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第1話
どうしてこの世にはヒエラルキーが存在するのだろうか。αだの、Ωだの、生まれ持ったバース性で人生を左右されるとは。
「マジ、世の中ってくだらないな……」
今日も今日とてαを隠して、しがないカフェ店員をしている。大学を卒業し、両親が運営する大企業にも就職せず。甘やかされた三男坊として、ヒエラルキーの頂点に立つα性を埋没させて、人生を自由気ままに漂流している。日高秀一 は、カウンターに立ちながら早朝のコーヒーの香りを全身で浴びた。
いい豆を使ってる。もともと行きつけの喫茶店で、アルバイトを希望したらすぐに採用された。一年前に卒業した大学の、近くにある店だ。
学生時代は毎日のように通っていたが、店員になると、客の目線ではわからなかったことがわかるようになった。秀一推しの美味い喫茶店には、秀一と同じく、ほぼ毎日来店する客がいたということ。
慣れた手つきで豆を挽きながら、秀一はまだ誰もいない店内にある、モダン風のお洒落な時計を見る。七時十分過ぎだ。今日は火曜の平日だから、そろそろだ。これから訪れる客人と、高い鼻先をやんわりくすぐるコーヒーのほろ苦い香り。
くだらない世の中にも、それなりに楽しみがあるわけで。お気に入りの店で、今日も気になる彼を待つ。それが、こんなに癒されるとは思わなかった。
思わず舌舐めずりをしたとき、ドアのベルが軽やかな音を立てた。ビンゴ。ひょこっと現れた客に顔を移す。出来立てのコーヒーメーカーから店のドアへ。視線の先には、ほぼ毎日来店する常連客がいた。成人男性にしては小柄な体格だ。肌寒くなった季節で、厚めの上着を羽織っているが、それでも線が細い。
冷暖房が完備された店内に入ったとたん、彼は子犬のように身震いをする。外気温からの寒暖差に震えたのだろうが、顔をくしゃりと崩して縮んだ姿が、小型犬のようで可愛いと思う。無意識に、秀一の口元が緩んだ。
「いらっしゃい。今日も早いね、晴也さん」
明るい髪色だと言われる前髪を七分けにし、αさながらの整った顔立ちで、秀一が笑顔を零す。αだなんだのと騒がれるのがうっとうしくて、やたら愛嬌はふりまかないようにしている。が、朝から来る目の前の男性客には、αの笑顔は通用しない。それがわかってから秀一は、常連客である彼、永瀬晴也 に好印象を抱いていた。
誰もの目を引く秀一とは違い、晴也は誰が見ても平凡だ。染めていない黒髪に、小さめの低い鼻。強いて言うなら、長めの前髪から覗く黒目が、少しだけ大きいか。正直そこまで可愛いとは言えない。
要するに平々凡々の、現代風のニッポン男子だ。オタクっぽい的な。見た感じではΩに近いが、彼はきっとβだ。
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