで天使のようだ」
どこかからそんな声が聞こえてくる。
「本当だ。昨日塔に降臨された天使様は、きっとミケーレちゃんに似ているに違いないね」
やがて天使そっくり美少女踊り子ミケーレの噂は街をあっという間に駆け巡り、その名をはせた。天使様のタペストリーを描きあぐねていた画家はミケーレの絵を売り出した。
ステージを降りたミケーレは笑みを浮かべたまま悠々と人混みを歩いた。
(やはり人間達と過ごすことは尊い。あぁ、この祭りのなんと華々しく美麗なこと……)
ミケーレ……否、天使は心の底から人間を好いていた。あたたかい声に豊かな自然、
創意溢れる工芸品。どれも天界では味わえないものだらけだ。
昨日ゴブリンに無礼を働かれ憤っていたもののミケーレは天使。いつも天空から人間を見守り手助けする役割を果たしていたのだ。
(さて。これで私の噂は城まで届くことだろう。そうなればあとは早いものだ)
ミケーレは森の方を見つめた。
(今に私と結ばれようではないか、オリバー・シュワルダ王子……)
どんちゃん太鼓が鳴る中、ミケーレの瞳は不穏な影を帯びていた。
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