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第1話 春斗と秋江
高山春斗には両親がいなかった。物心がついた頃には、祖母、高山秋江と二人で暮らしていた。
自宅は小さな村の一軒家。自然が豊かで、近くには「七瀬川」という川が流れている。比較的穏やかな流れの場所が多く、河川敷も広い。夏になると、近所の子どもたちの格好の遊び場になっていた。
家の裏手には小さな山があり、春斗は幼い頃から、秋江と一緒に山菜や薬草を採りに行くこともあった。山道の途中には、小さな祠があった。
秋江によると、祀られているのは、この土地を守る「土地神様」だという。二人は、近くを通るたびに欠かさずお参りをするのが習慣であった。
時は流れ、そんな春斗も田舎を離れ、大学生になった頃、秋江は体調を崩し度々入院するようになった。
春斗は休日を利用し、なるべく見舞いに足を運んだ。
日に日に痩せていく秋江の姿に春斗はいたたまれなかった。
しかし、秋江は「自分は大丈夫。私の心配をする暇があったらしっかり勉強しなさい。あんたが幸せになることが私の幸せなんだから」と気丈に振舞っていた。
春斗が大学を卒業した年。祖母、秋江は帰らぬ人となった。
「おばあちゃん。俺、ちゃんと卒業したよ」
静かな、小さな葬式だった。
実家から電車で五時間。夜遅くまで人が行き交うオフィス街。そこが春斗の職場だった。
「おい、高山! さっき頼んだ資料はどうなってる!!」
「はい! もうすぐ終わります!」
「全く、たったそれだけのことに時間がかかりすぎなんだよ。こういうやつを愚図っていうんだな」
イライラとした空気を伴った言葉が春斗の背中に突き刺さる。
入社して三年、毎日無理難題を押し付けられ、自分の仕事にさえ手を付けられない。
その日、退勤したのも結局最後だった。
「まだいたのかい。そろそろ鍵を閉めたいんだがね。自分の仕事はちゃんと定時に終わるように計画的にやらんといかんよ」
警備のおじさんにそんなことを言われ、春斗は年甲斐もなく泣きたくなった。
自分だってできることならそうしたい。でも、そうできない理由があるんだ。
毎日毎日、上司に雑用を押し付けられ、昼を食べる時間さえない。その上、自分の仕事も当然こなさなくてはならない。自分の仕事に手が回らないから休日だって出勤している。もちろん、休日出勤しても給料は出ない。どうしろって言うんだよ。
春斗は、鉛のように重たくなった足を無理やり動かし、家路についた。
……はあ。やるせない……
春斗の家は、アパートの一階。ワンルームの小さな一室だった。
都会だということもあり、契約した当時、新入社員だった春斗には、この部屋を借りるのが精一杯だった。それに、仕事から帰っても疲れ切って体を休めるだけ。春斗には十分だった。
春斗は玄関を開けるなり、鞄を放り投げ、乱雑にスーツを脱ぎ捨てた。
「こんな姿、おばあちゃんには見せられないな」
春斗は自嘲気味に笑うと、そのままベッドに横になった。
「……シャワー浴びなきゃ……」
そう思ったが、体は動かず、春斗は静かに目を閉じた。
もう、限界だった。
こんな夢を見た。
目の前には小さな祠。
それは、日々の忙しさですっかり忘れていたけれど、確かに、あの裏山の祠だった。
秋江が亡くなり、参る人もいなくなったのだろう。どこか寂し気にススキの穂が揺れている。
「行かなくちゃ」
春斗は夢の中で、そう強く思った。
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