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文化祭10《龍太郎》

人混みを歩いて空き教室を探して、やっとそこで落ち着けた。 「大丈夫? 怖かったでしょ……」 「だい、じょうぶって、その何が……」 目を伏せる涼香ちゃんの手をぎゅっと握った。 「言わなくてもわかるよ。後ろに立ってた人、めっちゃ距離近かったし。ライブって結構そういうの多いって聞くし」 涼香ちゃんは黙ったまま。 それでも俺の手を握り返すのがわかった。 「ごめんね。俺が見に来てって」 「ちがう。お前のせいじゃない……ただ、着替える時間がなかっただけで、そのせいで」 「うん。けど、ライブ来てって言ったのは俺だし……」 「謝るなよ。俺だって見に行きたくなかったわけじゃ、ないし」 涼香ちゃんは濁しながらも言葉を続けた。 「それに、この服もお前のために……」 ぼそぼそと言う言葉が耳に入る。 「え、俺のために?」 「やっ、ちが……その」 はっとして、すぐその色白な頬が赤く染まっていく。 あぁ、だめだ。 なんでこんなにもかわいいの。 「ずるいよ涼香ちゃん、そんなさ……」 もじもじと視線を彷徨わせる姿に、こんな状況なのに思わず頬が緩んだ。 「けど、だとしたら、なおさら許せないよ。今日の涼香ちゃんは俺のなのに」 「ちょっと触られただけ、だから」 「ちょっともだめだよ」 本当に許せない。 涼香ちゃんに怖い思いをさせるなんて。 「けどさ、俺のためって……どうして?」 「それは、その」 言い淀んで言葉を探す涼香ちゃん。 そう言えばさっき一緒に回った時も何か言いたげだった。 期待しちゃだめだと思いつつも、つい胸が高鳴る。 「……何度も助けてもらったのに、全然お礼もできなくて。だから、だからお前の喜ぶことをと思って……それで吉良に相談したらこんなことに」 「そう、だったの」 涼香ちゃんがそんなにも俺のことを考えてくれたんだと素直に嬉しかった。 慣れないことをしてまで、感謝を伝えたかったのだと思うと顔が緩んだ。 「遅くなったけど……その、ありがとう。今日も、かすみさんの時も水族館でも……」 ぎゅっとスカートを握りしめて頬を染めながら、涼香ちゃんは俺を見た。 「うんっ、どういたしまして! けど、全然気にしないで? 俺は涼香ちゃんといられたら、それで充分だから」 微笑みかけると、呆れたように彼はふっと微笑んだ。 「変なやつ」 「そう?」 「そうだよ」 「ふふ。けど、大好きな人の側にいられたら、それだけで嬉しくなっちゃうものじゃない?」 「……ま、また平然とそんなことを」 「そう見える? けっこードキドキしてんだよ」 握っていた手を引き寄せて、俺の胸にあてがう。 目線を上げると彼と目があった。 開いている窓から風が吹いてくる。 夏らしい暑さに、汗が滲んでいたのだと気が付いた。 まださっきまでの高揚感が抜けないせいかな。 それともやっぱり、どうやっても可愛すぎる涼香ちゃんのせいかも。 絡んだ視線を逸らせなくなる。 「ねぇ、キスしたいって言ったら怒る……?」 「……! が、学校だぞ」 嫌なんかじゃなく、ただ恥ずかしそうにするから。 「学校じゃなかったら、いい?」 「っ、そういうんじゃ」 頬を染めて困ったように眉間にしわを寄せる彼に、距離をつめてみる。 涼香ちゃんの長いウィッグが風に揺れて、顔にかかった。 そっとその毛先を指ですくう。 期待で心臓はドキドキしっぱなしだ。 『側にいられたら』 いつだって俺はそれだけでよかったんだ。 何もできないまま、ただ好きな人の横にいる。 それで満足しなくちゃと思っていた。 だけど、本当はそうじゃない。 この気持ちを伝えたい。 知ってほしい。 好きでいてもいいんだと、思いたかった。 好きな人の視界に映って、隣で笑って、俺を好きになってくれたらって――。 嫌がるわけでもなく照れてしまうから。 心を少しずつ許してくれるから。 こんな風に、俺のために何かをしてくれようとまでしてくれるから。 だから、どんどん欲深くなって、想いを止められなくなっていく。 「嫌なら、ぶん殴って?」 冗談めかして囁いてみると、彼は困ったように真っ赤になって、俺のシャツをぎゅっと握りしめた。 傷つけたくない。 やめなくちゃ。 困らせちゃだめだ。 けど、俺はやっぱり、そこまで大人にはなれない。 彼の頬に手を添えたまま、そっと唇を重ねた。

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