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第64話 匠
出社すると過去から現在に戻ってきたような気がする。金曜日の夜から一年前にタイムスリップしたような錯覚に陥っていた。 紺野はまるで当たり前のように俺の横で笑っていた。本当に俺の選択は間違っていなかったのか?
朝、上原を見かけた。楽しそうに女の子と話している。そう言えば、金曜日の夜に約束してしていたよな。
急に遠く感じて苦笑いしてしまう。もともと近くなかったのを勝手に勘違いしていただけだ。あるべき所に戻っただけ。
今日は丸山電機の訪問がある、納期の確認をしなくてはいけない。上原と同行する事になる。
通常業務をこなすだけだからと自分に言い聞かせる。上原を意識し過ぎているかもしれない、まずい状況だ。
デスクについた上原が、何度もこちらを見ている気がした。どうしたのかと、気になって上原の方を向くと目が合った。その瞬間に上原が慌てて下を向いた。
本当に俺の勘違いなのだろうか?
あいつが俺を意識しているのはこの前の夜の事か?だとしらた、一度きちんと謝るべきなのだろうか。
「上原、午後イチで丸山電機に行くからその前に打ち合わせな。第2会議室空いてるか確認してくれるか?」
会議室のドアを閉めると一瞬、外の喧騒から隔離される。二人きりの空間。
資料をテーブルに広げて座ると上原がドアの所に立ちすくんでいる。
「何してる?座れ」
そう声をかけると慌ててストンと俺の向かいに座った。
テーブルが少し広いので資料までの距離がある。数字を見ながら困った顔をしている。
「横、こっちへ来い。お前メガネかけててもよく見えないのか?」
横の席を指さす。
「はいっ」
元気に返事をして横の席に移動してきた。勢いよく座ったせいで、勢い余ってキャスターのついたイスが滑って上原が俺の肩にとんとぶつかった。
「主任!すみませんっ」
謝るその顔は真っ赤だった。本当に俺の勘違いなのか。本当に?
下を向いた上原の顔を覗き込むと泣きだしそうだ。
「なあ、お前……あの子と付き合ってんの?」
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