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第74話 匠

 今日は二人でゆっくりと食事して、きちんと告白をしようと決めてきた。上原にきちんと気持ちを伝える、確信は無いが勝率は高いと踏んでいる。ホテルの上層階にあるレストランは大きな窓から見える夜景が圧巻だ。その景色を上原に見せてやりたかった。後ろからついて来た上原は、落ち着かないのか歩き方がぎこちない。  「上原、こっちだ。お前、少し挙動不審だぞ、落ち着け」  社会人一年目、こういうところには来ないのだろう。まあ、家族と来るような場所でもない、恋人でもあれば別だろうが。  予約してあるフレンチレストランへと向かう、コースを既に頼んであるから考える必要もない。久々にゆっくり食事を楽しめる。  案内された席からは色とりどりのガラス玉をちらしたような東京の夜景。上原は口をぽかんとあけて見とれている。  「主任、すごいですよ。見てください!」  いや、俺が誘ったのだから分かっているんだが。  席に座ると子供のようにわくわくしているのがよく分かる。ああ、こいつを眺めているだけで優しくなれる。  じっと見つめていたら上原が大きく深呼吸している。  その上原が突然、振り向くと一言。  「主任。俺、主任の事が好きです」  えっ!? この状況は何だ。  まさか、このタイミングで。  今日はゆっくりと手順を踏んで、俺から告白するつもりだった。それなのに、これは一体どういう展開いなのだろう。  よほどの覚悟で言ったのだろうか、一気に言い切って目を白黒させている。  「上原、取り敢えず呼吸しろ。息止めてどうするんだお前」  「っはぁ」  上原が大きく息をした。  どこから入るのが正解かと柵の周りを回っていたら、中の子羊が柵を飛び越えて出てきてしまったようだ。  もう無理だ。ブレーキを外したのは俺じゃなくて上原。ちょうど飲み物のオーダーをとろうとしてやってきたウエイターに今日はアルコールは控えたいのでと伝える。  「ありがとう、今日はきちんと告白するつもりだったのに。先を越されてしまったな。改めて俺からも言わせてもらうよ。上原、俺はお前が好きだよ」  真っ赤になった上原が俯いて小さい声で「はい」と言った。

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