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第2話 思い出の場所と出会い

 思い立ったが吉日。  目が覚めた今日は土曜日。仕事は休みだ。  変わらず休日出勤をしようと思っていたが、もはやどうでもよくなっていた。  仕事よりも祠へ行かなければならないと、何かに急き立てられるように春斗は電車に飛び乗った。  車窓から見える風景は、都会から徐々に離れどんどん自然が増えていく。  最寄り駅に着く頃には、乗客は春斗を含めて三人になっていた。  懐かしい道をゆっくりと歩く。  幼いころに秋江とよく通った道。  しばらく足が遠のいていたが、春斗は迷うことなく、家の裏山へ辿り着くことができた。  山へ入ると、一段と涼しくなった。  どこかで鈴虫がリンと鳴く。  紅葉も進み、紅や黄が色鮮やかに春斗を迎え入れてくれるようだった。  ふと足元を見ると、きれいなオレンジ色の花が咲いているのに気が付いた。  春斗はおもむろにしゃがみ込むと、その花を一輪、手折る。  目的としていた祠には落ち葉が積もり、人の気配は全く感じられない。  神様に申し訳ないことをしたな。と春斗は落ち葉を手で払った。  そうして、ついさっき手折った花を祠に供える。  その時、突然、強い風が吹き抜け、春斗は反射的に目をつむった。  それは一瞬の出来事だった。  風が収まり、ふわっと蜜柑のような香りが鼻を擽る。春斗はそっと目を開いた。 「久しいな」  不意に後ろから人の声が聞こえ、春斗は驚きで肩を揺らした。 「大きくなったな、春斗」 「え、あの……失礼ですがあなたは?」  振り返ったそこには、着物姿の見知らぬ男性の姿があった。  目元はすっきりとした印象で、瞳は銀色だろうか。吸い込まれてしまいそうな不思議な色をしている。  そして瞳と同じ色の腰ほどまである長髪。それを高い位置で結わえ靡かせている。  中性的な顔立ちで、同じ男性でも見惚れてしまうような美大夫だった。 「これはすまない。……少し話をしないか」  男は、祠の前の階段に腰を下ろし、隣に座るよう促した。  男が言うにはこういう話だった。  男の名は「七瀬」という。  近くの七瀬川が名前の由来らしい。そして、この男、七瀬は、この祠に祀られた土地神なのだという。  にわかには信じられなかった。  春斗は話を飲み込めていなかったが、七瀬は続ける。  春斗がこの土地を離れてからも、秋江は体が動くギリギリまでこの祠に足を運んでいた。その度に美しい花と饅頭を一つ供えていった。  そして毎回同じことを願掛けしていたのだ。「春斗を守ってほしい」自分のことは何も願わず、ただそれだけだったそうだ。 「おばあちゃん……」  春斗は祖母の生前の話を聞き、目頭が熱くなるのを首を振って誤魔化す。 「泣けば良いではないか」  隣に座る七瀬に背をさすられ、止まりかけた涙がまた溢れ出してくる。 「っ……」  自分は今まで何をしていたのだろう。  早く自立して祖母を安心させたい。そう思っていたのに。  実際はどうだ。毎日の仕事に忙殺され、上司から無理難題を押し付けられ、その上、罵倒される。それに対し、一言も言い返せない自分。全く情けない。  祖母は亡くなるまで孫である自分を気にかけてくれていたのか。  春斗の涙はなかなか止まらなかった。

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